【ライヴアルバム傑作選 Vol.9】
『Philharmonic or die』を聴いて
くるりの“感覚”に思いを馳せた

オーケストラコンサートを収録

メンバーチェンジの多さが影響しているかどうか分からないけれど、バンドが手掛ける作品も多岐に渡っていて、作品毎のテーマというか方向性というか何と言うかが、少なくとも聴き手にとっては印象が異なる。そこは、くるりの特徴と言えると思う。“影響しているかどうか分からない”と述べたのは、作品毎に異なっているからメンバーチェンジが多いのかもしれないと思うからだが、そこはメンバーにしか分からないし(もしかするとメンバー自身もよく分かってないのかも…)、その辺を考察すると長くなるので、それはさておき、先を急ぐ。個人的に最もドラスティックな変化を感じたのは、7th『ワルツを踊れ Tanz Walzer』である。作品の変遷、変化については、以前、当コラムで『アンテナ』を紹介した時にも触れたので是非そちらをご参照いただければ幸いである。
■くるりの『アンテナ』は、ロックバンドの刹那を閉じ込めた2000年代屈指の名盤
https://okmusic.jp/news/208977
『ワルツを踊れ Tanz Walzer』は、作品概要からして他作品とは異なる。[クラシック音楽からの影響を前面に押し出したアルバムである。本作のレコーディングは、日本のロックバンドとしては初めて音楽の都、オーストリアのウィーンを中心とした地域で行なわれた(トラックダウンはパリ)]というWikipediaの説明が端的だろう。ロックのクラシック音楽の取り込みは1960年代のプログレにもあったで、とりわけ珍しいものではないが、くるりの場合はそれとも違っていて、曲作りは譜面を書くところから始めるとか、クラシック音楽の伝統的な手法…といったものをバンドに持ち込んだのである。そんなバンドは、少なくとも日本において聞いたことはなかったので、驚いた…というよりも、何か異次元のようなものを感じたというのが正直なところだった。何だかよく分からないけれど、すごいことをやるバンドという印象がはっきりした。メジャーデビュー時のキャッチコピー“すごいぞ、くるり”の真の意味を初めて理解したのは、『ワルツを踊れ~』の時だったように思う。

今のところ、くるり唯一のライヴアルバムである『Philharmonic or die』は、『ワルツを踊れ~』の翌年にリリースされたものだ。[Disc1には2007年12月11日(火)と12日(水)にパシフィコ横浜の国立大ホールで開催されたウィーン・アンバサーデ・オーケストラによるライヴ、Disc2には2007年12月6日(木)に京都の磔磔で行なわれたライヴを収録]とある通り、『ワルツを踊れ~』発表から半年後に開催されたホールコンサートとライヴハウス公演が収められており、ウィーンで録音された新作を経てバンドがどうビルドアップしたのかが分かる代物という見方が出来よう。その意味では、Disc1に収められた『ワルツを踊れ~』収録曲以外が注目だと思う。D1-M3「GUILTY」、D1-M6「春風」、D1-M7「さよなら春の日」、D1-M8「惑星づくり」、D1-M9「ARMY」、D1-M11「WORLD'S END SUPERNOVA」である。

まずD1-M3。『THE WORLD IS MINE』frは爆裂ギターのオルタナ的サウンドで、これだけを聴くと、“これにどうやってストリングスを絡める?”と素人にはその手法が想像も付かないが、原曲の激しさを損なうことなく、弦楽奏を加えている。例えば、サビ前のブリッジ部分にオケヒを入れるとか(発想が素人なのはご勘弁)、取って付けた感じは当然のことながらまったくなくて、あたかも元来そういうアレンジだったように聴こえる。D1-M6「春風」ははっぴいえんど的というか、とてもくるりらしいメロディーが柔らかく響くナンバー。原曲は素人でも“これは綺麗なストリングスが合いそうだ”と思うところで、実際、D1-M6ではサビメロの他、随所で流麗な弦楽奏が楽曲全体に深みを加えている。しかし、それだけで終わらない。アウトロがすごい。原曲はサイケな匂いはしたものの、そこまでロックロックした感じはなかったのだが、D1-M6の後半は重厚なサイケデリックロックとなっていく。ツインギターの掛け合い。ヘヴィに迫るリズム隊。そこに重なるストリングスがまた絶品で、「春風」の本性というか、フェードアウトで終わる原曲のディレクターズカットを聴かせられたようである。相当カッコいい。これは必聴である。

シングル「ロックンロール」(2004年)のカップリング曲であったD1-M7は、そこでもフィドルが鳴らされているので、弦楽奏との相性がいいことは事前に予想が付くが、琉球風とも中華風とも捉えられる歌のメロディーと米国カントリーの融合という楽曲全体の不思議な世界観がスケールアップしている印象がある。D1-M8はアルバム『図鑑』版のほうは、ちょっとテクノ的というか、ミックスの面白さも感じられるインストダンスミュージック。対して、この『Philharmonic or die』版は当然一発録りなので、楽曲の骨子は同じでも、自ずとその性格は変わってくる。その点で言えば、D1-M8はライヴならではダイナムズムにあふれていると思う。バンドはバンドでアンサンブルの面白さ──グルーブ感が表れているし、弦楽奏団はそれにちゃん追随して融合させながら、弦楽奏ならではの聴きどころを自己主張してくるところも素晴らしい。楽曲の終わり方の切れの良さも生演奏ならではのことだろう。そこもまたカッコ良い。

D1-M9もフワッとした歌のメロディーとテンポからすると、オーケストラとは合いそうだと素人は考えるし、実際のところ、『THE WORLD IS MINE』版のサウンドの広がり、奥行きを新しく解釈して、ストリングスで再現したようなアレンジと言ってもいいだろうか。原曲になかったドラマチックさも加わっているように思う。D1-M9で気づいたのは、この盤の音の良さ。原曲で印象的なアコギのストロークは健在であることがよく分かる。Disc1の[ミックスの出来にボーカルの岸田繁は「氏の巧みの技の連続に失禁寸前」と評し]というのも納得である。D1-M6を「春風」の本性と前述したが、D1-M11にも似た感触がある。原曲はそのエレクトロ要素からハウス色が強いと言われているが、基本はファンク。ギターのカッティング、オフビートなリズムからそう思う。D1-M11では原曲のデジタル音を生のストリングスに置き換えたからなのか、弦楽奏が大仰に鳴っている印象もあって、躍動感が増していると感じる。サポートメンバーである佐橋佳幸氏のギターによるところも大きいのだろう。原曲は原曲で、あのクールさも当時のくるりっぽさ──引いては、2000年代の日本のロックを代表する空気感にあふれていて、どちらがどうということはないけれど、D1-M11もまた曲の汎用性のようなものを感じさせる実例ではあろう。この6曲だけを挙げてみても、彼らの音楽が豊かに、ふくよかになったことがよく分かる。『ワルツを踊れ~』を経て、バンドは大きく体力をアップさせたことは間違いない。(ここまでの[]はすべてWikipediaからの引用)。

OKMusic編集部

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