イギリスから来襲…じゃなくて逆輸入
された、サディスティック・ミカ・バ
ンドの『黒船』

 元ザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦が中心になって結成されたサディスティック・ミカ・バンドは、その音楽の革新性から、日本よりも先に海外で認められたグループだ。彼らのレコードはLP発売当時、日本盤と輸入盤がレコード店に並ぶという、それまでにほとんどない(先駆者としてはフラワー・トラベリン・バンドがいる)現象を生み、多くのロックファンが驚喜した。特に2ndアルバムの『黒船』は海外のロックバンドの単なる模倣でなく、日本的な風情も盛り込んだ上に、高度な演奏技術もあいまって、世界中から注目を浴びることになった画期的な作品である。

逆説的なスーパーグループ

 スーパーグループと呼ばれるバンドは多々あるが、普通はすでに認められた有名ミュージシャン同士が集まって、新たなグループを結成することを指す場合が多い。しかし、サディスティック・ミカ・バンドは、そういうパターンではない。結成当初は無名に近い存在(加藤は除く)で、グループ解散後の各メンバーの活動によって大いに認知度が高まり、そのルーツを探るとこのグループに辿り着いたという、ある意味で逆説的なスーパーグループだ。
 『黒船』に参加したメンバーで言えば、リーダーの加藤和彦は別格(ザ・フォーク・クルセダーズやソロ活動で、天才の名を欲しいままにしていたし、北山修と共作した名曲「あの素晴しい愛をもう一度」を知らない人はいないだろう。2009年10月逝去)の存在であるものの、ドラマーの高橋幸宏はこの後YMOに参加し、テクノ・ポップを世界に知らしめ、国内外に多くのフォロワーを生んだ。ベーシストの小原礼は渡米し、イアン・マクレガン(元フェイセズ)やボニー・レイットのバンドメンバーとして大活躍、世界トップクラスのテクニックを誇るプレーヤーとして知られる。高中正義はフュージョン(当時はクロスオーバーと呼ばれた)ギタリストとして、世界中にその名を轟かせることになる。『黒船』に収録のインスト曲で、すでにその非凡な才能の片鱗が見られる。また、キーボードの今井裕は、スタジオミュージシャンとして多くの仕事をこなしつつ、サウンドクリエイターやプロデューサーとしても活動している。そして、ヴォーカルのミカは加藤の妻であり、彼女だけはほぼ素人に近い存在で登場した。当時の女性ヴォーカリストは、ジャニス・ジョプリンやアレサ・フランクリンのように、ソウルフルでシャウトする歌唱スタイルが主流だったが、ミカはエキセントリックで“へたうま”という、それまでにないまったく新しいスタイルであった。“ヴォーカルに問題あり”と評論家筋からは言われたものだが、ブロンディーのデボラ・ハリーやストロベリー・スウィッチブレイドなど、このヴォーカルスタイルが80年代以降に多く見られることを考えると、加藤和彦の先見性には驚かされるばかりだ。

『黒船』のサウンドイメージ

 彼らのデビュー作『サディスティック・ミカ・バンド』('73)を聴いたクリス・トーマス(ビートルズやプロコル・ハルム、ピンク・フロイドなどを手がけるイギリスの著名なプロデューサー)から“プロデュースしたい”との話があり、『黒船』のレコーディングがスタートする。アルバムタイトルの“黒船”をコンセプトにアルバムが組み立てられているようで実はそうでもないという、加藤お得意の“リスナーを煙にまく”といった感じを受ける。これだけ技術力の高いメンバーを揃えているのだから、ロックの王道を突っ走ることもできたはずだが、どうやら加藤は“不安定(=オルタナティブ)”な要素(この作品では、ミカのヴォーカルや日本人なのに無国籍っぽいイメージなど)が捨てられないようだ。実は、彼のこのスタンスはフォークル時代から変わっておらず、「帰って来たヨッパライ」のようなコミックソングの後に「悲しくてやりきれない」のようなシリアスな名曲をリリースするなど、ファンを混乱させるテクニックにかけては天下一品で、天の邪鬼な彼の魅力はそこにこそあると言えるだろう。

収録曲解説

 『黒船』に収録されているのは12曲、うち5曲がインストである。6曲の作詞(1曲のみ‪ティン・パン・アレー‬の林立夫)を手がけているのは、フォークル時代から加藤と親交のある松山猛で、この作品においては、意味を重視するというよりはノリの良さに重点を置いているようだ。
 冒頭の「墨絵の国へ」では幻想的なイントロを引き伸ばすことで、リスナーが想像力をかき立てられ、アルバムへの期待感が膨らんでいく。ここで披露されるエレピは新鮮で、後のフュージョンを予感させるような新しいスタイルだ。続くインストの“何かが海をやってくる”では、曲が進むにつれ徐々に演奏に熱がこもってきて、ロックの醍醐味を味わえる。なんだか、ふわふわした気持ちになったところで、次の「タイムマシンにおねがい」が始まる。急にキャッチーなロックンロール・ナンバーが挿入されるので“え?”という気にさせられる。これ以降の3曲は怒濤のインストが続くが、ミカバンド以後の高中正義の音楽を彷彿させるようなフュージョン・ナンバーで、楽器の経験がある人は、彼らの演奏能力の高さに驚くはずだ。LP時代は、ここまでがサイドA。

 「よろしくどうぞ」もインストで、日本をアピールした小品(1分足らず)だが、“この演奏、渋さしらズ(Wikipedia)だよ”と言っても通じてしまうんじゃないだろうか。次の「どんたく」は、コミカルなファンクロック・ナンバー。イントロのブレイク部分で、先に述べたジッパーの音が聴こえる。続く「四季頌歌」は、前の曲とは一転してシリアスなバラードになる。曲の美しさはもちろん、ここでの高中のリードギターは、ロック史上に残る名演だろう。クイーンのブライアン・メイは、このギターに触発されて、自分のスタイルを作り上げたと思うのは僕だけだろうか? 「塀までひとっとび」は、アルバム中、はっきりとスライ&ザ・ファミリーストーン(Wikipedia)の影響が感じられる曲で、小原礼(作曲も担当)のはねるようなベースをはじめ、メンバーの熱い演奏が繰り広げられる。この後に登場する小坂忠や吉田美奈子のファンク路線は、この曲にインスパイアされたのかもしれない。「颱風歌」はファンキーなロックナンバー。キャッチーさでは「タイムマシンにおねがい」と双璧をなす曲だ。ここでも高中のギタープレイが光っている。ラストの「さようなら」は1曲目の「墨絵の国へ」と対をなす幻想的なナンバーで、余韻のある長いエンディングが印象的だ。

『黒船』の音楽的背景

 彼らの音楽はワン・アンド・オンリーであった。だからこそ『黒船』は世界で評価されたわけだが、アルバム制作当時、彼らは一体どんなミュージシャンに影響を受けていたのだろうか。

 前述したように、アメリカで絶大な人気があったスライ&ザ・ファミリーストーンの影響は感じられるし、ジャズ・ファンクなども好きだと思う。「タイムマシンにおねがい」や「どんたく」のようなロックンロール・ナンバーでは、デヴィッド・ボウイやT・レックスらに代表されるグラム・ロッカーにも影響を受けているようだ。冒頭の「墨絵の国へ」やラストの「さようなら」は、ジャックス(Wikipedia)の得意とする“暗い静謐感”が漂っているような気がするので、このあたりの雰囲気作りは音楽オタクである加藤のアイデアだろう。

 逆に、当時のミュージシャンで彼らが影響を与えたと思われるのはクイーンだ。特に『オペラ座の夜』('75)あたりは『黒船』の影響が顕著だと思うのだが…。この作品が発表された74年の日本では、まだそんなに浸透していなかったファンクとフュージョンの要素が濃いのは、技術力が要求される、そういった音楽を技術的にクリアできたことが大きいと思う。
 このアルバムがリリースされた頃、日本では、まだまだ世界市場で勝負できるロックグループは少なかった。しかし、サディスティック・ミカ・バンドはその定説を打ち破り、世界に羽ばたいて成功を収めた。彼らが後進のグループに与えた影響は大きく、今でもこのアルバムを聴くたびに、その先進性には感動すら覚える。技術や精神を若い人に伝えていく…って、なんだかオリンピックと似ている部分もあるなあと、関係ないことを考えてしまった。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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