『LACK OF REASON』の他、エバーグリ
ーンな傑作を世に送り出したL⇔Rのこ
とを我々は忘れてはならない

今年1月にデヴィッド・ボウイ、2月にモーリス・ホワイト、4月にプリンスと、世界的なミュージシャンの訃報が相次いだ2016年。日本でも10月にBOOM BOOM SATELLITESの川島道行氏が亡くなって音楽ファンを落胆させていたところに、12月5日に黒沢健一氏が脳腫瘍のため、亡くなったとの訃報が飛び込んできた。享年48歳。こちらも早すぎる死であった。今週の本コラムでは黒沢氏への追悼の意味を込めて、氏と実弟の黒沢秀樹、木下裕晴によるバンド、L⇔Rにスポットと当ててみたいと思う。90年代を駆け抜けたバンドの足跡と彼らが遺した名盤を紹介する。

早くから才能を嘱望された黒沢健一

L⇔Rの結成は1990年。前身バンドを経て、黒沢健一(Vo&Gu)、黒沢秀樹(Gu)、木下裕晴(Ba)の3人で立ち上がった。健一は高校生の頃、コンテストやオーディションに出場して上位に食い込み、その頃にもデビューに肉薄したというから、早くからその能力を嘱望されていた人物であった。19歳の時に契約作家としてデビュー。他者へ楽曲提供しながら、自らのデビューを待つという状態で、実際、名のあるアイドル歌手へ曲を提供したほか、CM曲を制作していた。その頃を述懐した健一のインタビュー記事にこんな興味深い台詞がある。
「当時って、今のL⇔Rのアルバムに入っているような楽曲を書いても、スタッフに「これは売れないね」とか言われたりするわけですよ(笑)。実際、かなり有名な女性アーティストから曲の発注がたくさん来ていたんですけど、その人用に書いた曲を幾つか提示すると、その中で僕が「ちょっとこれは良くないよなぁ」と思いながら出した曲に限って、「うん、これだよ! これは絶対ヒットするよ」と言われたり…。しかも、そう言うスタッフって、現実にヒット曲をたくさん作っている一流の人達なわけですよ。(中略)「俺って頭がおかしいのかな? きっと俺の音楽性は間違っていて、自分では下世話だと思って書いている曲の方がいい曲なのかもしれない」と悩んじゃって…。(中略)精神的にはアイデンティティー喪失状態だったんですよね」。
それがL⇔R結成の2年間ほど前ということだから、88年前後の話だろう。当時は当時ならではの事情があったのだろうから軽々にそれを云々できないが、興味深い証言ではある。その後も、折からのバンドブームの影響もあったようで、すでに健一と秀樹とはデモ作りを始めていたものの、なかなかデビューには至らなかったが、四人囃子のドラムスであった岡井大二氏の仲介もあり、当時、フリッパーズ・ギターも所属していたポリスター・レコードから91年にデビューすることになる。
「当時、周りのスタッフに「これはダメだ、売れない」と言われ続けていたけど僕が絶対いいと思う自作曲をまとめたデモテープがあったんで、それを岡井さんに聴かせたら、「お前、これはすごいよ!」と言ってくれて。「ああ、やっぱり俺と同じ価値観を持つ人はいるんだな」と思えて、それが励みになりましたよね」。
L⇔Rの全作品は岡井氏がプロデュースを手掛けているが、そうした信頼関係があってこそのことだったに違いない。

レーベル移籍後の94年にブレイク

L⇔R は91年にメジャー第1弾作としてミニアルバム『L』を発表し、その翌年には『L』のレコーディング中にコーラスで参加した嶺川貴子(Key)が加入(94年に脱退)。先に述べた通り、当時、ポリスター・レコードにはフリッパーズ・ギターが所属していたこともあり、そのレーベルのカラーにL⇔Rはぴったり合っていたように思う。ポリスターはその後、カジヒデキやカヒミ・カリィが作品をリリースしていたが、初期のL⇔Rは俗に言う“渋谷系音楽”の括りで語られていたと記憶している。厳密に言うと、ピチカート・ファイヴやORIGINAL LOVEほどにはっきりと言及されることは少なかったが、イカ天・ホコ天ブームと一線を画すバンドとして好事家たちに認知され、その名前を広めていった。『Lefty in the Right』、『LAUGH + ROUGH』、『Land of Riches』と、『L』を含めて4枚のオリジナルアルバムと、『L』にレアトラックを加えた『LOST RARITIES』、Land of Riches』のアウトテイク集である『LAND OF RICHES Reverse』を発表。誰もが知るような大きなヒットこそなかったものの、充実した楽曲制作とレコーディングを行なっていた。
ポリスターでの制作にやり切った感を感じたL⇔Rは、さらなる発展を考え、94年にポニーキャニオンへとレーベルを移籍する。移籍第1弾シングル「REMEMBER」がCMタイアップも手伝ってスマッシュヒット。続く、シングル「HELLO, IT'S ME」は江崎グリコのポッキーのCMソングとなったことで、ついにチャートベスト10入りを果たす。その「HELLO, IT'S ME」と同時に発売されたのが、アルバム『LACK OF REASON』である。このアルバム、後に健一が「一人の音楽ファンとして自分の好きなもの、思いついたものをパーッと一筆書きで書いたようなアルバム」と述べている通り、ストレートでシンプルな作品と言える。ただ、それは、バンドはさらなる飛躍を標榜する中でも、バンドとして、アーティストとしての芯なるものを示す意味で必要な行為だったようだ。以下の歌詞がそれを表していたとも思う。
《Hello 僕はここにいるよ/待ちきれない夢抱えて/Hello 変わらない想いを/何も言わずに抱きしめる》
《遠くはなれたまま/すり抜けてゆく時間を/君と僕ながめていた/今日からのメロディーは淋しさの歌じゃなく/優しさを含んでる》
《誰もが声を枯らしてる/勇気とあきらめの世界で/霞んだ空に口笛が/つきぬけてゆく様に》(「HELLO, IT'S ME」)。
しっかりと地に足を着けながらも、前向きに進んでいこうとする意志がはっきりと感じられる。柔らかいメロディーに乗せられているが、とても力強い言葉だ。10代の頃、「アイデンティティー喪失状態だった」という健一が、「今、自分はここにいる」と高らかに宣言しているようにも思える。

玄人も納得な上、誰でも楽しめる作品

全11曲収録されたこのアルバム。メロディーのポップさは言うに及ばず、サウンドアプローチを含めて、M1「SOCIETY'S LOVE」からM11「HELLO, IT'S ME(ALBUM MIX)」まで、淀みなく流れていく。細かく分析すれば、M2「REMEMBER」にウォール・オブ・サウンド(=フィル・スペクター・サウンド)”、M4「CATCH THE TUBE」や10「KEEP THE CIRCLE TURNING」にはサイケデリックロックが垣間見えるとか、あるいはM5「IT'S ONLY A LOVE SONG」はあらゆるパートがモロにビートルズだとか、M9「PARANOIAC STAR」のブラスアレンジはオールドスクールなソウルミュージックだとか、いろいろと言えるが、L⇔Rはそれを俗物的にひけらかすのではなく、楽曲として──誤解を恐れずに言えば、メロディーと歌詞とを伝えるための最善の方法としてのサウンドアプローチだったように思う。M3「STAY AWHILE」やM8「SEVENTEEN」での青春感。あのエバーグリーンな雰囲気に代表される楽曲の匂い。それこそが本作の肝であろう。玄人も納得な上、老若男女、誰でも楽しめる作品になっているのは間違いない。それを“一筆書きで書いたようなアルバム”と自認するのだから、やはり彼ら才能は半端じゃなかったと言える。アルバム『LACK OF REASON』はそのことを証明する傑作だった。

97年に活動休止を宣言

さて、その『LACK OF REASON』でシーンのメインストリームに躍り出たL⇔Rは、翌年5月、シングル「KNOCKIN' ON YOUR DOOR」を発表する。これが所謂“月9”主題歌に起用され、チャート1位を獲得。ミリオンセールスを達成し、L⇔R最大のヒット曲となる(この度の健一の訃報を報じるTV番組でも、そのほとんどが「KNOCKIN' ON YOUR DOOR」を紹介していた)。96年には初の武道館公演を実現させるなど、傍からはこの上なく順風満帆に思えた矢先、97年にアルバム『Doubt』を発表後、バンドとしての活動休止を宣言。以後、メンバーはソロ活動を開始することになる。活動休止の理由は、その後に語られたところによると、健一が『Doubt』のレコーディング中、精神的に追い込まれたから…ということだった。「俺はこの曲で一体何をやろうとしていたんだろう?」と考え込み、途中からスタジオに来なくなったという。『Doubt』はリリースされ、レコ発のライブツアーも行なわれたが、その後、バンドとしては一切表舞台に出ることはなくなった。しかしながら、03年には健一と木下で新ユニット、curve509を結成したり、09年に黒沢兄弟によるユニット、ハンキーパンキーがミニアルバムを発表するなど、少なくともメンバー間に変なわだかまりがなかったことはわかったし、その間、健一はライブでL⇔Rの楽曲を披露したり、黒沢兄弟でテレビに出演したりと、長い年月をかけて「これは再結成もあるかも…?」との機運が高まりつつあった。だが、16年11月に“L⇔R 25周年プロジェクト”の開始が発表された直後、黒沢健一は帰らぬ人となってしまった。17年1月18日にDVD『L⇔R LIVE at Budokan "Let Me Roll It! Tour 1996"』が発売。さらには、2月8日に『L』から『Doubt』までのオリジナルアルバムのリマスタリング版が発売される。冥福をお祈りする。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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