ゴスペラーズが
貫禄ある歌とコーラスで
大人のR&Bを魅せた
『Soul Serenade』

『Soul Serenade』('00)/ゴスペラーズ

『Soul Serenade』('00)/ゴスペラーズ

今週は取り上げるのが少しばかり遅くなった感はあるが、3月10日に18年振りとなるアカペラのみのオリジナルアルバム『アカペラ2』を発表したゴスペラーズの作品の中から名盤を紹介する。最近ではLittle Glee Monsterなど若手のグループも人気だが、1980年代のラッツ&スター(シャネルズ)以降は、なかなか邦楽シーンに定着しなかったヴォーカルグループをしっかりと根付かせた、その草分け的存在であるゴスペラーズ。代表作である『Soul Serenade』には彼らのポテンシャルが詰まっていると言っていい。

時代を上手くとらえたアルバム

今回紹介するゴスペラーズの6thアルバム『Soul Serenade』のことをあれこれ調べていたら、[当アルバムの作曲合宿中、レコード会社の制作部長がやってきて「このままの売り上げでは次のアルバムが最後」という趣旨の話をされた]というエピソードを見つけた([]はWikipediaからの引用)。当時、傍から見ていた限りでは、そこまで切羽詰まった感じだったとは知らなかったのでさらに調べてみると、グループのブレイクのきっかけとなったのは、この『Soul Serenade』にも収録されている14th「永遠に」で、それが2000年8月のリリース。彼らのメジャーデビューシングル「Promise」の発売が1994年12月で、1stアルバム『The Gospellers』は1995年10月の発売だから、おおよそ5年半程度はヒットと縁がなかったことになる。

ただ、13th「パスワード」(1999年)はチャート43位とその時点でのグループの最高位を記録していたし、アルバムにしても4th『Vol.4』(1998年)が17位で、5th『FIVE KEYS』(1999年)が20位と、かなり健闘をしているので、別に売れていなかったわけではなかったと思う。個人的に振り返って思うのは、「永遠に」以前もホールでコンサートをやっていたと記憶しているので、少なくとも鳴かず飛ばず…という状態ではなかったことは間違いない。件のレコード会社の制作部長の話は彼らに発破をかける意図があったのだろう。結果として『Soul Serenade』は「永遠に」のロングヒットも手伝って、グループ初のチャートトップ10入り。オリジナルアルバムとして現在もゴスペラーズ最大のヒット作となっている。無論レコード会社から契約を破棄されることもなく、最新作『アカペラ2』も同レーベルから無事にリリースされている。

その『Soul Serenade』のヒットは前述した通り、それまでシングル、アルバム、そしてライヴで着実に人気を獲得した結果であったし、それが最大の要因があったことは疑うところではないが、もうひとつ、時代を上手くとらえたところがあったことも、決して小さくない要因ではあったと思う。この時期のアーティスト別の年間セールスの上位を見ると、シーンの傾向が分かる。主だった名前を拾ってみるとーーまず、「永遠に」と『Soul Serenade』発表の前年である1999年の1位は宇多田ヒカルで、7位にDragon Ashが入っている。2000年は4位に MISIA。そして、2001年は宇多田ヒカルが2位、CHEMISTRYが8位、MISIAが10位で、14位に平井堅の名前を見つけることができる(ゴスペラーズ自体も2001年はアーティスト別年間セールスの9位にランクインしている)。そう、コンテポラリーR&Bの隆盛である。

『Soul Serenade』は[同時代のアメリカのR&Bを意識したアルバム]だという([]はWikipediaからの引用)。狙ってR&Bをやったアルバムだと言えるが、だからと言って、俗に言う“売れ線”を狙ったというわけではないことは、ここではっきりと断っておきたい。時代が彼らの追い付いた…と言うと微妙に違うけれども、彼らはそれ以前から当時の世界的な潮流を追っていた。メンバーのひとり、黒沢 薫が当時の音専誌のインタビューで、1990年代に米国で人気だったDru HillやK-CI & JOJOを推しているのを目にしたことがある。また、彼はDragon Ashのヒップホップ要素を取り込んでいることを早くから称賛していた(上記アーティストの中ではDragon Ashだけ毛色の違いを感じる人がいるかもしれないが、名前を上げたのはそこにも関係している)。つまり、世界的な音楽の潮流を敏感に察し、早くからそれを自らの音楽に落とし込んでいたことで、シーンに大きな流れがやってきた時に見事にそこに乗れたということになるだろうか。簡単にブームに乗っかったわけでは絶対にないのである。

ソウル、R&Bのマナーに則った歌詞

ここからは具体的に『Soul Serenade』を見ていこうと思う。まず歌詞。R&Bを意識していたことは歌詞からも分かる。

《パスワードを打ち込むだけ 触れあう唇から/何度も注ぎ込みたい L×O×V×E×U/快感がこぼれだす/「HONEY・・・HONEY・・・」/震える速さに ケーブルが弾け飛ぶ》《絡まる指先越しに 甘いリズム/重なる振動が たまらない このリズム》(M1「パスワード -Powers G Mix-」)。

《指が 震えてしまう/生まれたままの君に触れるたびに/僕を 見上げて微笑む瞳の中へ/そっと 降りてゆこう》《KISSで 探し当ててる/互いの肌に隠されてるものを/君の奥へと 身体のすべて注いで/溶けあおう ひとつになれ》(M4「裸身」)。

《首筋に残る 夜の傷跡も/気付かないで この腕の中で/一体どんな夢を見るの ベッドの途中で/溜め息こぼすなんて/誰よりも強く その愛を奪えないの/偽りのキスで 上手く誤魔化せたとでも/思っているのは 君だけ 君だけ》(M6「Unlimited」)。

《馳せる馳せる馳せる想いに焦がれる愛/せっついて どんな未来と/結ばれよっか?/走る走る走る 淫らに零れる愛/どんな?って  聞いてみたくって/KissからMiss yo》《見つめてしまえ 視線を指に/変える魔法を 愛撫が罠になる》(M8「Slow Luv」)。

わりと大人っぽい言葉が多い。いや、ストレートに言えば、SEXを連想させる言葉が踊っている。“それのどこがR&B?”と訝しく思う方もいらっしゃるかもしれないが、これこそがコンテンポラリーR&Bである。…とまで言い切ってしまうのはかなり語弊があるとは思うけれども、本場米国のR&Bはこれ以上に赤裸々なSEX描写も多いし、そのジャンルの起源とも言えるソウルミュージックにもその手の歌詞は少なくない。最も有名なところはJames Brownだろうし、日本で言えば、忌野清志郎率いるRCサクセションのナンバーにエロい表現が多いのも本場の影響だろう。ゴスペラーズはJBや清志郎ほどにはキツくはないけれども、ソウル、R&Bの担い手としてそのマナーに則ったのだと思われる。

もちろん、そういった内容ばかりではなく、M2「永遠に」やM9「月光」、M11「One more day」は哲学的というか根源的というか、愛を広く捉えた内容だし、M5「夢の外」辺りは未恋な状態と言ったらいいか、上記の歌詞の状態に至る前の物語を描写しているように見える。M7「Free Space」はサッカーをモチーフにしたものだそうで、もはや恋愛でもない。すべてがソウル、R&Bを過度に意識した感じでもないのだが、印象が強いことは確かではなかろうか。まぁ、エロい/エロくない…は人によっても受け取り方が違うであろうから、SEX描写云々は筆者独自の見解だとしてもらって構わないのだが、『Soul Serenade』には、いわゆる“ボーイ・ミーツ・ガール”とはステージの違う、大人の物語であることは認めてもらえると思う。これも筆者の想像でしかないのだが、そこには大人の鑑賞に耐え得る音楽を作ろうという考えがあったのではないかと思う。何しろタイトルが“Soul Serenade”だ。“セレナーデ”の字義通り考えれば、若者の恋愛衝動を掻き立てるのではなく、恋人たちに向けてふたりのシチュエーションを盛り上げるための楽曲なのである。大人っぽくて当たり前と言える(ちなみに、セレナーデは日本では夜曲とも言うそうなので、SEX云々もあながち間違ってもいないだろう)。

OKMusic編集部

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