hitomiの『LOVE LIFE』は女性アーテ
ィストが隆盛を迎えた、2000年を象徴
するアルバムのひとつ

リオデジャネイロ・オリンピックもそろそろ終盤。前半戦では柔道、体操と金メダルが出て、かつて日本のお家芸と言われた競技の復活という喜ばしいニュースが届いたが、その一方で、以前の勢いがなくなったことを目の当たりにさせられた競技もある。ずばり、マラソンである。男子は最終日なので未だ何とも言えないが(その意味でも出場選手には頑張ってもらいたいが)、女子の凋落ぶりは黄金期を知る者には衝撃的ですらある。バルセロナで有森裕子が銀、アトランタで有森裕子が銅、シドニーで高橋尚子が金、アテネで野口みずきが金と、4大会連続で日本人がメダルを獲得する、かつてのお家芸であったのだが、完全に隔世の感を禁じ得ない。毎度ゴタゴタする選考方法を含めて、世代交代の促進、強化プランの見直し等、抜本的な改革が必要であろう。そんな女子マラソンの黄金期に思いを馳せると、頭の中に流れて来るメロディーと歌声がある──。

高橋尚子の金メダルを後押し

2000年9月24日、シドニー・オリンピック、女子マラソン。中盤からルーマニアのリディア・シモンとデッドヒートを演じていた高橋尚子は34キロメートル過ぎにスパートをかけ、そのまま逃げ切って金メダルを獲得した。日本のオリンピック陸上競技での金メダルはこれが64年振りであり、日本女子陸上界においては史上初の快挙であった。タイムの2時間23分14秒は当時のオリンピック記録でもあり、これらの功績により彼女は国民栄誉賞を受賞。女子アスリートとして歴史にその名を残すこととなった。彼女がこのレースでスパートをかけた際、それまでかけていたサングラスを沿道の父親に投げたシーンも話題になり、それを真似た人も多かったようで、その後、眼鏡屋に眼鏡やサングラスの修理が相次いだなんて話もある。また、高橋選手はhitomiの「LOVE 2000」を練習中に聴いていて、レース前にもこの曲を聴きながらテンションを上げていたというのも有名なエピソードだ。その後、「LOVE 2000」は高橋尚子関連のみならず、陸上競技、あるいはスポーツ関連のニュースでも使用されることも多くなり、hitomiを代表する楽曲となった。同年6月の発売当時、すでにプロ野球中継のタイアップがあった同曲だが、こうした経緯で再評価され、ロングセラーを記録したケースは極めて稀でもある。
この「LOVE 2000」。今聴いても景気のいい楽曲である。何と言っても、サビ頭のメロディーが巧みであり、極めて印象的だ。メロディーの良さで8割方、楽曲の成功が決定していると言ってもいいだろう。音符は多くないが、短い中にも確かな抑揚があり、メジャー感も強い。聴き応えは何ともさわやかで、晴れ晴れとした気持ちにさせられる音階である。高校野球の応援歌で使われることがあったことでもわかるように、高橋尚子のみならず気分が高揚するメロディーであることは間違いないだろう。サウンド、歌詞も景気がいい。サウンドは、軽快なギターリフ、硬質だが抜けのいいビート、そこにホーンセクションも重なり、バラエティー豊かで圧しも強い。歌詞は、《愛はどこからやってくるのでしょう 自分の胸に問いかけた/ニセモノなんか興味はないの ホントだけを見つめたい》《少しずつだけどいろんな事が変わって 私はここにアル》というサビもさることながら、Aメロの《悲しいNEWSとどうでもいい話/朝からもうそんなのうんざりで/今日はいつもよりも風が気持ちイイからネ/楽しさに着替えてネ》で見せる楽天性もいい。この“いんだよ、細けえことは”的な精神は聴く人にリラックス効果を与えることにもつながっているのではないかと推測できる。

女性の躍進が目立った2000年

この「LOVE 2000」が収録されていることも手伝って、00年12月リリースの5thアルバム『LOVE LIFE』も好セールスを記録。売上枚数では96年発売の2nd『by myself』の方が上ということだが、現時点でのhitomiのアルバムから1枚を選ぶとするならば、『LOVE LIFE』を挙げる人が多いのではないだろうか。よって、ここでは、やはり『LOVE LIFE』を取り上げてみたい。本稿作成にあたって聴いてみて感じたことだが、前述の話題性ばかりではなく、このアルバムは2000年という時代を映し出した作品でもある気もしてきた。2000年は前述の高橋尚子だけでなく、柔道の田村亮子が金、シンクロで銀2つ、ソフトボールで銀、競泳勢も銀、銅を獲得し、シドニー・オリンピックでの女子選手の活躍が目立った年ではあった。大阪府知事選で太田房江氏が当選し、日本初の女性知事誕生が誕生したのもこの年であるし、こと音楽シーンにおいては、かつてないほどに女性アーティストが躍進した年であった。2000年の年間売上を見ると、1位が浜崎あゆみで、以下、倉木麻衣、椎名林檎、MISIA、小柳ゆきと続く(ちなみに宇多田ヒカルのブレイクはその前年99年)。hitomiはランクインこそしていないまでも、その一躍を担う存在であったことは間違いない。
女性の躍進が目立った年に『LOVE LIFE』というアルバムが発表されたのは何とも象徴的だ。
《その場だけの恋なんていらない <いらない> いつも yeah/気持ちがあてはまるの待ってた <待ってた> ずっと yeah》(M4「PARADISE」)
《おとなしい女がイイなんて/都合がイイだけでしょ》(M7「FAT FREE」)
《ねェ 今 心ごとキツク愛してよ/ちょっと臆病になってるから/私達の愛の方程式をいつか解いてみせるからネ/その心をひらいて》(M8「キツク愛してよ」)
まぁ、平成になって12年も経っていたのだから、この時期から女性が恋愛に対して本音を言い出したなんて言うつもりはないが、上記のような歌詞がサラッと出てきて、それを違和感なく受け取れる時代になっていたのは間違いない。その上、hitomiはさらに貪欲に、さらに前向きに愛や夢を語っている。
《正体不明の愛を 手にしたい その為に》《見たコトのない未来を 今この手でつかむ》《この世界に見える 素晴らしいモノ探して》(M1「It's only access」)
《I gotta change もう戻れない 確かに今より幸せだったかもね/でももう迷わない 行き先もわかんない だけど今なら/始められそうな気がしてる》(M9「OVER THE WORLD」)
《新しいトビラあけて 見えた世界に/たどり着けば 欲望は深く/明日の壁を また壊してく》《私は私のままで いれるように そう祈って/痛みを癒しながら 進んでゆく/この世界の片隅で 光ともして》(M10「pray」)

前向きなシンガー継続宣言

タイトルチューンは特にそれが顕著だ。
《自分が何かに認められても 心の旅は いつまでも続くんでしょう/本当に大切なモノがなんなのか/わからなくなってしまっても 明日へ進まなきゃならない》《どんな未来も どんな希望も やがて風が包むから/今を見つめて 愛を描きたい そしてネ/歌ってく ずっと 輝く為に》(M12「LOVE LIFE」)
同じ年に男性アーティストたちがヒットさせたラブソングもそれはそれでとても素晴らしいものだが、それらの甘さに比べて実に地に足が着いた歌詞と言える。最初にスマッシュヒットを記録した3rdシングル「CANDY GIRL」でも、《今日は部屋でレゲエでもかけ チェリーパイ片手に/かがみの前で死ぬほど踊りくるう/そんな1日でもいいでしょうoh 人生楽ありゃ苦あり/毎日いいことばかりじゃつかれるし》《大きな声で 自由に歌っているの/なにがあってもこわくない》と楽天的に、それでいて歌うことに前向きな姿を描いていたが、『LOVE LIFE』収録曲はそこからステージがひとつ、ふたつ上っている感じだ。
『LOVE LIFE』はジャケ写もいい。パンツ一枚のみで、胸を自紙髪で隠した大胆なセミヌードだ。もともとモデルなだけに容姿は抜群でそのビジュアルは非の打ちどころがないのだが、上記の歌詞の内容を鑑みると、これは彼女のアーティストとしての決意の表れでもあったのだろう。泥臭い言い方で恐縮だが、“身ひとつで勝負”といったところではなかっただろうか。サウンド面に転じれば、本作は、必ずしも突出した魅力があるとは言い難い作品ではある。オールドスクールなR&Rへのオマージュを隠し得ないギターリフや、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』的サイケデリックサウンドなど聴きどころがなくもないが、全体に90年代オルタナティブロックの影響が色濃く、サウンドメイキングの派手さほどにはバラエティーさがない印象。それに加えて──これは2000年前半の邦楽アルバム全般に言えることだが、収録時間が長いのはとても残念だ。13曲で61分超は完全にトゥーマッチ。3曲削って46分前後くらいにしたら生理的に聴きやすくはなったと思う。ただ、そうした歪さも含めて、当時の彼女のやる気は伝わってくるし、今もその意気込みは称えたい作品である。90年代にブームを巻き起こした所謂“小室ファミリー”と言われたアーティスト、グループで今もコンスタントに活動しているのは数えるほどだが、hitomiは11年にエイベックス傘下のインディーズレーベルへ移籍。12年に11thアルバム『∞』、13年にはシングル『TEPPEN STAR』を発表している。《歌ってく ずっと》(M12「LOVE LIFE」)の宣言通り、移ろいやすいシーンにあって今も歌い続けているのは立派である。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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