及川光博はなぜ歌手と俳優の
二刀流を選んだのか?
『嘘とロマン』に見る
“ヤング・ミッチー”の潔さ

『嘘とロマン』('98)/及川光博
ヒット連発の名バイプレイヤー
まぁ、それを何だか失礼なことのように感じてしまうのはデビュー当時のミッチーを知っているからで、ここ10年間、役者での当たり役が多かったミッチーなので、冷静に考えてみると、歌手としての活動を知らない人がいるのも、むべなるかなとは思う。直近で言えば、『ドラゴン桜 第2シリーズ』の教頭役だろうし、何と言っても『半沢直樹』で演じた、主人公の友人、渡真利忍役の印象を強く持っている人も多いことだろう。『グランメゾン東京』でのキムタクをバックアップするシェフ役も記憶に新しいところだ。また、やや古くはなるけれども、『相棒』での神戸尊も決して忘れることができないキャラクターである。とりわけTBS系ドラマ『日曜劇場』のヒット作で2番手の登場人物となっていることが多いことから、“ミスター日曜劇場”と呼ぶメディアもあるようで、もはやミッチーはテレビドラマにおける名バイプレイヤーと言っても過言ではないようだ。それはそれで正しい認識だし、ミッチーの成功の証しであり、喜ばしいところではある。
だけれども…だ。やはり歌手としてのミッチーも多くの人に知ってほしい。というか、知らないのはもったいないと思う。歌手としてのミッチーには、明らかに役者とは異なる、シンガーでしか発揮されない魅力がある。逆に言えば。シンガーからしか感じ取ることができない魅力があるのである。もっと言うのなら、ミッチーのアーティストとしての本質をより深く味わうことができるのは“歌手・ミッチー”ではないかとすら思う。とりわけデビューしたばかりの頃の、言わば“ヤング・ミッチー”の作品は、エッジーというか、役者での当たり役からはちょっと想像しづらいキャラクターを目の当たりにできるのではなかろうか。ミッチー最大のヒットアルバム『嘘とロマン』から、その辺を探ってみよう。