東京事変の
1st『教育』が発散している
ロックバンドらしさ、
デビュー盤らしさ

『教育』('04)/東京事変
椎名林檎から東京事変へ
《たったいまわたしのながわかりました/あなたがおっしゃるとおりの「りんご」です/おいしくできたみからまいとしおとどけします/めしませ/つみのかじつ》(シングル「りんごのうた」)。
《たった今私の名が分かりました/貴方が仰る通りの「林檎」です/美味しく出来た実から毎年お届けします/召しませ! 罪の果実》(M1「林檎の唄」)。
歌詞の内容はまったく一緒だが、こうして並べてみると、平仮名だけだとやはり牧歌的な感じだし、《貴方》や《美味しく出来た実》や《罪の果実》にはアダルトな雰囲気がある。最注目はサウンド。「りんごのうた」はアレンジャーに服部隆之氏を迎えてボサノヴァタッチの緩やかな感じであったが、「林檎の唄」は完全にバンドサウンド。グルービーでありつつ、聴き応えが随分とゴツゴツとしている。亀田誠治(Ba)の鳴らすベースがものすごく動いているのがよく分かるし、H是都M(Key)の弾く鍵盤もかなり派手だ。全体的に椎名林檎特有のコンプレッサー、エフェクターがかかっているので、いわゆる“生音”っぽさは薄くはあるが、サウンドの根底にあるのはあくまでも歌とギター、ベース、ドラム、キーボードという構成で、かなり基本的なバンドアンサンブルであることがはっきりとしている。間奏前に入る“ギター!”という椎名の声が如何にもバンドっぽいけれども、この辺はどこまで意識的だったのだろうか。新バンドのデビュー作、1stアルバムの1曲目として見事な作りと言える。
M2「群青日和」は先行シングルとしてアルバムに先駆けること2カ月前にお披露目されていたわけだが、これも東京事変がロックバンドであることを印象付けるに十分なナンバーだ。まず作曲がH是都Mというのがそれ。椎名林檎が新しいバンドを結成したと言っても、彼女がヴォーカルである限り、フロントは彼女だろうし、ワンマンバンド…とは言わないまでも、比較的そっちに近いスタンスだろうという色眼鏡を、最初の音源から見事に砕いてくれた。しかも、作詞は椎名だけあって《新宿は豪雨》《突き刺す十二月と伊勢丹の息が合わさる衝突地点》辺りは何とも彼女らしい印象だが、個人的には、この開放感のあるメロディーはソロでは案外なかったタイプではあるように思う。サビメロは開放感があり、曲の展開もJ-ROCK、J-POP的でとてもポップだ。それでも、歌いこなし、どこから聴いても椎名林檎の歌に仕上がっているのは、彼女が唯一無二、不世出の女性シンガーである証しであろうが、新種に近いメロディー、しかも椎名の作曲ではないものをデビューシングルにするところに、東京事変としての肚の括り方があったように思う。そして、これもまたバンドサウンドが全開だ。疾走感とキレのあるナンバーであり、鍵盤もベースも相変わらず奔放だが、ここでは晝海幹音(Gu)のノイジーなギターに注目したい。とりわけ間奏で聴かせるフレーズと音色は実に個性的で、これもまた他ではあまりお目にかかれない代物と言っていいのではないだろうか。アウトロがやや長めで、そこでの演奏は否応なしにバンドらしさを感じさせるところだ。
ロックバンドの醍醐味
M6「現実に於て」は一転、ピアノのみのインスト。ところが(…というのも変だけど)、これが次のM7「現実を嗤う」とつながっていて、M6でのピアノの旋律のループに、バンドサウンドを乗せた感じ…と言ったらいいだろうか。ギターはエッジーかつノイジーで、ベースはブイブイと鳴っている。決してテンポが速いわけではなく、密集感こそ薄いものの、相変わらず各パートは奔放だ。後半に進むに従ってサウンドが厚めになっていくが、こうした疎から密へと徐々に変化していくアンサンブルもまたバンドらしいと言えるだろう。逆にM8「サービス」は随分とカオティックな印象。歌メロはカートゥーンアニメの主題歌みたいに分かりやすいのだが、誤解を恐れずに言えば、かなりゴチャゴチャとしたアンサンブルで、サウンドは“これのどこがサービスなんだろう?”と思ってしまうような感じだ。だが、《シュールレアリスム超現実主義》なんて歌詞からすると、あえて分かりやすくしていないというか、あえてフレンドリーな作りにしていないのだろう。フレンドリーではないけれども、“こういうこともできる”と示すことで、東京事変というバンドの潜在能力を見せつけようとしたのかもしれない。
続くM9「駅前」、M10「御祭騒ぎ」は、タイプこそ違うものの、いずれもグルービー。M9はデジタルっぽい音も導入して幻想的でありながら、サビではバンドサウンドが爆裂し、やはりエッジーでノイジーな“らしい”音を響かせる。これもアウトロでは密集感がある。M10は、如何にもロックバンド然としたナンバーで、基本的には刄田綴色(Dr)のリズムが全体をグイグイと引っ張っていく。その上で、サビの頭の方はサンバっぽかったり、間奏はジャジーだったり、とドラマーのポテンシャルを見せつけている格好だ。アルバムのフィナーレと言えるM11「母国情緒」とM12「夢のあと」は、ここまでのダメ押しといった感じ。キラキラとしたM11では、このバンドから発散されるものは決して好事家だけに受け入れるようなものではなく、とても汎用性が高いことを示し、M12では、M6からM7がそうであったように、落ち着いたピアノから始まって、奥に進んで行くに連れて、各パートの演奏が奔放になっていき、それがアウトロで極に達するという、このバンドの核心をご丁寧にアンコール披露しているかのような作りだ。バラエティー豊か。決まりごとがあるようで、それを感じさせない。フォーマットをなぞっている印象のない楽曲たちが収められている。これがデビュー作とは言え、名うてのミュージシャンたちが集ったバンドの凄まじさを、まざまざと見せつけられた格好である。
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