クラムボンならではの緊張感あふれる
アンサンブル モノラルとステレオと
の2枚組アルバム『てん 、』

5月3日に東京・日比谷野外大音楽堂でライブを開催するクラムボン。バンドにとっても特別な場所であるという野音での8年振りのライブ開催とあって、チケットも早くからソールドアウトしており、当日は祝祭ムードに包まれることだろう。昨年、結成20周年。音楽フェスでヘッドライナーを務めることも少なくなく、ベテランと呼ばれる域にある存在ながら、チャレンジを止めないアーティストとしての姿勢は今以上に称えられるべきだとも思う。そんなクラムボンの名盤を探ってみた。

独立独歩、独自の活動を展開中

クラムボンがまたまた面白い動きを見せている。彼らが来る5月3日に東京・日比谷野外大音楽堂でライブを開催することは前述したが、このライブを映画監督の岩井俊二氏が映像化するに当たり、クラウドファンディングを実施。出資者はそのライブDVDのほか、金額に応じて打ち上げライブを視聴できたり、ライブのリハーサルを見学できたり、といった特典が付くという。4月26日現在、募集締切まで1ヶ月以上あるというのに、すでに目標金額に届きそうな勢いで、クラムボンに対する期待の高さをうかがわせるトピックでもある。
メジャーレーベルを離れた2015年以降、彼らのフットワークはいい意味で軽い。2016年の『clammbon 2016 mini album 会場限定販売ツアー』では、文字通り、ライブ会場限定CD「モメント e.p.」を販売し、ほとんどの会場でサイン会を行なっている。音源の会場限定販売は別に珍しくないが、非アイドルのバンドのサイン会となると前例を挙げることができないほど稀有な出来事だろう。また、この「モメント e.p.」は大手流通を介さず、彼らの活動に賛同してくれるショップで委託販売。しかも、取り扱い店はCD店だけではなく、カフェや雑貨店等で販売されていたというから、これも少なくともクラムボン規模のアーティストでは前例のない企画であった。
このツアーでのチケット代もちょっと衝撃的なプライスであった。税込み2,500円。ライブハウスでのスタンディングとは言え、彼らのキャリアを考えると破格の金額である。若い世代にも足を運んでほしいとの思いからの金額設定だということだが、かなり大胆な決断であったことは間違いない。だが──今年は6月1日から『clammbon モメントツアー2017』をスタートさせるが、今回もチケット料金は据え置きというから、確かな勝算を得ることができたのであろう。ちなみに今年も各会場で新作ミニアルバムが限定販売され、サイン会も予定されている。
こうした彼らの動きは、“冬の時代”と言われて久しい音楽業界における、彼らならでは処世術であることは間違いない。音楽ソフトの売上がピーク時の3分の1になったとも半分になったとも言われて久しい状況下で、メジャーレーベルにおいても誰もが潤沢に制作費をかけられるわけではなくなった。そうなると、いい楽曲ができたとしても、それを納得いくように音源化するのが難しいのは自明の理。いや、いい楽曲を作るための環境を確保することも怪しくなる。不況下に一般企業が様々なコスト削減に努めると同様に、クラムボンは自らができることを選択し、前進したのである。律儀にも彼らはこのことを昨年のライブツアーにおけるMCで時間をかけて説明したという。メジャーレーベルから離れて全てを自らでハンドリングするようになったのは、ミト(Ba)曰く“クラムボンの企業化”であり、それは新しい形で音楽の仕事に携わっていくベンチャー企業とのことである。なかなか洒落た言い回しをする。件のクラウドファンディングが順調に進んでいるということは、その“ベンチャー企業・クラムボン”の業績は極めて好調のようである。

聴く価値のあるスリリングな演奏

誰かが“クラムボンの音源に失望させられたことは一度もない”と言っていたが、同感である。禿同である。アルバムで言えば、1999年のメジャー1st『JP』から、ピアノ、ベース、ドラムスのアンサンブルは他にはない強烈な個性を放ち続けている。大きく分けると彼らの作品は、1st『JP』、2nd『まちわび まちさび』、3rd『ドラマチック』でひと括り。それに続く、4th『id』、5th『imagination』、6th『てん、』でひと括り。さらに、7th『Musical』、8th『2010』、9th『triology』でもうひと括りと、まさしくトリロジーとして分けることができると思う。初期3部作はポップ方向。中期はセッション中心で楽曲を作っていた時期。そして、7th以降は1st~3rdと4th~6thをすり合わせた作品群。少々乱暴かもしれないが、概ね間違いはないだろう。であるならば、オリジナルフルアルバムである9th『triology』がこれまでのクラムボンが集約された作品であり、現時点での最高傑作であろうし、おそらく多くのファンもそれに同意すると思われる。が、それを承知で、ここは6th『てん、』を紹介したい。詳しくは後述するが、このアルバムはセッション期の絶頂とも言えるスリリングなバンドアンサンブルが聴けるのと同時に、アルバムの作りそのものに“ベンチャー企業・クラムボン”の原型を垣間見ることができるからだ。
アルバム『てん、』。まず、ファンならば“何を今さら…”と呆れるほどの言うまでもないことだろうが、ここに収められているサウンドの緊張感は只事ではない。M2「loop bridge」やM10「sonor」、M12「itqou」では同期や外音の電子音を聴くことができるが、ほとんどが鍵盤、ベース、ドラム+歌で構成されている。しかも、派手にディストーションをかけて残響音で間を埋めるような処理が施されているような感じではなく、3つの生音が強烈にせめぎ合っている。変な言い方だが、あくまでも人力にこだわっているかのような印象だ。M1「バイタルサイン」がもっとも分かりやすいだろうか。この楽曲、鍵盤は──例えば、ものすごくキャッチーなリフがあったり、耳を惹く音色があったりするわけではなく、比較的単調なフレーズで進行していく。ベースは単なるダウンピッキングではなく、独特のうねりがあるし、ドラムスは途中マーチングビートに転調したりもするが、それにしても突飛なことをやっている感じではない。つまり、実はシンプルな演奏なのだが、それが3つ重なって太い幹を成していくような迫力があるのだ。鍵盤は決して伴奏ではなく、ベースとドラムスも単なるリズム隊ではない。ひとりずつでも楽曲を支えることができる各パートの集合体。即ち、このせめぎ合いにクラムボンの原型を見ることができる。M1「バイタルサイン」は今でもライブの定番となっているが、端的にバンドのスタイルを示す楽曲であるからして、それも当然の帰結と言えるだろう。この他、ファンクチューンM4「インパクト」、躍動感あふれるインスト曲M6「hoshinoiro」、原田郁子(Vo&Key)とミトとのツインヴォーカルが聴けるM7「アンセム」等、強固なバンドアンサンブルは随所で確認できる。“聴く価値のある演奏”の詰まったアルバムだと思う。

一塊となったサウンドの強靭さ

この頃の作曲方法は、とにかくジャムセッションを重ね、それを何時間も録音したものを聴き直して、曲になる部分を探すというようなものだったらしいが、それを4th『id』から3作続けてきて、『てん、』でバンドの地力はグッと底上げされたのだろう。メンバーがそれに自覚的で自信を持っていたことが歌詞から垣間見れる。
《世界が変わる勢いでひらめきは舞いおりる/改造施した3人に火がまた灯る》
《立ち上がる 真っ黒なスピーカー街を揺らす/走り出す そして前の前の前を目指す/鳴らすよFUNK》
《敵はいない あせりはいかんよ/風よ舞え 迷い消えちゃいな》
《脳内改造 新しいうた 展開には 非常に丁寧/肉体改造 新しいうた 演奏には 飛び散る汗/精神改造 新しいうた 瞑想より サイケデリック/そして今日も 新しいうた、、、3人さえもう止められない》
《絡み合う 3つのフレーズ/いずれはこの世界を変える/あんがい今日でできそうな気する》(以上、すべてM4「インパクト」)。
脳内でβ-エンドルフィンやらドーパミンやらが出まくっているような歌詞。実に素晴らしい。これまたM1「バイタルサイン」の話になるが、この楽曲のPVもまたすごい。画面が4分割され、上ふたつに原田、右下にミト、左下に伊藤大助(Dr)の顔のアップが映る。楽曲が始まると、左上の原田が歌い、他は自身のパートを口で表現。ドラムスなら口の動きが♪ズンタンズンタン♪(多分)といった具合である。人力でやっていることに自覚的で、それにプライドがなかったら、こんなPVは作れない。歌詞。PV。こうしたところからもバンドの充実っぷりをうかがえるところが、アルバム『てん、』の良さでもあると思う。
アルバム『てん、』はモノラルバージョンとステレオバージョンとの2枚組でリリースされた。これも本作の大きな特徴である。元の音源をふたつのバージョンに分けており、収録曲はまったく同じだ。モノラルとステレオのミックスはそれぞれ別のエンジニアが手掛けているので、各パートのバランスのとり方は異なるが、それにしてもリミックスアルバムのような大胆な違いはなく、事情を知らないと“これは何?”と思うような仕様である。結論から言えば、このモノラルバージョンは、ミトが蓄音機の迫力ある出音を聴いて、それを自分たちでも再現したいという想いから実現したものだ。一塊となったモノラル特有の音の迫力に圧倒され、自らの作品にも取り込むことを画策したという。実際、『てん、』のそれぞれのバージョンを聴き比べてみると分かるのだが、モノラルだからと言って音が平板になるわけではないし、この音が一塊になった感じは『てん、』収録曲のイメージするところに合っている印象がある。どちらがいいかと問われたら、個人的には迷わずモノラルバージョンに軍配を挙げたい。モノラルは決してステレオの代替えでなく、まったく別の表現手段であると言ってもいいことが分かる。自らの音源の制作に真摯なだけでなく、それをどのように聴いてもらうかにも真剣に向き合っている──それは今もクラムボンが体現しているバンドの本質である。『てん、』にもそれが表れていると思う。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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