矢井田瞳、
デビュー作『daiya-monde』は
ポップでキャッチーで、
しっかりロック!

『daiya-monde』(’00)/矢井田瞳

『daiya-monde』(’00)/矢井田瞳

8月14日、矢井田瞳が“yaiko”名義でニューミニアルバム『Beginning』をリリースした。制作背景やタイトルに込めた思い、新曲「いつまでも続くブルー」の他、収録曲の詳細については、ご本人にたっぷりうかがったので、ぜひこちらをご覧になっていただきたい。本コラムの方では彼女のデビューアルバム『daiya-monde』を取り上げて、メジャー進出後いきなりブレイクした20年前の衝撃を振り返るとともに、その勝因を分析してみた。
■ミニアルバム『Beginning』インタビュー
https://okmusic.jp/news/349444/

デビューアルバムがチャート1位に

初めて矢井田瞳の楽曲に触れたのは2000年。彼女がメジャーデビューする少し前のことだったと思うから、その年の春から夏にかけての時期だろう。その年の秋に発行する音専誌の表紙アーティストを誰にするかを決めるための会議(というよりもゆるゆるなミーティングみたいなもの)でのことだった。上司が“こんな新人の女の子がいるんだけど…”と持って来たのが矢井田瞳だった。「How?」と「B'coz I Love You」のPVを見せられたと記憶している。河川を進む船上で、チェックのミニスカートに白いブーツといういで立ちで赤いレスポールをかき鳴らしながら歌う「How?」。新聞に囲まれた畳敷きに6畳程度のアパートのセットの中で、ちょっとヒッピーっぽいロングスカートにスニーカーで、今度はゴールドのレスポールを抱いた「B'coz I Love You」。何せ20年前のこと故に、PVの細かいところは忘れたのだけれども(上記の描写は今YouTubeで確認したものです)、ギターの弾き方が堂に入っているというか、カッコ良いパフォーマンスだと思ったことは覚えている。デビュー時のフライヤーには、両脚を折り畳んだ状態で垂直にジャンプしている彼女の姿が映っていて(たぶん)、“元気なお嬢さんだなぁ”とか思ったんだとも思う。楽曲に関しては、ちょっと他アーティストに近い匂いを感じたことを正直に告白しておくが、だからと言って嫌な感じもしなかった。

で、その会議はどうなったかと言うと、強固な推しも然したる反対意見もないままに、持って来た上司預かりみたいなかたちになり、結局、矢井田瞳の表紙はお流れになった。理由は簡単で、“新人でいきなり表紙はどうなんだろう?”という知名度の問題。他に強力な対抗馬があったような覚えもないので、デビューしたばかりの新人だったので、ディスコグラフィーが少ないとか、コンテンツ的な不安もあったかもしれない。もしかすると、“超新星”とか適当なキャッチコピーを付けて、デビューアルバムと同時に表紙号を発売したとして、“その後、あんまり取り扱う機会がなくなってしまったらどうしよう…”とか、そういう戸惑いがあったのかもしれない。いずれにしても矢井田瞳の表紙号は実現しなかったのだけれども、その後の彼女の快進撃のことはみなさん、よくご存知だろう。その秋、2000年10月4日にリリースされた、2ndシングル「my sweet darlin'」がスマッシュヒット。続いて発表されたメジャー1stアルバム『daiya-monde』はチャート初登場1位を記録して大ヒット。その結果を見て地団駄を踏むようなことはなかったけれど、勝負運がないもんだなとしみじみ思ったし、自らが置かれた状況を何となく悟った(苦笑)。

ロックのマナーに則ったサウンド

結果的には筆者がかつて所属していた音専誌編集部の嗅覚は一般リスナーのそれよりも劣っていた形にはなるわけだが、今改めて『daiya-monde』を聴き直してみると、その音作りは決して当時の彼女と同世代の若いリスナーたちだけをターゲットにしていたものではなく、ロック好きのおっさんを納得させるだけのものであったとは思う。ザっと収録曲を見てみる。

M1「How? (U.K. mix)」はギターのフィードバックノイズから始まり、そこからアコギのストローク+歌。オープニングから“ほんと分かってるなぁ”と唸らせるような始まり方だ。サビに重なるギターはノイジーで、リズムはどっしりとしていて、「How? (U.K. mix)」はいい意味でロックバンドの教科書的なサウンドを聴かせる。それに続く、M2「Everything Is In Our Mind」は、アフリカンとアジアンがミックスしたかのようなパーカッシブなリズムが引っ張るナンバー。途中でテンポが落ちる箇所はシタールっぽい音が聴こえるので、明らかにサイケデリックロックの匂いがして、何と言うか、ロックのマナーに則った印象がある。そんなロックらしいナンバー2曲を露払いに置き、お次に登場するのはメジャーデビューシングルM3「B'coz I Love You」だ。カッコ良いロックチューンであることは改めて言うまでもなかろうが、単にアッパーなだけでなく、ブイブイとランニングするベースラインが独特のグルーブを生んでいる。後半の転調も楽曲に勢いに増している感じでとてもいい。

M4「Your Kiss」はメロディラインがカントリー風のサザンロック的ミディアムナンバー。1番はギターもビートも乾いた感じで、M1からM3までとは印象が異なり、“こんなこともできるんだ!?”とリスナーの耳を驚かせる仕掛けが成されている印象を受ける。そして、M5「My Sweet Darlin'」。この楽曲に関してはのちほどまた述べるが、このナンバーの最大の特徴はキャッチーなサビのメロディーではあるものの、Cメロでは逆回転を入れていたりする。明朗活発なガールズアンセムといった表情のみならず、ロック的な小技を忘れていないように思えるところもいい。

M6「Girl's Talk」はノイジーなギターはM1から引き続いている印象だが、ここではエレクトロな音も加味されていて、全体の聴き応えがニューロマ、ニューウェイブを彷彿させる。それでいてサビは独特のダイナミズムで、そのテンションはハードロック的だ。しかも、サビはダンサブルなので面白いミクスチャーだとも言える。M7「もしものうた」も米国南部のテイストはあるが、こちらはニューオーリンズジャズ風味。メロディーがフレンチポップス的で、一発録りっぽい音色も含めて(実際に一発録りかもしれない)、可愛らしいイメージとは裏腹にこれもまたひと筋縄ではいかないナンバーである。シングル「B'coz I Love You」のカップリングでもあったM8「ねえ」も、M7同様に簡単ではない。「ボレロ」っぽマーチングビートから始まって、ピアノと逆回転が全体を支配(逆回転というか、ちょっとバグパイプみたいな音だ)。それでいてギターはノイジーで重いオルタナっぽく、ベースは激しく動く。リズムはサビの後半で3拍子になったりと、実験的な匂いが漂っている。

M9「大阪ジェンヌ」はインストだが、ソロのシンガーソングライターなのにインストをデビューアルバムに収録する辺りが、彼女の指向がロックである証拠だと思える。ファンキーなグルーブでスリリングなハードロック的サウンドを聴けば、それも言わずもがなではなかろうか。M10「I like (U.K. mix)」はM1と同じくインディーズ時代のシングル「Howling」収録曲。ループミュージックっぽいダンスチューンで、メロディアスに跳ねるピアノがShakatakを思い起こさせるが、サビではギターとベースが派手に暴れ、これもまた単純な楽曲では終わらない。ラストはM11「Nothing」。序盤はピアノとアコギが中心で比較的ゆったりとした印象だが、間奏以降、エレキギターが爆裂して、後半はビートもアップテンポとなり、歌もエモーショナルさを増していく。アウトロでラウド感はなくなるのだが、ミディアムバラードでそれらしく終わらせることもできただろうに、そうしなかったところに、スタッフを含めたメジャーデビュー時の矢井田瞳のアグレッシブさというか、アッパーな感じが伝わってくるようだ。問答無用にロックだと思う。

OKMusic編集部

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