THE STALINの
傑作アルバム『虫』から
不世出のアーティスト、
遠藤ミチロウを偲ぶ

『虫』(’83)/THE STALIN
日本のロックに及ぼした多大なる影響
THE STALINのトリビュートアルバムは上記作品の他、2001年に『365:A TRIBUTE TO THE STALIN』も制作されているが、この両作品に参加しているアーティストの顔ぶれだけ見ても、遠藤ミチロウの功績が分かろうというものだ。2001年版では、大槻ケンヂ、犬神サーカス団、KENZI & THE TRIPSら、2010年版ではグループ魂以外に銀杏BOYZ、フラワーカンパニーズ、BUCK-TICK、MERRY、DIR EN GREYらが参加。さらには、バンド単位ではないが、thee michelle gun elephant、LAUGHIN' NOSE、BRAHMAN、THE MAD CAPSULE MARKETSといったバンドのメンバー、元メンバーに加えて、戸川純、UA、YUKIといった女性ヴォーカリストも参加している。THE STALINのことをリアルタイムで知らない世代も、遠藤ミチロウのパフォーマンスを生で観たことがない人も、上記の名前を見れば氏の偉大さを少なからず理解してもらえるのではなかろうか。
また、彼ら彼女らがひとつのジャンルに固まることなく、その表現手段や活動の場が多岐に渡っていることもお分かりになってもらえると思う。遠藤ミチロウが後世に及ぼした影響はパンクといった狭義のロックだけに留まっていないのである。THE STALIN時代はライヴで牛や豚の臓物を客席に投げたり、拡声器のサイレンや爆竹を鳴らしたり、全裸でパフォーマンスしたりと、とかくスキャンダラスな方向で語られることが多かった氏だが、それをリアルタイムで体験して、のちに自らも表現者となった人たちは、センセーショナルさの内側にある文芸や美術──そのアーティスティックな価値をしっかりと掴み取っていたのであろう。ミチロウ自身がそのことに自覚的であったかどうかは定かではないが、氏の“悪魔の精液”は確実にそのDNAを各地に遺していった(“”はアルバム『trash』収録「天上ペニス」からの引用)。
過激さの裏側にあった大衆性
先ほど、クドカンがラジオでかけたことを紹介した《吐き気がするほどロマンチックだぜ》という有名なフレーズ。インディーズ時代は「主義者(イスト)」 というタイトルで発表され、メジャーデビューシングルにもなった「ロマンチスト」のサビである。アナーキスト、オポチュニスト、モラリスト、ヒューマニストといった、所謂 ○○主義者(△△イスト)と言われる人種を皮肉った内容と言われている。強いて説明を加えるならば、視野狭窄や排他的思考への嫌悪感といったところだろうか。日本ロック史に遺る見事な歌詞であるし、これが当時のライヴ会場では観客がみんな、拳を挙げながらミチロウとともに絶叫していたことを考えると、THE STALINとは音楽とも文学とも演劇とも異なる、何か新しいジャンルだったような気さえしてくる。臓物を投げたり、全裸で動き回ったりすること同様──いや、それ以上に、楽曲そのものが十二分に刺激的であったのだ。
あと、これは私見だが、サービス精神が旺盛な人であったようにも思う。前述した親しみやすいメロディーもそうなのだが、こんな話を聞いたことがある。例の臓物や爆竹を客席に投げ込んだ件。初めは臓物とかではなく、ライヴハウスにあった生ゴミをぶちまけたのが最初だったそうである。その時の観客は怒って帰ってしまったそうだが、それが口コミで話題となって次回のライヴには怖いもの見たさで人が殺到したという。そこから臓物や爆竹を使い始め、しかも全国各地のライヴハウスでそれを繰り広げたと考えると、ミチロウはTHE STALINを観に集まったオーディエンスの期待に応えたこととなる。以前ご本人にインタビューさせてもらった際に「ツアー中に鶏の頭を買いに行った肉屋のことをよく覚えていたりするもんですよ」と笑いながら話していたことも思い出す。THE STALIN時代のパフォーマンス、過激な言葉使いとは裏腹に、とても知的で穏やかな話し方をする人であったことは多くの人が述懐しているが、真摯に自己表現と向き合いつつ、それを見聴きする人がいることを常に意識していた真面目な方だったとも思う。