頭脳警察の『頭脳警察3』

頭脳警察の『頭脳警察3』

不穏な時代の雲間から頭脳警察の
サウンドが轟く『頭脳警察3』

 頭脳警察を初めて聴いた時の衝撃は忘れられない。中学生の時のことで、ラジオで当時、アルバムを丸ごとオンエアしてくれる番組があり、そこで彼らの実際には通算5作目となった『仮面劇のヒーローを告訴しろ』('73)がかけられたのだ。主に洋楽の新譜が取り上げられるその番組に邦楽の、しかも頭脳警察がかかったことが未だに信じられないのだが、記憶に間違いがなければ、とにかくラジオで頭脳警察をいきなり聴いてしまったのだ。最初期のアルバムにある過激さを通過し、音楽的な面のスケールを広げていった時期の作品だから幾分聴きやすくなっていたとは思うのだが、それでも呑気に日々を過ごしていたガキにさえ、その石のつぶてが飛んでくるような言葉や拳骨でぶん殴られるような衝撃は伝わってきた。「ヤベエな、これ。だけどスゲエぞ」と。そう感じなかったとしたら、ロックを聴く資格などないに等しい。曲がりなりにも、聴こえてきた叫びにすごさを感じ、頭脳警察、パンタという名前をその時に脳みそに刻み込むことができたから、私はロックを信じて聴き続けているとも言えるのだ。

 今回、邦楽の名盤として頭脳警察のアルバムを!と考えた場合に、最初はためらいもなく『頭脳警察1』を選んでいたのだが、もしやと思ってitunes Storeをチェックしてみたら、このアルバムは同サイトではまだ取り扱われていなかった。また、初期の“革命三部作”と呼ばれる曲のうち「世界革命戦争宣言」「銃をとれ」「赤軍兵士の詩」の中で、itunes Storeではかろうじて「銃をとれ」(2007年公開の映画『キャプテントキオ』挿入のライブ・バージョン)のみ、購入およびダウンロードが可能である。そういった事情からあれこれ逡巡したのだが、本稿で取り上げるアルバムとしては『頭脳警察3』を選ばせていただいた。もちろんitunes Storeで試聴、購入できます。なお、『頭脳警察1』は2012年にSPACE SHOWER MUSICより紙ジャケット仕様で発売されているので、入手可能であることもお伝えしておこう。

日本のロック史上、最も過激で、
ロックらしさを貫いたバンド

 少し、歴史を辿ってみよう。パンタこと中村治雄(ギター、ヴォーカル)とトシこと石塚俊明(ドラム&パーカッション)によるグループが結成されたのは1969年の12月と言われている。ふたりは高校の同級生だった。ここにベーシストを加えたかたちで活動を始め、やがて翌年にライブデビューを飾った時、バンドは“頭脳警察”と名乗っていた。名前の由来はパンタの好きだったフランク・ザッパ&マザーズの1stアルバム『Freak Out』に収録されていた「Who Are The Brain Police ?」から取られたというのは有名だ。

 アルバムはなかなか制作されなかった。さもありなん、と言うべきか。彼らの歌うレパートリーの歌詞の過激な内容に、メジャーレーベルは難色を示し、契約に至らなかったのだ。特に先に記した“革命三部作”などとも呼ばれる「世界革命戦争宣言」「銃をとれ」「赤軍兵士の詩」といった政治色の強い作品は、現在でもよほど気骨のあるインディーズでもなければリリースを尻込みするだろう。

 暴動に発展しかねない挑発的なステージ、パンタの在籍していた大学が赤軍派の拠点だったこと、新左翼系集会などでの演奏等、次第にそっち方面のヤバいバンドという評判がついて回るのようになるのだが、そのイメージが決定的になるのが、1971年の8月14日~16日に行われた成田空港建設反対に端を発する三里塚闘争の青年行動隊が主催する『幻野祭』に出演したことだった。
 現在ではこの1971年の『幻野祭』はCD2枚+DVD1枚のBOXセットで復刻されており、当日の模様をある程度は我々も目にすることができるのだが、“日本の ロック/ジャズ史上にその名をとどろかしている伝説的作品”という触れ込みに偽りはこれっぽちもなく、高柳昌行ニューディレクション、落合俊トリオ、高木元輝トリオ、阿部薫らアヴァンギャルドなフリージャズメンの演奏を筆頭に、灰野敬二率いるロスト・アラーフ、そしてロック勢からはブルース・クリエイション、布谷文夫率いるDEW、そして頭脳警察が名を連ねている。揃いもそろってと言いたくなるほど、凄まじいラインナップばかりだ。ヤジが止むほどの名演だったと聞く阿部薫のソロパフォーマンスなど、音源が残されず出演記録だけしかないアーティストもいるのだが(残念!)、頭脳警察は8番手で登場、「世界革命戦争宣言」「銃をとれ」「セクト・ブギウギ」「銃をとれ(再)」の4曲を披露している。公式に記録された彼らの音源としては最初期のものになる。とにかく、暗く、不穏な空気が漂う現場の騒然とした雰囲気が伝わってくる。その場を見ることはできないものの、火の手があがり、罵声、怒号が飛び交う中、出演者もステージに向かって投げつけられる投石をかわしながらの、命がけの演奏だったと聞く。

 頭脳警察はすでに肝の据わった演奏を披露しているのだが、彼らはこの時まだわずか19歳でしかなかったというのだから驚きだ。ちなみに、頭脳警察の演奏は2010年に発売された彼らのドキュメンタリー映画『ドキュメンタリー 頭脳警察 / 瀬々敬久監督』でも見ることができる。結成当時の姿から、再結成を繰り返し、老いても枯れることない近年の姿までとらえ、本人たちや関係者たちの証言も聞くことができる点で、頭脳警察とは何か、を知りたい向きにはこちらの作品がおすすめだろう。
 話を元に戻すと、『幻野祭』への出演や「世界革命戦争宣言」「銃をとれ」「赤軍兵士の詩」を引っ提げての最初期の過激な演奏活動によって、彼らはたちまち“反体制ロック”というレッテルを貼り付けられることになった。確かに実際に赤軍派の檄文を歌詞に用いた「世界革命戦争宣言」などは、スタイルもほとんどアジ演説のようであり、新左翼運動のアンセムのように扱われてしまうのも仕方ないかとも思う。反体制には違いない。だが、個人的には彼らは民衆を踏みつけてくる体制や国歌、社会システムを敵視したのであって、過激なセクトに担ぎ上げられることを望んでいたとは思わない。当時のコンサートの状況は知りようがないが、絶えず騒然とした雰囲気の中で演奏し、バンドのカラーを決定付けるものとはいえ、セットリストに必ず「世界革命戦争宣言」「銃をとれ」「赤軍兵士の詩」を加えなければいけないこと、しかもそれを披露することを観客や主催者から特に熱望、強要されるというルーティンは、バンドが音楽的な活動を続けていく上では、足かせになっていったのではないかと考えたりする。
 1972年1月に京都府立体育館で行われたライヴ音源を収録し、三億円強奪犯人の指名手配写真をフロントカバーに使用した彼らの記念すべき1stアルバム『頭脳警察1』('72)は、収録曲中の歌詞が問題視され、発売禁止になっている(同作は1975年にまず自主制作盤として600枚で限定プレス販売され、初めて日の目を見ている)。その通達を受けて、ベースとギターを補強して急遽レコーディングした2nd『頭脳警察セカンドアルバム』も、やはり内容にクレームをつけたレコード倫理委員会により、リリースからわずか1ヶ月で発売中止となっている。そういうわけで、一般に頭脳警察のレコードを手にすることができたのは、さらに仕切り直しとなった『頭脳警察3』('72)からであった。こうしたアルバム発売に伴う相次ぐトラブルは当時、パンタを大いに苛立たせただろうし、不運なエピソードの数々が名誉にスリ変わるようにひとり歩きをし、頭脳警察を伝説化させていったことも腹立たしかっただろう。なお、70年代にリリースまたはその予定であった頭脳警察の6作品は2010年に全て紙ジャケット仕様でリイシューされている。
 冒頭で“頭脳警察は日本のロック史上、最も過激で、ロックらしさを貫いたバンド”と見出しを付けたが、そこに付け足すと、彼らは“同時にその音楽性を誤解されてきた存在だ”としておきたい。それというのは、活動の最初期には彼らの過激な歌詞や活動にばかりがクローズアップされ、肝心の音楽性にスポットライトが当たらなかったのではないかと思うからだ。

 再び、彼らのアルバムを初めて聴いた中学生の頃の自分に立ち返ってみる。ヤバそうな内容を感じつつも、右も左も分からない呑気なガキには、政治的なことやイデオロギーなどまるで考えられるわけもなく、ラジオから流れてきた、レッド・ツェッペリンさえ蹴っ飛ばしそうなラウドなサウンド、強烈にハートをえぐってくるパンタのヴォーカルにロックを感じ、素直に「なんてカッコ良いんだろう」と思っていたのだ。今となっては、そんな聴き方でも良かったのだと思いたい。

 『仮面劇のヒーローを告訴しろ』がリリースされた1973年は、まだベトナム戦争は終わる気配がなかったし、オイルショックで老人や主婦がトイレットペーパーの買い占めに奔走したり、日本赤軍の日航機ドバイ・ハイジャック事件などもあったのだ。音楽の世界に目を向ければアイドル全盛期の幕開けで、新御三家(郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎)や花の中三トリオ(山口百恵、桜田淳子、森昌子)やフィンガー5、アグネス・チャン…とかがテレビの歌謡番組を賑わわせていた。他愛ない歌謡曲の世界はどうでもいいが、洋楽方面では1970年にドノバンが来日したのを皮切りに、外国アーティストの来日ラッシュが始まっている。前年にはレッド・ツェッペリンが2度目の来日公演を行なったりもしている。サンタナやシカゴ、ニッティ・グリティ・ダート・バンド、イエスにEL&P、ピンク・フロイド、ジェームス・テイラー、マーク・ボラン率いるT・レックス、そしてデビッド・ボウイもこの年の4月に初来日するなど、アメリカンロック、ルーツロック、プログレッシブロック、シンガーソングライター、グラムロックと、百花繚乱、よりどりみどり、ありとあらゆる音楽のスタイルが一気呵成になだれ込んできた頃だと言える。とりわけ音楽で飯を食うという立場であるミュージシャンにとっては、実に刺激的な時代であったに違いなく、その影響を受けて自分の音楽性の幅を拡大していきたいという思いにとらわれるのは極めて自然なことだ。同時代の日本のロックバンドを代表する「はっぴいえんど」や「フラワー・トラベリング・バンド」にしてもそうだし、村八分や頭脳警察もその例外ではない。

OKMusic編集部

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