日本ロックシーンにパンクを根付かせ
たLAUGHIN' NOSEが1stフルアルバム
『PUSSY FOR SALE』で見せた確かな資
質!

今となってはポジティブなイメージで捉えるリスナーが多いであろうパンクロックだが、もともとは反逆の音楽で、当初はアングラ感が強かった。そんな80年代初頭に一般リスナーをも巻き込むポップセンスでインディーズ・ブームの一躍を担ったLAUGHIN' NOSEは、ポップパンク、メロコアにつながる日本のパンクシーンを形作った偉大なバンドである。

 1985年頃の“インディーズ御三家”のブームは後にインディーズが邦楽シーンに定着するきっかけとなったが、御三家のひとつ、LAUGHIN' NOSEは邦楽シーンにパンクロックを根付かせるきっかけとなったバンドでもあると思う。今でこそパンクロックはリスナーにとってすっかりお馴染みのジャンルだろうし、パンクのライヴにモヒカン、革ジャンではないオーディエンスがいても何ら不思議ではなくなった(むしろ今はモヒカン、革ジャンの方が珍しいか…)。しかし、80年代前半までは邦楽シーン全体から見たらパンクはまだまだマイナーな音楽ジャンルであった。すでにアナーキーやTHE STALINといった先達はメジャー進出しており、スキャンダラスな話題を振りまいてもいたが、まだまだアングラ度が強かった。アナーキーは暴走族が好むバンドの印象もあったし、THE STALINのアルバム『STOP JAP』はオリコン3位を記録したが、活動の中心はライヴハウス──それどころか、その過激なパフォーマンスから使用禁止を言い渡された会場もあった。当のメンバーたちがどう感じていたか分からないが、少なくとも所謂メジャーシーンのメインストリームにいたとは言い難い。楽曲もポップではあったものの、その歌詞はアナーキーの場合、反逆の若者といったイメージが強く、THE STALINはグロくて、アバンギャルドであった。それはそれで今聴いても素晴らしい表現手段ではあるのだが、決して汎用性は高くなかった。
 LAUGHIN' NOSEの結成は81年だが、その名を好事家たちの間に知らしめたのは、“インディーズ御三家”のブームに先駆けること2年前に発表された、83年の『Outsider』と『GREAT PUNK HITS』という、新進気鋭のハードコアバンドたちを収録した2枚のオムニバスアルバム(以下V.A.)だったと思う。当時、誰もが今で言う情弱だった中で、先鋭的な音楽を好むリスナーにとってV.A.はネクスト・ブレイクを探す上で実にありがたいアイテムでもあった。上記以外にもV.A.はいろいろあったが、アナーキーやTHE STALINを聴いていた筆者のようなリスナーは自然と『Outsider』や『GREAT PUNK HITS』には手が伸びた。より刺激を求めて…ということだったと思う。だが、正直言ってピンと来なかったことも記憶している。自分にはマニアックすぎた──言い換えれば、ハードコアの重いサウンドと緊張感の高いビート感を理解できなかった。刺激が強すぎたとも言える。しかし、それぞれに収録されていたLAUGHIN' NOSEの楽曲だけは印象に残った。取り分け強烈に耳に残ったのが『GREAT PUNK HITS』の「GET THE GLORY」。今もなおLAUGHIN' NOSEを代表するナンバーであり、《GET,GET, GET THE GLORY》──そのキャッチーすぎるメロディーは、個人的には正直言って、他の収録曲がかすむほどであった。84年のV.A.『ハードコア不法集会』では、LAUGHIN' NOSEは「I CAN'T TRUST A WOMAN」と「SCENE DEATH」で参加しているが、これもキャッチーで「LAUGHIN' NOSEはハードコアじゃないだろう」と思ったことも記憶している。
 筆者のLAUGHIN' NOSE体験はそんな感じなので、(上からの物言いのようで恐縮だが)件の“インディーズ御三家”のブーム時もさもありなんといった印象ではあった。85年4月、新宿スタジオアルタ前にてソノシート「WHEN THE L'N GO MARCHIN'INN」の無料配布イベントで1300人のファンが殺到したというニュースも確かに驚いたものの、LAUGHIN' NOSEなら分かる話ではあると理解できた。それよりも無料配布イベントを報じる雑誌(多分『宝島』だったと思う)を見て、そこに写っているファンの出で立ちの方に驚いた。革ジャンやガーゼシャツも見受けられたが、普通の子たちも大勢いたからである。むしろ髪を立ててない子たちのほうが多い印象すらあった。大袈裟に言うのなら、パンクがメジャーになった瞬間を見た思いだった(大袈裟に言うなら…ね)。そんな筆者個人の思いはともかくとして、85年頃のLAUGHIN' NOSEのブレイクはチャミー(Vo)のコンポーズ能力の確かさ、バンドとしてのポテンシャルの高さが生んだことは言うまでもない。LAUGHIN' NOSE以後、日本のパンクシーンはTHE BLUE HEARTS、Hi-STANDARDの出現によってどんどんメジャー化していくが、確かなメロディーと歌詞に称えたメッセージ性こそがメインストリームを貫くことは80年代にLAUGHIN' NOSEが証明して見せたのだ。
 LAUGHIN' NOSEの1stフルアルバムは84年発表の『PUSSY FOR SALE』であるが、ここから彼らの資質は全開だ。まず「(YOU’RE)PARADISE」。いきなり弾けるようなポップさである。退廃的な香りを残していた当時の日本パンクシーンで“PARADISE”というワードは新鮮で、まぶしく感じられるものだった。その後に続く、「PISS EN' ASS」や「OUT OF MONEY」も「(YOU’RE)PARADISE」ほどのインパクトには欠けるものの、十分にポップだ。注目はM4「DRINK AND DRUNK」。ミディアム…と言えるほどテンポは遅くないが、明らかに歌メロはたおやかで、少なくともハードコアとは完全に一線を画す好楽曲である。B面はヴォーカルエフェクトを多用した「PANTIE&COWS」から始まり、タイトルチューン「PUSSY FOR SALE」を迎える。タイトルこそ衝撃的だが、これまたR&Rの基本に忠実なナンバーであり、ライヴステージを彷彿させる高揚感がいい。ハードコア色の強い「GIMMIE JOB」、今聴くとメロコアの元祖のようにも思える独特の抑揚感があるメロディの「SO FAT」を挟み、フェードインで始まりフェードインで終わる(←これ、ちょっと不思議な印象)「LASTIN' MEMORY」で締め括らるアルバム『PUSSY FOR SALE』。リズムがややだれ気味なところがあったり、マスタリングがもう少しどうにかならなかったのかと思う箇所がないわけではないが、まさにインディーズ黎明期の作品である。その辺は大したマイナスではない。パンクバンドとしてのスタイルはそのままに、一般リスナーをも巻き込むメジャー感の強いメロディーを大胆に導入したことこそLAUGHIN' NOSEがシーンに刻んだ功績であり、それは『PUSSY FOR SALE』でも十分に確認できる。
 1987年4月、日比谷野外音楽堂でのライヴ中、ステージに詰め掛けたファンが将棋倒しになり死傷者を出す事故が発生したことで、そこまで順調だったLAUGHIN' NOSEの活動は明らかに停滞。その後、メジャーレーベルからも離れることになるが、どっこい、チャミーもポン(Ba)も50歳を超えたものの、LAUGHIN' NOSEは今もなお現役で活動中だ。この原稿を書いている時点ではTHE STAR CLUBとともに全国ツアー中! 聞けばライヴには当時を知るファンだけでなく、10代、20代のオーディエンスも足を運んでいるという。日本のパンクロックシーンを形作ったレジェンドは今も前を向き続けている。80年代半ばに自主制作で音源を制作し、ライヴで観客と共に盛り上がったそのスタンスのままに──。

著者:帆苅竜太郎

OKMusic編集部

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5コメント
  • nouser
    「イースター」という本、お勧めです。
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