『WONDERFUL FISH』に見る
今も変わらない、斉藤和義の
ロックアーティストとしてのスタンス

『WONDERFUL FISH』(’95)/斉藤和義
デビュー15年目のブレイク
もちろん、彼は活動休止などしてないし、しっかりと記載されたディスコグラフィーが示す通り、デビュー以来、斉藤和義は音源制作を欠かした年はない。ひいてはこの間、ライヴ活動も欠かした様子はないのだが(それは公式webサイトで確認)、この辺はあたかも“アーティストのやることは音源制作とライヴの他に何かある?”と言っているかのようである。
Wikipediaの“デビュー15年目以降”にしてもよくよく見ると、CMタイアップの件や2012年の『NHK紅白歌合戦』出演の記載はあるものの、あとは大型フェスやイベント参加に関する記載がほとんどで、こんなところからも、やはりこの人は徹頭徹尾、ミュージシャンであることが分かるのである。ちなみに斉藤和義は、1999年に伊藤広規(Ba)、小田原豊(Dr)とSevenなるバンドを組んでおり、この件はWikipediaの略歴に載せてもいいと思うのだが、これは彼にとって黒歴史なのだろうか。そうじゃなかったら、誰か追加編集頼む。
“時代が彼に追いついた”奇跡的な偉業
それ以前のトピックらしいトピックとなると、Wikipediaにもある通り、1994年にリリースされた4thシングル「歩いて帰ろう」がフジテレビ系子供番組『ポンキッキーズ』で使われたことくらいになるのだろう。だが、かと言って、当時、デビュー15年目までの斉藤和義の音楽が未成熟だったかと言えば決してそうではなかったことは、それこそ、その「歌うたいのバラッド」や「歩いて帰ろう」が後年に評価されたことが証明している。
「歌うたいのバラッド」は前述の通りだし、「歩いて帰ろう」は2015年にスズキの『ラパン』のCMやフジテレビ系バラエティー番組のメインテーマ曲に起用されたこともあってか、2016年度のJASRACの著作権使用料分配額ランキングで国内作品の年間10位を獲得したという。発売後20年以上を経てのブレイクはほぼ奇跡的な偉業と言える。当然のことながら、メロディー、歌詞、アレンジは当時と何も変わっていないので、チープな形容ではあるが、“時代が彼に追いついた”とはまさにこのことであろう。言うまでもなく、斉藤和義はデビュー時から才能あふれるロックアーティストだったのである。
確信的であり自由自在でもある表現
それは、「歩いて帰ろう」が収録された1995年の出世作、3rdアルバム『WONDERFUL FISH』からしてそうである。デビューシングル「僕の見たビートルズはTVの中」のイメージからか、最初期にはフォークシンガー的な見られ方をされなくもなかった斉藤和義だが、それは本作で完全に払拭されたと言えるだろう。オープニングを飾るタイトルチューンM1「WONDERFUL FISH」での、弦楽器も打楽器もザクザクとした、やや粗いバンドサウンドで、これがロックアルバムであることは確信できる。
楽曲に潜むロックへのリスペクト
誰が聴いてももっとも荒々しいサウンドだと感じるのは、怒りの感情とサウンドを同期させたブルースロックM6「ポストにマヨネーズ」だろうが、それだけじゃなく、明るくポップな曲調にロック然とした音を潜ませている辺りに斉藤和義のロックアーティストとしての矜持があると思う。
サイケな音作りは、スペイシーなM9「déjà vu」を挟んで、M10「無意識と意識の間で」やM11「引っ越し」でも聴くことができ、この人が60年代のロックが大好きなことがよく分かる。細かいところでは、M6「ポストにマヨネーズ」のアウトロでのドラムスが明らかにLed Zeppelinっぽい辺りも実におもしろい。
歌詞にもロックなスタンスが宿る
《お前に一言聞きたい事がある/ポストにマヨネーズ流しこんだのテメェだろう!》
《毎日毎晩ごくろうさん おかげさまで歌が出来ました/ところで明日早いから/モーニングコールを8時に頼むよ/どうせひまだろ?》
《お前に一言言いたいことがある/“あんたの人生 楽しそうだな”》
憤まんやる方ない感情をぶつける歌ができたことに“おかげさまで”と付け、シニカルさを際立たせている感じはパンク的だ。先ほど、M3「歩いて帰ろう」を“リズムは軽快だが、ギターは実にワイルドで、それがロック然としている”と表したが、この楽曲の歌詞もとてもロックらしいと思う。
《急ぐ人にあやつられ 右も左も同じ顔(言いたい事は胸の中)/寄り道なんかしてたら 置いてかれるよ すぐに(いつも)》
《嘘でごまかして 過ごしてしまえば/たのみもしないのに 同じ様な朝が来る(同じ様な風が吹く)》
《走る街を見下ろして のんびり雲が泳いでく/僕は歩いて帰ろう 今日は歩いて帰ろう》
言葉だけを見る限り、そこに攻撃性はないように思える。しかし、これがリリースされた当時の音楽シーンの状況を鑑みると、この歌詞はメインストリームへのカウンターであったような気もしてくる。シングル「歩いて帰ろう」が1994年発売、アルバム『WONDERFUL FISH』は1995年発売である。1994年、1995年の年間売上トップのアーティストはいずれもtrf。その翌年の1996年には安室奈美恵が1位、globeが2位と、当時は所謂小室ファミリーの全盛期だった。小室サウンドがどうのこうのというよりも、のちにCDバブルと言われたミリオンヒットが続発する時期で、1995年、1996年には20作以上がミリオンを記録している。
音楽シーンは沸騰しており、《急ぐ人にあやつられ》るようなこともあったと想像できるし、業界内には《寄り道なんかしてたら 置いてかれるよ》という焦燥感を抱く人はたくさんいたことだろう。しかしながら、《走る街を見下ろして/僕は歩いて帰ろう》と言い切れる潔さは、むしろロック的であったと思うのだ。M2「走って行こう」のあとに持ってきて、それを強調している感じも洒落が効いていて、これもまたとてもいい感じだ。
TEXT:帆苅智之
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