少年、少女を虜にし、多くのキッズに
楽器を持たせた一枚! 今、聴いても
凄すぎるルースターズの『THE ROOST
ERS』

 2014年のフジロックフェスティバルに出演することが決定しているルースターズ。世代を超えて、ロックファンに伝説のバンドとして支持され続けている彼らだが、出会った当時は、まさか、このバンドが数奇な運命を辿ることになるとは想像もしていなかった。が、それは今、思うと自分の人生を方向付けるきっかけとなった衝撃的な一夜だった。

 学生時代、将来に対する焦りも抱えつつ、失恋もして空っぽな気分だった自分はひとり吉祥寺の喫茶店で情報誌の『ぴあ』を開いていた。“クサっていてもしょうがないし、ライヴでも行ってみようか”。突発的な思い付きで、吉祥寺のライヴハウスのスケジュールを見ていた時に飛び込んできたのが“ルースターズ”というバンド名だった。顔もどんな音楽をやっているのかも知らなかったけれど、ずっと気になっていた名前だった。というのも、当時は音楽雑誌と言えば洋楽がメイン。ちょっと想像しにくいかもしれないけれど、日本のロックバンドの紹介記事やインタビューが載っているメディアが極端に少なかったのである。かと言って、お金のない学生にとっては知らないバンドのシングルやアルバムを買うのは勇気が入ることだった。
 なぜ“ルースターズ”というバンド名が気になっていたかというと、もしかして、この人たちはローリングストーンズがカバーしていた曲「リトル・レッド・ルースター」からバンド名を付けたのではないだろうか?と想像していたからだ。それと単純に響きがシャープだったからカッコ良い人たちなんじゃないかと思っていたからー。つまり、頼りは“ルースターズ”という名前だけだった。そのバンドが2時間後に吉祥寺のシルバーエレファントというライヴハウスに出演することを知った時の高揚感は今もはっきりと記憶している。行ったことのない名前のライヴハウス、観たことのないバンド、それはちょっとした冒険だった。当日券が売っているかどうかなんて考えもせず、ライヴハウスに直行した。
 シルバーエレファントの前に貼ってあるポスターを見て、初めてルースターズがメジャーデビューしているバンドだということを知った。貼ってあったのは2ndアルバム『THE ROOSTERS a-GOGO』のポスター。ワクワクしながら当日券をゲットして開演を待った。そして、ステージに出てきたルースターズは爆音で矢継ぎ早にソリッドなビートのナンバーを演奏し続けた。とにかく、速い。速いのである。集まっているオシャレな服を着た少年、少女たちは彼らの顔を見ようともせず、一心不乱にルースターズのビートに合わせて身体を揺らせている。こんなライヴの光景は見たこともなかった。何なんだ、このギターのカッティングのカミソリみたいな切れ味は!? 高速カッティグでギターをかき鳴らしながら、鋭い言葉をまき散らす大江慎也を筆頭に全員の演奏は鳥肌モノだった。さらに全員、スタイリッシュで妄想を裏切らずカッコ良かった(1stアルバムの写真のルースターズから進化していた)。

“日本に生まれて良かった”

 そう思わせてくれたのが彼らだった。洋楽に全然、負けてない。いや、勝っているかもしれない。そのライヴを機にルースターズのアルバムを購入し、彼らにハマったのは言うまでもないが、同時に自分の中にルースターズというバンドを観た時の衝撃を誰か見知らぬ人に伝えたいという衝動が生まれた。ノートの切れはしに書いたライヴレポートもどきみたいな文章を知り合いの年長の編集者に見せたら、“キミ、ライターになれるよ”と言われたのがこの仕事を目指すきっかけになった。冷静に振り返ってみると学生が一生懸命、書いた文章を誉めてくれただけだったような気もしないでもないけれど、単純な自分はその言葉を120パーセント、ストレートに受け止めたのである。

鋭利で最先端だったバンド、ルースター

 個人的な前置きが長くなって申し訳ないが、大江慎也(Vo&Gu)、花田裕之(Gu)、井上富雄(Ba)、池畑潤二(Dr)の4人で1979年に結成されたルースターズは、翌年1980年にシングル「ロージー/恋をしようよ」で日本コロムビアからデビュー。同年に1stアルバム『THE ROOSTERS』を発売。日本のロック自体がまだビジネスにならなかったバンドブーム以前に登場したバンドながら、熱狂的な支持を得る。ちなみに彼らは北九州出身のバンドで、当時、“めんたいロック”というジャンルで呼ばれていた(博多周辺のバンドが多いことから、名産の“めんたいこ”と“ロック”を掛け合わせたものと思われる)サンハウス、シーナ&ザ・ロケッツ、ザ・モッズ、ザ・ロッカーズなどのバンドと一緒に取り上げられたりしていた。実際、彼らは先輩格のサンハウスの影響を強く受けているバンドだと思うが、ブルースやオールデイズ、ロックンロールなどのルーツミュージックの要素にリアルパンク&ニューウェイブ世代ならではのセンスと破壊力、スピード感を持ち込んでいたのが斬新だった。ビートを含め、その最大の魅力は切れ味だ。大江慎也の歌詞も年代を追うに従って鋭く、文学的になっていくのだが、1983年にリリースされた12 インチシングル「C.M.C.」の詞は今の時代に発売されたほうがリアルに響くのかもと思うほど尖っていた。この曲はいわば、ルースターズ流サマーソング。舞台になるのは悲劇のビーチで、バカンスを楽しむ優雅な浜辺に突然、空からミサイルが降ってきて、砂浜は爆発、人々は逃げまどい、一巻の終わりという内容の歌詞なのだが、こういう歌を平和ボケしまくっていた当時の日本で歌うこと自体、シーンの流れから逸脱していたし、言葉のキレとビートのキレ具合はハンパじゃなかった。しかも、ただのデストロイな曲ではなく、知性を感じさせる言葉で映画や小説のような情景を描ききってみせる。大江慎也の脳内はいったい、どうなっているのかと思っていた。
 これは一例に過ぎないのだが、常人には計り知れない感性の鋭さゆえか、この頃から大江慎也は精神を病み、バンドもターニングポイントを迎える。大江はギターを弾かなくなり、下山淳(Gu)と安藤広一(Key)が加入、大黒柱である池畑潤二が一身上の都合で脱退し、灘友正幸が新ドラマーとして加入。翌年1984年にはオリジナルメンバーの井上富雄が脱退し、柞山和彦が新ベーシストとして加入。ついには大江慎也はステージに立てなくなり、バンドから事実上、脱退状態となるが、すでにカリスマ的存在だったルースターズを背負って立ったのがバンドで最も寡黙な男であり、ロックンロールかつブルージーなギタリスト、花田裕之だった。こうして解散の危機を乗り越え、1986年に新生ルースターズは初のフルアルバム『NEON BOY』をリリース、1988年の渋谷公会堂を最後に活動を停止するまでステージに立ち続けるのである。その後、2004年にオリジナルメンバーでの奇跡的なライヴがフジロックフェスティバルで実現し、正式にルースターズは解散。が、その後も不定期にライヴ活動を行ない、先述の「C.M.C」は今も演奏され続けている。
 ちなみにルースターズに心酔したバンドの数ははかり知れず、the michelle gun elephantはその代表格と言えるが、これまでにリリースされた2枚のトリビュートアルバムにはKEMURI、東京スカパラダイスオーケストラ、SUPERCAR、THE GROOVERS、MO'SOME TONEBENDER、斉藤和義、勝手にしやがれ、グループ魂、THE BACK HORN、Bloodthirsty Butchersらが参加。BUCK-TICKの今井寿とMADBEAVERSのKiyoshi、AGE of PUNKの岡崎達成によるLucyだったり、矢沢洋子もライヴで彼らのナンバーをよくカバーしていた。
 ただ、そんなルースターズを早すぎたロックバンドとは言いたくない。なぜならば、頭ひとつ飛び抜けているアーティストが、すぐには理解されないぐらい最先端なのは当然だからである。

1stアルバム『THE ROOSTERS』

 ルースターズのアルバムは、どれも聴いてほしいのだが、まずはやはりジャケットからして衝撃的な(写真は迫力があるという意味で)記念すべき1stである。しつこいぐらいに書いてしまったビートの切れ味とバンドの疾走感が思う存分、味わえる一枚であり、今、聴いても脳内アドレナリン噴出状態になる。本作にはオリジナルに混ざって、エディ・コクランの「C'MON EVERYBODY」や、ボ・ディドリーの「モナ」や、オープニングの「テキーラ」などカバーも収録されているが、あくまでルースターズテイストに昇華したもの(当時はカバーという言葉も一般的に使われていなかったが)になっているところが結成し立てのバンドとは思えない独自のセンスを感じさせる。そして、オリジナル曲はさらにキテる。まず、2曲目の「恋をしようよ」は大江慎也が吐き捨てるように《俺はただおまえと やりたいだけ》と歌う性急なパンクチューン。女子がいくらおしゃれしてきても、わがまま言ってきたとしても、そんなことは関係ない。ただ、やりたいだけだ、と思春期男子の本音をダイレクトすぎるほどにぶちまける歌詞も強烈だが、渇き切っているのがこの曲のすごいところだ。エロいというより、焦燥感と空虚感が突き刺さる。サンハウスのカバー「ドゥ・ザ・ブギ」の踊らずにはいられないビートから、イントロのギターリフにテンションマックスになる「新型セドリック」への流れにもザワザワさせられる。“あの娘が乗ってる新型セドリック”という言葉にマジックがかけられ、ブルースとパンクが刺激的に混ざり合う。そして、ルースターズがただの硬派なロックンロールバンドではないということを匂わすのがポップで切ないメロディーを持つ「どうしようもない恋の唄」と「ロージー」だ。特にデビューシングルの「ロージー」はスカビートを取り入れたサウンドとメロディー、歌詞、全てが際立っていた。ロックンロールに酔いまくり、すべてに激しくやりたがり、週末になればダンスに夢中な“ロージー”に主人公は“何が欲しい おしえて ロージー”と問いかける。この曲に流れているのも焦燥感と空虚感だ。大江のクールなヴォーカルも、アレンジも非の打ちどころがない。
 全12曲収録で約32分。もし、このアルバムが今、リリースされたものだとしても彼らのビートにやられた人は全員、ライヴに行きたい衝動を抑え切れなくなるだろう。この後、ルースターズは早いスピードで進化を遂げていき、1枚として似たような作品はリリースしていない。大江が深い精神世界へと潜り込んでいた時期にリリースされたアルバム『DIS.』や『φPHI』も違う意味でギリギリの状態で生み出されたセンシティブで才気あふれる曲が多いし、独自のセンスが爆発し、池畑のドラムが冴えわたる12インチシングル「ニュールンベルグでささやいて」もぶっ飛んでいる。と、書いていくとキリがなくなるが、まずは1stアルバムでルースターズが本当の意味で伝説のバンドと評価され、多くのキッズに楽器を持たせた理由を体感してほしい。

著者:山本弘子

OKMusic編集部

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