ヒット作
『ANOTHER SUMMER』に見る、
本当は深い
杉山清貴&オメガトライブの世界

『ANOTHER SUMMER』('85)/杉山清貴&オメガトライブ
我が思い出のオメガトライブ
学生の頃の話である。たぶん1984年か1985年だったと思う。場所は某大学の教室内。面識のない輩が、その隣にいたこれまた面識の輩にこんなことを話していた。“せっかくBMW借りるんだから、BGMもちゃんとしたものを用意しなくちゃダメだろ!”。流石に正確な言い回しまでは覚えてないし、その人たちの顔も思い出せないのだが、内容は間違いなくそんなところだ。世は完全にバブル前夜。彼らのように外車で遊び回るようなスタイルが主流だったとは言わないまでも、当時そんな大学生はわりといたようにも思う。というか、借りたBMWじゃなくて親に買ってもらったBMWなんて奴もいたと思う。何でそんなことが、頭の片隅に引っかかっていたのかと言うと、まさにそこで、その会話に感心した…というと変な言い方だが、“いるいるとは聞いてたけど、本当にそんな大学生いるんだなぁ。しかも、この学校にも…”ということで、印象に残ったのだろう(さっきまで記憶に埋もれていたけれど…)。希少生物を初めて見るとあんな感覚になるだろうか。
そういう自分は…というと、その後もバブルの恩恵を受けたことはない。さっきまで記憶に埋もれていたとはいえ、知り合いでも何でもない輩たちの会話が海馬に残っていたのかというと、それはバブルの恩恵を受けてない者のやっかみであることは言うまでもないが、件の会話の中で彼らが“ちゃんとしたBGM”として挙げた歌手やバンドたちが、さもありなんといったラインナップであって、それを聞いてて閉口してしまったから…というのもある。閉口も何もその輩たちとはしゃべってもいないので、こっちが勝手にうんざりしていただけなのだが、それがその印象を強くした要因でもある。覚えている限り、そこで挙げられていた名前をここで挙げていくことも可能だけれど、記憶違いがあったりすると面倒なことにもなりかねないので止めておくが、そこに杉山清貴&オメガトライブが含まれていたことは正直に白状しておこう。
もちろん杉山清貴にもオメガトライブに何の罪もない。いけ好かない輩が好んで聴くような音楽なのだから俺は金輪際、聴かないことにしようと心に誓ったのは自分の勝手である。杉山清貴&オメガトライブのデビューは1983年4月で、ここまで話した筆者の体験が1984年だったにしろ1985年だったにしろ、その時点ですでにブレイクしていたので、デートの素敵なBGMになるのも当たり前である。だから、どう考えても閉口したこちらが悪い。酷すぎる偏見である。30年も前の話であるが、関係各位に謝っておきたい。すみませんでした。以後いろいろあって、今は心を入れ替えて、ようやくここに『ANOTHER SUMMER』を聴くに至った次第である。というわけで、以下、ともあれ私見含みは継続しつつ、本作を解説してみたい。
癖のない歌声と1980年代サウンド
例えば、「SUMMER SUSPICION」や「RIVERSIDE HOTEL」を○○○○○○や△△△△が歌ったとしたら(それはそれで聴いてみたい気もするけれど…)、歌詞に寄った場合、楽曲内で歌いかけてくる主人公の性格がモロ分かりというか、とても生々しい物語になると思われる。その点、杉山清貴の歌声は歌詞内の主人公が特定されづらいというか、聴き手それぞれに想像する主人公として脳内変換されやすいような気がする。あのオーガニックコットンのような、いい意味で混じり気のない歌声、歌唱法はポップミュージックにおける最高のアドバンテージであるだろう。杉山清貴がソロ活動から35周年を迎えようとしていること自体、その何よりの証拠ではないかと思う。
続いて、サウンドについて。さすがに1985年発表の作品である。ドンシャリ感は如何ともしがたい。そして、シンセの使い方が完全に80’S。キーボードと、たぶんそこに付随するエフェクターはニューロマな匂いを発し、ドラムですら電子音が派手に響く。M1「ROUTE 134」、M5「SCRAMBLE CROSS」、M6「MAYONAKA NO SCREEN BOARD(真夜中のスクリーンボード)」辺りにその色が濃い。Duran Duranを思い出すやら、テレビアニメ『Dr.スランプ アラレちゃん』のオープニングテーマ「ワイワイワールド」を思い出すやらで、1980年代をリアルタイムで過ごした者にとっては、正直言って懐かしくもどこか恥ずかしい印象は否めない。まぁ、これも流行歌がその後に辿る宿命みたいなものだろう。もっとも、そうした電子寄りが極めて目立つのは上記くらいなもので、あとの『ANOTHER SUMMER』収録曲の基本はAOR。特にM2「DEAR BREEZE」とM4「TOI HITOMI (遠い瞳)」辺りで聴こえて来るサックスはこの手のジャンルのお手本のような鳴りで、1985年頃には、ちょっと背伸びして大人の世界に入り込みたいと願って止まなかった連中にとっての格好のデートBGMとなり得たのではないかと想像する。何だかson of a bitch…。