『chatmonchy has come』からも
はっきりと分かるロックバンド、
チャットモンチーの傑出した才能

『chatmonchy has come』(’05)/チャットモンチー

『chatmonchy has come』(’05)/チャットモンチー

7月4日、まさにこのコラムがアップされたとほぼ同時刻に(30分後)、チャットモンチー最後の日本武道館公演『CHATMONCHY LAST ONEMAN LIVE ~I Love CHATMONCHY~』がスタートしている(はず)。今週はそのチャットモンチーの名盤を紹介しようと思う。1stAlbum『耳鳴り』から最新作『誕生』までは、今年でバンドが完結するとあって、ここまで各種メディアで解説されているようなので、当コラムでは彼女たちがメジャーで発表した初めての音源、ミニアルバム『chatmonchy has come』にスポットを当ててみたい。初期作であるからこそ、のちに日本ロックシーンに決定的な影響を与えることとなった彼女たちの本質が凝縮されていて、如何なくその天賦の才を感じさせる作品である。

メジャーシーンを走り抜けた13年間

ついに…というか、とうとう…というか、来るべき日が来る。昨年、彼女たちのデビュー記念日でもある11月23日に、“LAST ALBUM RELEASE IN 2018”というメッセージとともにそれを告げてから約8カ月。先月27日にその最後のアルバム『誕生』を発表し、まさに本日7月4日、日本武道館で『CHATMONCHY LAST ONEMAN LIVE ~I Love CHATMONCHY~』を開催するチャットモンチーが、7月21~22日、地元・徳島のアスティとくしまでの『チャットモンチーの徳島こなそんそんフェス2018 ~みな、おいでなしてよ!~』をもって“完結”する。

分かっていたこととはいえ、残念な気持ちを拭い切れないファンも少なくないだろうが、個人的には今回の“完結”にはどこか清々しい印象がある。本人たちもどこかで述べていたような気がするが、“やり切った感”あふれる最後であると思う。何しろ完結発表の時、「チャットモンチーという名前を脱いだほうが新しいところへ行けるのではないかと思い始めました」や、「これから先、長くなるであろう音楽人生を思うと、チャットモンチーというバンドにとどまらなくても、私たちには新しくてワクワクするような音楽が待っているような気がしているのです」といったコメントを寄せていたのである。これほど前向きなフィナーレも珍しいだろう。メジャーデビュー以降の彼女たちの変遷を考えたら、これはもう称賛、絶賛していいのではなかろうか。

3ピースバンドから2ピースへ

チャットモンチーは、橋本絵莉子(Vo&Gu)、福岡晃子(Ba)、高橋久美子(Dr)の3人で2005年にメジャーデビューするも、2011年9月に高橋が脱退。3ピースバンドがふたりになってしまうわけで、ここがバンド最大の危機であったと思うが、新メンバーを入れることなく、橋本、福岡の2ピースバンドで活動を継続した。しかも、2014年に恒岡章(Dr)と下村亮介(Key&Gu)の“男陣”、2015年の北野愛子(Pf&Syn)、世武裕子(Dr)の“乙女団”なるサポートを迎えるまでは、福岡がドラムに転向してふたりでツアーを回ったのである。

2013年には橋本の入籍・妊娠の発表があり、2014年までは表立った活動を休止していたので、実質その2ピース状態は1年と少しだったが、当時はとにかく驚いたものだ。福岡がドラムを叩きながらシンセを操作したり、橋本がベースを弾くギターレスの楽曲があったり。ゲストドラマーが参加したこともあったというが、本当に2ピースでライヴを行なったのである。特に2万5,000人の観客の前で新曲を披露しまくった『COUNTDOWN JAPAN 11/12』は今もファンの間で語り草となっている(筆者はそれを観てないが、ダイノジ・大谷ノブ彦氏がラジオで、ものすごい熱量で語っていたのをよく覚えている)。

デビュー10周年の2015年には2回目の武道館公演を開催。その人気は衰えることがないばかりか、大型フェスでは常連となるなど、シーンに欠かせないロックバンドとなっていった。2016年に再び2ピース編成に戻り、打ち込みを取り入れた、その名も“チャットモンチー・メカ”としてライヴを展開。そして、2017年に完結を宣言。こうして振り返ると、“痛みに耐えてよく頑張った!”という感じすらある。本当によく走り抜けたものだと思う。感動的ですらある。

天才的なメロディーセンス

そんな彼女たちが10数年にわたってメジャーシーンで活動したという事実だけでも、十分にシーンにその名を遺しそうな気がしてきたが、無論、そうではない。その楽曲が素晴らしかったからこそ、チャットモンチーは大衆に支持されたし、より素晴らしいチャットモンチーの作品を世に出すために彼女たちは活動を続けた(何か馬鹿みたいな言い回しになってしまってすみません)。そのポテンシャルはデビュー時から群を抜いていたことを今もはっきりと覚えている。

筆者が最初にチャットモンチーを聴いたのはラジオだった。パワープレイでも今週の推薦曲でもなく、単に“チャットモンチーの「ハナノユメ」をお聴きください”の紹介で1コーラスが流れされるものを聴いただけだったのだが、“何だ、このメロディーは!?”と結構驚いた記憶が鮮明に残っている。《薄い紙で指を切って 赤い赤い血が滲む/これっぽっちの刃で/痛い痛い指の先》の《指を切って》と《刃で》の箇所。あの不自然にならないギリギリの角度で音符が上昇する様子は、完全に他にはない感じだった。ジャズやコンテンポラリーR&Bにありがちな、一見さんお断り的な難解さはなく、十分にポップ。メロディーメーカーとして相当な逸材であることは馬鹿にでもすぐに分かった。

その後、わりとすぐに取材の依頼があって、3人から話を訊く機会を得たのだが、作曲を担当する橋本が家族の影響で早くから洋楽のポップスを聴いていたと聞いて“なるほど”と納得。同時に、歌詞に合わせてメロディーを作ると教えてもらって、かなりびっくりしたことも思い出す。歌詞の見事さはもちろんだが(この辺は後述する)、その語感を損なうことなく、言葉に音階を当てはめている。そして、それがちゃんと歌になっているのはもちろんのこと、大衆性を損なうことなく、オリジナリティーを発揮しているのは、ほとんど奇跡的ですらあったと思う。聞けば人見知りだという、口数の少ない彼女を目の当たりにして、“天才とはこういう人のことを言うのだろうな”と思ったものだ。

M1「ハナノユメ」で幕を開ける『chatmonchy has come』はわずか6曲の所謂ミニアルバムだが、彼女たちの天才っぷりが如何なく見てとれる。まず、上で指摘したメロディーの特徴が、M1「ハナノユメ」だけでなく随所で現れる。M3「ツマサキ」の《さっきから鳴り止まない気持ち》。M4「惚たる蛍」の《その目に左右されている》や《この目も向けられない》。M6「サラバ青春」の《君とよく行った》や《何でもない毎日が》。この辺の、一度聴けば耳朶を離れないような抑揚は、チャットモンチーの必殺技と言っていいと思う。それだけでない。興味深いのはM5「夕日哀愁風車」。サビはモロにメロコアなのだが、イントロ~Aメロではその面影は薄く、Aメロ後半ではロシア民謡的(?)な展開を見せるという、不思議な構造を持ったナンバーだ。サビも巧みなことは巧みだが、ここだけ見たら、このタイプのメロディーを奏でるバンドもいなくはない。いや、誤解を恐れずに言えば、メロコア全盛期にはなかったことはないメロディーであろう。しかし、それを思わぬ方向から展開させたところにも、チャットモンチー、橋本絵莉子の非凡さが感じられるところである。

初期に見せた
3ピースならではのサウンド

メロディーのインパクトが強いのでそこばかりにフォーカスが当りがちだが──というか、最初は筆者もそうだったのだが、バンドサウンドもなかなか興味深いものが並んでいる。M1「ハナノユメ」からして3ピースバンドであることの矜持が示されているようである。サビ頭でドラムのマーチングビートと、派手さこそないがそれに呼応するかのようなべースとが、件の特徴的なメロディーを支えている。そこからギターが入るが、これがまた歌からキャッチーさを引き継いだようなフレーズで、冒頭も冒頭から、そのサウンドとメロディーでチャットモンチーがどういうバンドであるかを雄弁に語っている。2サビ以降はギターが重なることで彩りが鮮やかになり、世界観が広がっていく印象だ。

ミディアム~スローのM2「DEMO、恋はサーカス」はイントロ~Aメロではギターのアルペジオ中心だが、Bでそのギターがミュート気味になるというThe Policeポリスっぽいサウンドを聴かせ、サビではオルタナ系に爆発する、起伏に富んだナンバー。さらに、アウトロ近くではリズムがセカンドラインぽくなるという、なかなか興味深い展開で、ここでもまたチャットモンチーの懐の深さを感じさせる。M3「ツマサキ」ではニューウェイブ系ギターロックやシューゲイザーを感じさせつつ、M4「惚たる蛍」ではオルタナ、M5「夕日哀愁風車」ではパンクとロックバンドならではのラウドかつソリッドなサウンドを響かせる。ラストM6「サラバ青春」はややブルージーというか、フォーキーというか、歌のメロディーと歌詞の世界観を損ねない、詰め込みすぎず、かといってシンプルになりすぎない、ちょうどいい塩梅の3ピースサウンドを聴くことができる。バラエティー豊かであり、どれもこれも、のちのチャットモンチーの礎となっているのは間違いない。

歌詞にも表れた傑出した才能

最後に『chatmonchy has come』収録曲の歌詞に触れたいと思うが、改めて聴いてみて、歌詞こそがチャットモンチーのコアであるような気がしてきた。橋本の作るメロディーが比類なき独自性を持ったものであることは間違いないが、少なくともこの頃の作曲方法は詞先だったということから考えると、歌詞がメロディーを呼んだと言えるわけで、この歌詞があったからこそ、チャットモンチーが音楽的に傑出した才能を発揮できたのだと見ることもできる。

《なんでわざわざ今?》《あなたではないよ 他のだれかだよ/子どもの頃のように優しくしてほしい/あなたではないよ 他のだれかだよ/自惚れないでよ 落ち込まないでよ》(M2「DEMO、恋はサーカス」)。
《ヒール高い靴をはいて/あなたの隣 しゃなりしゃなり/ペディキュアの蝶々 見えるかしら》《私が見えるもの あなたが見えないもの/私が触りたいもの あなたの喉ぼとけ》
《今の顔もっとよく見せて/写真に撮るの間に合わないかな/さっきから鳴り止まない気持ち/あなたの頬まで背伸びしたい》(M3「ツマサキ」)。
《真っ暗の中で光る蛍は まるで私の体の中の/悪い部分のようにいつだって》《あぁ 私はあなたのその目に左右されていて/あぁ 私はあなたにこの目も向けられない》(M4「惚たる蛍」)。

橋本、福岡が手掛ける女性らしさを忌憚なく綴った歌詞も素晴らしいし──。

《ちゃんと生きていけるだろうか?(ちゃんと大人になれるだろうか?)/誰かに言いたくても口に出せない(夢って何だろうか?)/ちゃんと歩いていけるだろうか?(ちゃんと大人になれるだろうか?)/楽天的な私はどこへ行った?(昔に戻りたい)》《例え悩んで泣いていても (涙をぬぐって進んでいける)/そんな強い人になりたい/あなたのような大きい心/愛しい人たちどうか見ていて 私一生懸命だから/私らしく自分らしく 夢を見つけて歩いていくから》(M5「夕日哀愁風車」)。

“やはり若者が作る日本語のロックの一定数はここに辿り着くのだな”と思ってしまう、尾崎豊辺りを彷彿させる内容も素晴らしいのだが、やはり白眉は高橋作品だろう。彼女はバンド脱退後、作家、作詞家として活動しているので、こんなことを言うと何をか言わんやと叱られそうだが、とても文学的であるし、絵画的、映像的でもある。

《薄い紙で指を切って 赤い赤い血が滲む/これっぽっちの刃で/痛い痛い指の先》《バラのトゲを見ていたら あなたの心の寂しさが/痛い痛い とがった心臓/ドクンドクン 血がめぐる》《あなたのトゲが刺さったようで/これっぽっちの小さな傷が/痛い痛い まあるい心臓/ドクンドクン 血がめぐる》(M1「ハナノユメ」)。
《卒業式の前の日に僕が知りたかったのは/地球の自転の理由とかパブロフの犬のことじゃなくて/本当にこのまま終わるのかってことさ》《真っ暗闇に僕ひとりぼっち/ピンク色の風もうす紫の香りも音楽室のピアノの上/大人になればお酒もぐいぐい飲めちゃうけれど/もう空は飛べなくなっちゃうの?》(M6「サラバ青春」)。

いずれも五感を駆使して、シーンを見事に切り取っている。「ハナノユメ」はリフレインが詩のようで、メロディーに乗る以前にリズミカルなところがいいし、「サラバ青春」の《真っ暗闇》《ピンク色》《うす紫》のカラフルさもポエムを感じさせるところだ(しかも、《ピンク色》《うす紫》も視覚ではないところがとてもいい)。

こうして『chatmonchy has come』を細かく分析すると彼女たちがその非凡な才能を初期からズバッと提示していたことが分かるし、まさしく何年にひとりの逸材であったことが理解できる。7月23日以降はバンドとして活動しなくなるわけだが、彼女たち自身が「新しくてワクワクするような音楽が待っているような気がしているのです」と言っているのだから、我々は今後、橋本、福岡のふたりからチャットモンチー以上の音楽が出てくることを期待しよう。最新作『誕生』では高橋が作詞を手掛けたナンバーもあることから想像するに、いつの日かメンバーが顔を合わせて音楽制作することがないとも限らないし──まぁ、今それを考えるのは尚早すぎるにもほどがあるが、これをもってチャットモンチー完結への手向けの言葉としたい。

TEXT:帆苅智之

アルバム『chatmonchy has come』2005年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.ハナノユメ
    • 2.DEMO、恋はサーカス
    • 3.ツマサキ
    • 4.惚たる蛍
    • 5.夕日哀愁風車
    • 6.サラバ青春
『chatmonchy has come』(’05)/チャットモンチー

OKMusic編集部

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