かまいたちのパンクの
アティテュードを
1stアルバム『いたちごっこ』
に見出す

『いたちごっこ』(’89)/かまいたち
解散ライヴ『THE END』から1年
かまいたちは日本の音楽シーンを揺るがしたパンクバンドのひとつだった。そう言うと、1990年代後半からのメロコア、2000年代前半からの青春パンクからパンクを知ったリスナーにとっては意外に感じるかもしれないし、1970年代後半のUKパンク直撃世代にとっても、かまいたちをパンクと呼ぶには抵抗がある人がいるかもしれない。確かにそのルックや、メッセージ性の希薄さからすると、彼らは類型的なパンクバンドに見えない人も少なくないだろうけれども、サウンドもさることながら、そのアティテュードは実にパンクだったと思う。本稿作成のためにあれこれ検索していて、こんな名言を見つけた。
「パンクは自由なスタイルで音楽を作ること」(Iggy Pop)。
「パンクは反骨精神のことだ」(Ramones・Joey Ramone)。
「パンクとは、特定の格好や音楽ではなく、心の枠組み、自由であること」(Patti Smith)。
「パンクとは自分自身に忠実であることだ。ファッションじゃない」(Sex Pistols・Johnny Rotten)。
先達の言葉が、かまいたちがパンクであることを保証している。
そのDIY精神に見るパンクっぽさ
当時のビジュアルもすごかった。MOGWAIはネグリジェ、KENchanはパンストにブリーフ1枚、当時のヴォーカリストはKKK団のようなマスクを被り、ギタリストはバレリーナの恰好という画像が今もネット上に残っている。全員が縦縞の野球のユニフォーム姿や、連獅子のかつらを被ったKENchanの画像もあった。完全にぶっ飛んでいたと言っていい。初期に比べたら、メジャーデビュー期の全員、長髪の赤い髪を立てた姿はまだかわいいというか、シンプルで分かりやすいと感じるほどだ。
そんなビジュアルに加えて、メガホンを鳴らしたり、客席へダイブしたり、物を投げたり投げられたりで、ライヴハウスからは大分ひんしゅくを買ったばかりか、出入禁止となった会場も多かったと聞く。KENchanは当時の活動を「どうやったらカルチャーショックが与えられるか、そればかり考えて行動していた」と振り返っているそうで、この辺りは彼がザ・スターリンの遠藤ミチロウから多大な影響を受けていることにも関係していたのだろう。Sex Pistolsの数々のスキャンダルが話題性を狙ったマネージャーのMalcolm McLarenによって仕組まれたものであったことに近い気もするし、かまいたちにパンクの血脈を感じるところでもある。
初回プレス分が予約のみで完売
“かまいたち=パンク”と書いたが、このアルバム『いたちごっこ』のサウンドがもう完全にパンクだ。どれが…というのではなく、全部がパンクである。M10「続・自殺〜KILL YOURSELF」は以前聴いた時、ややメタル寄りである気もしていたが、アルバムを通して聴くとやはりパンクのそれだし、シンガロングに適した感じにもその印象がある。背後に鳴る拡声器のサイレン音はザ・スターリンのオマージュであろう。また、M4「Boys, be Ambitious」やM6「天邪鬼」にはLAUGHIN' NOSEの匂いを感じざるを得ないし、全体的にはThe Toy Dollsの色が濃い。ていうか、M8「TOY DOLL(S)」という楽曲タイトルからそれは聴かずとも明白だが、何憚ることなく、こういうことをやる辺りはむしろ清々しいと思う。M8「TOY DOLL(S)」のようなポップな1フレーズをリフレインするのは、少なくとも今で言うJ-POPではあまりない手法で洋楽的と言ってよく、いい意味でThe Toy Dollsの精神を抽出、注入していると言っていいかもしれない。
聴き手を楽しませるためのアイディア
“演奏が拙い”とは言ったが、まったく聴きべきものがないかと言ったら、決してそんなことはない。総じてギターはいい。とてもメロディアスで、M2「獄楽Ready to Rock」、M3「神経衰弱」、M4「Boys, be Ambitious」、M9「妖怪ROCK!」辺りのソロパートは流麗だと思う。それに呼応したのか、M9「妖怪ROCK!」の後半で聴くことができるユニゾンのベースもいいし、そう思うと、M7「I've No Power」でのベースラインも悪くない。また、収録曲の中では比較的マイナー調のM6「天邪鬼」やM10「続・自殺〜KILL YOURSELF」は、さすがに音圧の低さが残念な感じではあるものの、楽曲全体としては昨今のラウドロックにも通じる印象もある。これが現代へと通じる礎になったとは言わないが、『いたちごっこ』で示した方向性は間違いでなかったというか、単に“はちゃめちゃ”なだけのバンドではなかったことも分かると思う。
前世紀でのかまいたち解散後、SCEANAとKAZZYとで幻覚アレルギーというバンドを結成したのだが、その取材した時、KAZZYがThe Beatles好きで、とりわけ『Revolver』が好きだという話を聞いた。たらればは禁物であるが、そんな彼の指向性からすると、あの時、かまいたちが音楽性を突き止めていく可能性もなかった気もするし、仮にそうなっていたなら、その後のシーンは今とは少し変わったものになっていたことだろう。まぁ、栓無き想像ではあるが──。
『いたちごっこ』リリースの翌年、1990年9月にメジャー1stアルバム『はちゃめちゃ狂』をリリース。この作品はチャートベスト10入りを果たし、ホールツアーを実現させるに至るも、1991年6月の2nd『JEKYLL to HYDE〜masturbation〜』発表後に突然の解散宣言。かまいたちは本当にバタバタとシーンを駆け抜けた。そのあっけなさはSex Pistolsにも通じるものがあった気はするし、その意味でもパンクっぽいバンドだったと言える。もともと「やることがなくなったのでバンドでもやろう」という立ち上がりだっただけに、メジャーというフィールドは彼らの遊び場に相応しくなかったのかもしれない。今となっては2ndアルバムのサブタイトル“masturbation”が示唆的な気もする。
解散後は幻覚アレルギーの他、KENchanがTHE DEAD P☆P STARS、MOGWAIも自らのバンドを立ち上げた。そして、20数年の時を経て、冒頭で述べた復活劇に至る。1980年代後半のライヴハウスシーンを盛り上げたバンドである、かまいたちはそのルックもアティテュードものちのビジュアル系に影響を与えたバンドであることは間違いない。解散した今も語り継ぐ意義のある存在ではあろう。
TEXT:帆苅智之