ザ・モップスの
驚異的な先鋭サウンドが遺る
『サイケデリック・サウンド・
イン・ジャパン』

『サイケデリック・サウンド・イン・ジャパン』('68)/ザ・モップス

『サイケデリック・サウンド・イン・ジャパン』('68)/ザ・モップス

6月28日にザ・モップスのアルバム3作品が再発された。3rdアルバム『御意見無用(いいじゃないか)』、4th『雨 モップス’72』、そして5th『モップスと16人の仲間』である。さまざまなグループがひしめき合って、実はひと口で語りづらいグループサウンズ=GSであるが、その中でも異彩を放つ存在として語られるザ・モップス。この機会にしっかり聴いて、そのバンドの成り立ちも含めて勉強してみようと、今週はそのザ・モップスの作品を取り上げることを決めた。今回再発された3作品もいいが、ここはやはりデビューアルバムだろう。のちに世界を驚かせたという『サイケデリック・サウンド・イン・ジャパン』だ。

フォロワーからも分かるその偉大さ

“日本で最初のサイケデリックロックバンド”と言われるザ・モップスは、グループサウンズ、いわゆるGSがブームとなった1967年のデビュー。そのブームの渦中で世に出て来たバンドである。筆者はGSが流行した時期には未だおしめを付けていたか、ようやく外れたかの頃で、その辺の記憶はまったくない。よって、沢田研二=ジュリーと言えばソロシンガーのイメージしかないし、岸部シローと言えば『ルックルックこんにちは』でのMCか、『西遊記』の沙悟浄役の印象が強い。『西遊記』と言えば孫悟空役の堺正章=マチャアキだが、マチャアキと言えばドラマ『時間ですよ』とか、『新春かくし芸大会』での曲芸とかで、タレントとしての活躍しか思い浮かばない。井上順も同様で、ドラマ、バラエティー番組への出演の他、『夜のヒットスタジオ』の司会者というイメージが強い。堺、井上両名が歌手であることは、マチャアキの「さらば恋人」、井上の「お世話になりました」で知ってはいたけれども、同じグループで並んでヴォーカルを務めていたことは、少なくとも筆者の実体験にはない。かまやつひろしも萩原健一もソロアーティストの印象だし、個人的にはショーケンは役者としてイメージのほうが鮮烈だったようにも思う。

なので、ザ・モップスのこともリアルアイムではまったく知る由もなく、そのヴォーカリストだった鈴木ヒロミツも役者のイメージのほうが強い。とりわけドラマ『夜明けの刑事』シリーズでの坂上二郎や石橋正次らと並ぶ好演には、子供ながら胸を躍らせてブラウン管に齧りついていた記憶がある。同ドラマシリーズのエンディングテーマを鈴木が歌っていたことも薄っすら覚えているが、やはり役者としての印象が強めであり、ザ・モップスのヴォーカリストであったことを認識するのはそこからもう少し時間を要することとなる。

ギタリスト、星勝の名前を知ったのは、RCサクセションのアルバム『シングル・マン』でのことだったと思う。とはいえ、発売された1976年は、それこそドラマ『夜明けの刑事』シリーズ(1976年)を食い入るように見ていた時期であって、アルバムを聴くどころか、RCというバンドのことも知るはずはなかった。もっとも『シングル・マン』は1976年4月の発売から[販売不調のまま発売後1年とたたずに廃盤となっ]ており、田舎の小学生に届くはずもなかったのだが──([]はWikipediaからの引用)。筆者が初めて『シングル・マン』を聴いたのは1981年頃で、バンド編成のRCがブレイクし、再発されたものを聴いた(※この辺りの件は、以前『シングル・マン』を紹介した時にも触れているので、ご興味があればそちらもどうぞ!)。高校生だった自分が“星勝がプロデューサーだったのか!?”などと思うはずもなく、歌詞カードなどを見ながら“編曲クレジットに名前がある“星勝”って何て読むんだろう?”くらいのものだったと思う。1980年代当時も、未だ自分にとっての鈴木も星も、ザ・モップスはおろか、ミュージシャン、アーティストとも思っていなかったのである。
■忌野清志郎のバンドマンとしてのビギニングRCサクセション初期の傑作『シングル・マン』
https://okmusic.jp/news/500084
ザ・モップスを最初に意識したのは1986年だったと思う。当時、熱心に聴いていたKODOMO BANDが1986年12月に発売したアルバム『NO GIMMICK』にザ・モップス「たどりついたらいつも雨ふり」のカバーが収録されていた(のちにシングルカットもされた)。正確に言うと、ザ・モップスやその楽曲を意識したというよりも、KODOMO BANDが演奏するザ・モップス「たどりついたら~」を意識的に聴いたということだ。クレジットを見て作詞作曲が吉田拓郎となっていたので、“どういう経緯で拓郎の曲を?”と少々不思議に思ったようにも思うが、音はもちろんのこと、歌詞もメロディーもカッコ良いし、KODOMO BANDの楽曲として素直に聴けた記憶がある。

さらに決定的だったのは、1988年10月リリースの氷室京介の2ndシングル「DEAR ALGERNON」のカップリングに収められた同曲を聴いた時だった。KODOMO BANDに次いでヒムロックがカバーしたことで、同曲が日本のロックのクラシックであることをはっきり意識したように思う。当初はまだ吉田拓郎の楽曲だと思っていたのだが、何だかんだあって、オリジナルはザ・モップスであることにようやく辿り着いた。つまり、KODOMO BANDや氷室京介といった、言わばフォロワーからザ・モップスの偉大さを知ったようなところがあるのである。

OKMusic編集部

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