アーント・サリーが真のパンク精神を
注ぎ込んだ伝説のアルバム『Aunt Sa
lly』

音楽をその様式や形式にカテゴライズにしてはいけないと思っていても、こうして文章で表す時にはこの上なく便利なので、気軽に使用している“音楽ジャンル”という言葉。しかし、本来その音楽が育んできた歴史や精神をも内包する概念であり、単にそのスタイルを示すだけのものでない。今回、紹介するアーント・サリーの音楽性はまさしくそれであり、性急な8ビートで刻まなくとも、反体制のリリックを吐かなくとも、髪を立てなくとも、パンクの魂は十分に表現できることを、すでに70年代後半から体現していたバンドである。

初期パンクのメンタリティーを直輸入

本コラム『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』執筆用に…と担当編集者の方から、いくつかのアーティスト名、アルバム名をいただいているのだが、その中に『Aunt Sally』を見つけた。以前、名前くらいは聞いたことがあったかもしれないが、だとしたら完全に失念していたアーティスト名であり、アルバム名だ。その程度の記憶なので、もちろん自発的に音源を聴いたことはなかった。というわけで、担当編集者の方に「この『Aunt Sally』というのは、自分はまったく覚えがないんですけど…?」と伝えると、「結構、癖がある音楽ですし、無理に書かなくていいですよ」との返答。「だったら、手を付けなくてもいいかな」と最初に推薦されてから随分と放っておいたのだが、たまたまアーント・サリーの音源を聴く機会があり、聴いてみると、これがなかなか興味深いサウンドであった。早速、『Aunt Sally』を取り寄せて聴いてみると、正直言って、ちょっと驚いた。確かに癖はあるし、万人向けと言える音楽ではない。しかも、録音のクオリティーも高くはないから、決して聴いて心地良い音でもない。では、何に驚いたかと言うと、アーント・サリーというバンドが活動していたのは70年代後半。欧米でパンクロックが生まれたとほぼ同時期である。パンクが世界を騒がせている渦中に、そのスタイルではなく、パンクのメンタリティーを正しく受け継いだバンドが日本にいたことに驚いたのである。自らの知識の浅薄さを恥じると同時に、ぜひ多くの読者にもアーント・サリーを知ってもらうべく、遅ればせながら、本稿を書こうと思い立った次第である。

インパクトの強いバンドサウンド

このアルバムは、タイトルチューンM1「Aunt Sally」で幕を開ける。この楽曲、冒頭のドラムの音だけ聴くと粋なポップスが始まりそうな雰囲気でもあるのだが、ギター、ベースが重なる8秒後にその印象は脆くも崩れ去る。淡々と流れるマイナーなベースのループも不穏な空気を醸し出しているが、何よりも耳をこじ開けて入ってくるようなギターの不協和音が凄まじいインパクトなのである。さらにその上に「かごめかごめ」にも似た、抑揚の薄いPhew(Vo)の歌が乗る。歌詞もまたすごい。《おはよう どうでもいいわ》である(それ以外の歌詞もあるが、このフレーズが極めて印象的なのである)。真の意味でのサイケデリックというか、アシッドというか、何かいけないものに手を出している感じがビンビンある。アルバムラストのM11「ローレライ」もそうだ。ミディアム~スローの淡々としたリズムに不協なギターと歌が乗る。後半で歌は「Are You Sleeping?」(♪グーチョキパーで、グーチョキパーで何作ろう? 何作ろう?♪の原曲)が唱えられるので、メロディアスと言えばメロディアスなのかもしれないが、決してキャッチーではなく、何とも気味が悪い聴き応えなのである。また、両曲ともピッチがズレているような箇所があったりもするが、一方では見事なグルーブを生み出している箇所もあったりするので、それらが交互にやってくる様子がスリリングでもある(これは想像だが、ピッチがズレているように感じる箇所は、緊張感を出すために演者が意図的にやっているような節はある)。

どこにもない独自の世界観を構築

不協和音はM6「Essay」、M9「フランクに」でも発揮されているし、抑揚のないヴォーカルパフォーマンスはM10「夢遊の少年」でも聴くことができるが、アーント・サリーはそれだけではない。M3「醒めた火事場で」はクラシカルな要素を盛り込んだ3拍子のナンバーで、ゴシックの香りのするナンバー。途中、転調してからレオン・イェッセルの「おもちゃの兵隊の行進曲」(“キューピー3分クッキング”のテーマ曲)が挿入されるのも面白い。M5「すべて売り物」は8ビートのパンクナンバーで、当時としては新鮮だったに違いないキーボードの電子音が重なるバンドアンサンブルが聴ける。M4「日が朽ちて」でのウイスパー調な歌唱もいい。気だるさとも官能的とも異なる、何とも言いようがない歌唱表現である。ポップさもちゃんとある。M2「かがみ」、M7「i was chosen」は欧米の民謡調、M8「転機」は童謡的で、歌にはしっかりと抑揚があって、所謂ポップミュージックとして成立していると思う。それらの楽曲群をM1「Aunt Sally」とM11「ローレライ」とに挟んで構成している辺り、キチンとした世界観を提示する姿勢にも好感が持てる。歌詞も《こーのー世界 こーのー世界 こーのー世界 素敵にモノクロ》(M4「日が朽ちて」)や、《返り血を浴びて大きくなるわ/痣はできても霜枯れはしない/夜な夜な 目を凝らしても/出口なんか見つからない》(M8「転機」)といったアングラ感のあるものの他、《いつもみんなの前でツバキをちらして/わめき散らすのも売名行為と出来心でしょう/すべて売り物 すべて売り物》(M5「すべて売り物」)でのアイロニカルな視点も見逃せない。

ニューウェイブ・シーンに与えた影響

話を戻すが、これらの楽曲が70年代後半の日本で制作されていたところが重要だ。いつ制作されたか正確な日付が分からなかったが、アーント・サリー自体、77年夏に渡英したPhewが帰国後に結成したバンドであり、後に発売されたアルバム『LIVE 1978-1979』のタイトル通り、78~79年にかけて作られた楽曲群であろう。とすると、アーント・サリーは日本のニューウェイブの先駆け的存在のひとつであることは間違いない。ヒカシューの結成がアーント・サリーより若干早く、関東でのパンク&ニューウェイブ・ムーブメント“東京ロッカーズ”がアーント・サリーの活動時期とほぼ重なる。パンクの概念にはいろいろあるのでここでその全てを述べるのはご勘弁願いたいが、その中には“D.I.Y.精神”というものが確実に存在する。“D.I.Y.精神”とは“他人に任せることなく自分でやる”ということである。欧米のムーブメントを受けて、ファッション化したステレオタイプのパンクスも少なくなかったと思われる当時、アーント・サリーはエピゴーネンに堕すことなく、オリジナリティーを追及した。もっとも注目すべき点はここではなかろうか。しかも、アーント・サリーは、80年代初頭にニューウェイブ・シーンで活躍した戸川純が影響を公言していることからも分かるように、早くから日本でのポスト・パンクの礎にもなっていることも付記したい。平成になってからも、M5「すべて売り物」をキノコホテルがカバーしている他、『初音ミクsingsニューウェイヴ』で初音ミクも「Aunt Sally」を歌っており、時を超えて支持されているというのも、アーント・サリーが確かなオリジナリティーを保持している証左であろう。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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