シャネルズが敬愛するドゥーワップを
堂々と鳴らした傑作『Mr.ブラック』

『Mr.ブラック』(’80)/シャネルズ
ドゥーワップを
お茶の間に浸透させた功績
何と言っても“ドゥーワップ”というスタイルをお茶の間レベルにまで浸透させた功績は相当に大きい。1968年にザ・キング・トーンズが「グッド・ナイト・ベイビー」というドゥーワップ・ナンバーをヒットさせており、シャネルズの登場まで、日本においてこのジャンルがまったく未知のものというわけではなかったが、1960年代にはまだムード歌謡との区別が付いていたかどうか怪しいところ。また、山下達郎がドゥーワップ好きであることは当時もファンの間では知られていたことだが、1980年12月に発売された氏のひとりア・カペラ・アルバム『ON THE STREET CORNER』も商業的に成功したとは言い難く、ドゥーワップは少なくとも一般層に馴染みのない音楽ジャンルであった。
『ON THE STREET CORNER』の《2000年版再発CD (デジタル・リマスター版) への覚書で、山下は『1980年の日本では、アカペラという用語もドゥーワップという音楽形式もほとんど知られていませんでした。そんなものをアルバムにして出そうというのですから、取材やプロモートのたびにいちいち説明しなければなりませんでした』と、当時のことを回想している》(《》はWikipediaからの引用)との話もある。そんな中でドゥーワップ・ブームを起こしたシャネルズは音楽の多様性を日本国内に広めたグループとして、日本芸能史においても極めて重要なポジションを担う存在である。そんな彼らが遺した音源を名盤と呼ぶことに何の躊躇もなかろう。
ラジカセCM曲とブラックフェイス
『ザ・ベストテン』にシャネルズが出演した時、こんなハプニングがあった。生中継先で、ある少年がシャネルズに対して、「シャネルズって、なんで黒人のくせに香水の名前をつけてるんですか?」という差別的な質問をしたのだ。司会の黒柳徹子がその後、涙ながらにその少年の発言を糾弾したことは有名な話だが、リーダーの鈴木雅之も明らかに憤慨し、不機嫌な表情でその質問に答えていたことも忘れられない。シャネルズがどれだけ深くブラックミュージックを敬愛していたのかが分かるエピソードとも言える。まぁ、そのブラックフェイスはシャネルズの音楽そのものに直接関係する要素ではないため、あまり多くを語る必要がないと思われるので、ここでは、個人的に思う、コスチューム以外にシャネルズを押し出した要因について少し触れてみたい。
約40年前、『ザ・ベストテン』で音楽を聴くことに目覚めたような子供にとって丁度いいのはラジカセ。FMから流れる曲を録音できるし(そのような行為を“エアチェック”と言った気がする)、カセットテープは友人と貸し借りするのも便利だった。各家電メーカーもこぞって高機能のラジカセを市場に投入してきたし、当時の子供たちは新製品の情報を目の当たりにしてワクワクしていた。そんな中で、パイオニアのラジカセ『ランナウェイ』のCMから聴こえてきた♪ランナウェイ〜のフレーズは耳によく馴染んだし、フルコーラスを聴いてみたいとレコード化への期待が寄せられたのも無理からぬことだっただろう。ちなみにソニーの初代ウォークマンの発売は1979年7月。その後、ますますカセットテープを媒体として音楽はカジュアルになっていく。
シングルヒットを受けて
アルバム緊急発売
『Mr.ブラック』はM1~6が「ランナウェイ」とそのカップリング曲「夢見るスウィート・ホーム」を含むオリジナル曲、M7~13がドゥーワップのカバー集と、アナログ盤ではA面とB面とで性格の分かれた作品なのだ。コンセプトアルバムではないものの、A面のシングル曲を除くナンバーで鈴木雅之作のオリジナル楽曲を聴かせ、B面では彼らを育んだドゥーワップのスタンダードナンバーを収録することで、シャネルズとはこういうグループであることを示しているのである。もしかすると、もしかするとThe Beatlesの『Please Please Me』よろしく、時間がなくて曲が作れず、それによってこういうスタイルになっただけかもしれないが、仮にそうだったとしても結果オーライ。本作が、この時期に彼にしかできなかった良作であることは疑いようがないところである。
グループのオリジナル曲で迫るA面
ドゥーワップのカバーで魅了するB面
そして、M13「CHAPEL OF DREAMS」ではカセットテープを入れる音から始まる様子(!)など、テクニカルな小技も見逃せないが、白眉は忠実なカバーと言おうか、奇を衒わずに演奏、歌唱している楽曲だと思う。M8「SHAMA LAMA DING-DONG」での桑野信義のトランペットとともに迫る鈴木雅之のセクシーかつ迫力ある歌声。田代マサシがメインヴォーカルを務めるM10「SILHOUETTES」で彼のアーティストとしての素顔を除けるのもいいのだが、個人的にはM12「ZOOM」を推したい。The Cadillacsの原曲は♪Bom, be doo Be doo be doo be Bow wow〜が極めて印象的であり、それゆえに妙に凝ったアレンジがし難いこともあるのだろうが、この楽曲をシャネルズは素直にカバーしている。堂々と…と言い換えてもいい。敬愛するブラックミュージックを見事に昇華している様は、そのままシャネルズのグループとしての優秀さを証明しているに他ならない。傑作レコードである。
TEXT:帆苅智之