TM NETWORKが創造した、確かな大衆性
を湛えたコンセプト作『CAROL 〜A D
AY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』

メディアミックスなどという言葉すらおぼつかなかった80年代後期に、アルバム、コンサートツアー、小説、ラジオドラマ、アニメ等々、多媒体でそのストーリーを展開した『CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』はTM NETWORKの代表作であるとともに、日本音楽シーンに残る傑作コンセプトアルバムである。デビュー30周年を迎えた今、改めてこの作品に触れることで、彼らの先見性、センス、そしてポピュラリティーの高さを実感できる。

 2015年3月21日&22日に開催される横浜アリーナでのデビュー30周年記念コンサートファイナル公演を残すのみとなり、全国ツアー『TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30』からスタートしたTM NETWORKのメモリアルイヤーもまさにフィナーレを迎えようとしている。デビュー30周年という他に類なきイベントごとだけに、コンサートに留まらず、過去作がハイレゾ音源で配信されるなど、リバイバルムードは否が応にも高まったわけだが、そればかりか、特別番組の放映、書籍の発刊とメディアミックスで“周年祭”を祝ってきたのが何ともTM NETWORKらしい。そんな昨年来からのTM NETWORKワークスの中でひと際目を引くのは“CAROL”というワードである。小室哲哉著『STORY BOOK「CAROLの意味」』。音源、映像、写真集で構成された完全生産限定盤BOX『CAROL DELUXE EDITION』。そして、NHK BSで放送された『MASTER TAPE「TM NETWORK“CAROL”の秘密を探る」』。メモリアルイヤーにリマスター音源が発売されたり、過去のライヴを収録した映像作品がリリースされたりすることは珍しくないが、アーティスト単位ではなく、アルバム一作品にスポットが当たるのはかなり珍しいと言える。少なくとも日本で、ここまでのスケール感で取り上げられるのは、おそらく初めてのことではなかろうか。この様に四半世紀経った今も各方面で語り続けられるアルバムは、それだけでまごうことなき名盤と呼べる。
 アルバム『CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』(以下『CAROL』)は、作品の幕開けに相応しい、ドラマティックかつメロディアスな楽曲M1「A DAY IN THE GIRL’S LIFE (永遠の一瞬)」でスタートする。何かが始まる感じがいい。そこから曲間を空けずにM2「CAROL (CAROL’S THEME I)」につながる辺りは、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に代表されるコンセプトアルバム然とした容姿。オールドロックファンも納得ではなかろうか。M1がミュージカルも主題歌やイメージソング的な位置だとすると、M2は本編のオープニング曲といったらいいだろうか。《世界が今変わる》と締め括られる歌詞も物語の始まりを印象付ける。これまたいい雰囲気だ。そこから一転、M3「CHASE IN LABYRINTH (闇のラビリンス)」はアップテンポのシャッフル。ビートも切れがよく、ギターもノイジーだが、《奪われた僕らのメロディ とりもどすのさ いつか ふたりならば怖くない》のフレーズに呼応するかのようにサビはポップなダンスチューンである。M4「GIA CORM FILLIPPO DIA (DEVIL’S CARNIVAL)」はデジタル・オリエンタル・サンバとでも言うべき、ミクスチャーナンバー。これまたポップだが、“悪魔の祝祭”とは名付けられている辺りに遊び心も感じられる。続く、M5「COME ON EVERYBODY」、M6「BEYOND THE TIME (EXPANDED VERSION)」、M7「SEVEN DAYS WAR (FOUR PIECES BAND MIX)」とシングル曲の三連発。まあ、これらはこの位置に置くしかないかなとも思われるが、シングル版とはアレンジが異なるものの、いずれも王道の小室メロディーでいい意味で安心感がある。メロディ的ーには順序もこれがベターであろう。M6は映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』、M7は映画『ぼくらの七日間戦争』の主題歌で、特にM7は映画の内容に沿った歌詞でもあるのだが、こうしてアルバムに収まると『CAROL』の世界観にマッチしている点は見逃せない。ちなみにM5「COME ON EVERYBODY」のギターはB'zの松本孝弘が演奏しているとのことだが、ギターの音色というのはどうしようもなく演奏者のキャラクターが反映されるものだ。この音は松本孝弘以外の何者のものでもない。
 M8「YOU’RE THE BEST」はソウル。オフビートが気持ちいい。M9「WINTER COMES AROUND (冬の一日)」はメロディアスだが、コーラスワークにはゴスペルを感じさせつつ、サウンドアレンジには若干サイケデリックな匂いがしなくもない。M10「IN THE FOREST (君の声が聞こえる)」はTMNらしいアップテンポのポップチューン。弾むようなサウンドアレンジで、随所で聴けるユニゾンも楽し気だ。そして、オリエンタルなムードを漂わせるM11「CAROL (CAROL’S THEME II)」をはさみ、リスナーはM12「JUST ONE VICTORY (たったひとつの勝利)」に辿り着く。大団円感満載のこのナンバーは当初はシングル化の予定はなかったとのことだが、後にシングルカットされたのも納得のキャッチーさである。後半に進むに従って各パートの手数が増えて盛り上がっていく様子はベタながら、聴いていて否定できない高揚感を生む。ラストM13「STILL LOVE HER (失われた風景)」は、映画で言えばエンドクレジットの流れるラストシーンといった面持ち(アニメ『シティーハンター2』のエンディングテーマでもあったそうな)。後半のコーラスはこれまたベタと言えばベタなのだが、コンセプトアルバムであればこそ許せる王道のスタイルであろうし、力が入りすぎていない(ように聴こえる)のも悪くない。
 ──と、『CAROL』(CD版)の収録曲をざっと振り返ってみたが、このアルバム、シングル曲以外もメロディーの立った楽曲ばかりであることに気付く。作品として世に出ているのだから無駄がないのは当たり前としても、コンセプトアルバムとなると、リスナーにとってはあまり必然性が感じられないインタールードがあったり、極端にポピュラリティの薄い楽曲があったりすることがなくはない。だが、TM NETWORKの場合はそうではなく、『CAROL』はシングル曲以外も歌がしっかりしているのだ。これを契機にプロデューサーとしての資質を自覚し、90年代半ばに手がけたアーティストがヒット曲を連発することで“小室ブーム”を形成した天才音楽家、小室哲哉に対してこんなことを言うのは何をか言わんやだろうが、その点は素直に称えたい。さらにそれら個々に素晴らしい楽曲たちを『CAROL』というひとつのコンセプトのもとにまとめ上げた手腕はやはり尋常ではない。氏もまた、間違いなく日本を代表する稀代のアーティストのひとりである。
 さて、“『CAROL』=コンセプトアルバム”と述べてきたものの、本稿ではその肝心のコンセプトについて述べてこなかったが、キャロル・ミュー・ダグラスという女の子を主人公とした物語についてはここではあえて解説しない。ぶっちゃけた話、その辺を本気で語ろうとするとかなり長くなるから…というのがその理由だが、やはり本来は木根尚登による小説『CAROL』を読むのが正しい受け取り方だろう。当時、少なくとも音楽シーンでは他になかったメディアミックスを取り入れた点も『CAROL』の称えられるべき点。現存するアイテムをそのまま味わうのがよかろう。もちろん冒頭で紹介した小室哲哉著『STORY BOOK「CAROLの意味」』、完全生産限定盤BOX『CAROL DELUXE EDITION』も本作を紐解くうえでの重要作品。こちらもファンならば必携である。

著者:帆苅竜太郎

OKMusic編集部

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