『今はまだ人生を語らず』で確信する
アーティスト・吉田拓郎の
桁違いの風格

歌詞から滲む政治性と社会性

オープニング、M1「ペニーレインでバーボン」は2本のエレキギターが絡むイントロからして、ビートも前のめりだし、ポップなフォークロックといった印象。メロディに対して歌詞の文字数を制限しない歌い方も当然ながら健在で(このスタイルを“字余り字足らずソング”と呼ぶそうな…)、否応なしに吉田拓郎を聴いていることを実感する。アルバムの掴みとしてはばっちりと言える。タイトルの“ペニーレイン”は原宿のジャズ喫茶のことで、歌詞はそこで《飲んだくれて》いろんなことを語っているという内容。注目したのは下記のフレーズである。

《テレビはいったい誰のためのもの/見ている者はいつもつんぼさじき/気持ちの悪い政治家どもが/勝手なことばかり言い合って/時には無関心なこの僕でさえが/腹を立てたり怒ったり》《みんなみんないいやつばかりだと/おせじを使うのがおっくうになり/中にはいやな奴だっているんだよと/大声で叫ぶほどの勇気もなし/とにかく誰にも逢わないで/勝手に酔っ払っちまった方が勝ちさ》(M1「ペニーレインでバーボン」)。

政治性も社会性も排除していない。《政治》に対して《無関心》とは言いつつも《腹を立てたり怒ったり》と憤っている。メディアの扇動にも気付いているようだ。《おせじを使うのがおっくう》と言いながらも《大声で叫ぶほどの勇気もなし》というのは生き辛い世の中を示唆していると思われるし、《誰にも逢わない》《方が勝ち》というのは、その後に表面化した社会問題を暗示していたかのようでもある。“ベトナム戦争反対!”とも言ってないし、田中金脈問題などの当時の具体的な政治問題に対して物を申しているわけではないけれども、世の中への警鐘であるとは理解できる。《おせじを使うのが~》辺りはSNSと重ねることもでき、さすがに氏がそこまで予見していたとは言わないまでも、コミュニケーションの本質を抉る視線は極めて鋭かったとは言える。尻上がりに熱を帯びていくバンドサウンドと相俟って、ただの酔っ払いの戯言ではないことがよく分かる。硬派かどうかの判断は人によって分かれるところかもしれない。だが、少なくとも軟弱な物言いだと言い切れないのは筆者だけではないはずだ。

M1のバンドサウンドについて軽く触れたので、以降の注目のフレーズをピックアップする前に、本作参加のミュージシャンについて記しておきたい。これもまた前述の河崎直人さんの『元気です。』のコラムから少し引用させていただく。<アルバムのバックを務めるのは、名ギタリストの石川鷹彦、松任谷正隆・林立夫(キャラメルママ)、後藤次利・小原礼(共にサディスティック・ミカ・バンド)など、日本を代表するミュージシャンばかりで、中でも松任谷正隆は、キーボードだけでなく、バンジョーやマンドリンなど八面六臂の活躍で、カントリーテイストを醸し出すのに大いに貢献している>。前作『伽草子』(1973年)のクレジットにおいては上記メンバーの中では後藤次利しか見つけられなかったけれど、『今はまだ人生を語らず』では松任谷正隆が再び参加。ピアノ、オルガンを担当している。これまた『元気です。』以来の参加となった六文銭のギタリスト、石川鷹彦とのアンサンブルが本作の聴きどころのひとつではあろう。

どれもいいが、とりわけM2「人生を語らず」、M3「世捨人唄」、M7「襟裳岬」、M12「贈り物」は素晴らしい。ベースは引き続き後藤次利が名を連ねている他、ドラムスには村上秀一の名前がある。また、この前年にライヴ盤『たくろうLIVE'73』を共同プロデュースした瀬尾一三がストリングスアレンジを行なっているのも見逃せない。吉田拓郎は日本のシンガーソングライターの草分け的存在と言われる。もちろんそれはそれで間違いのない、氏の大きな代名詞ではある。しかしながら、これだけのメンバーを集めて音楽作品を作り上げたという側面も、決して無視できないであろう。しかも、参加したミュージシャンの多くは日本の音楽シーンにおいて欠くことができない人物ばかりである。吉田拓郎に音楽プロデューサーとして卓越した手腕があったことは、『今はまだ人生を語らず』でも決定的によく分かる。どなたかも指摘されていたが、吉田拓郎のこうした側面は今以上にもっと語られるべきだと筆者も大いに同意するところだ。

OKMusic編集部

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