原由子のシンガーの才能が
桑田佳祐らによって開示された
ポップで多彩なソロアルバム
『はらゆうこが語るひととき』
潜在能力を引き出した多彩な楽曲
そこから一転、M2「おしゃれな女 (Sight of my court)」はボサノヴァタッチ。しっとりとしたナンバーも十二分にこなせることを体現している。M3「I Love Youはひとりごと」はデビューシングル。歌詞に賛否あり…というか、“否”が多かったようで、当時は放送禁止になったとも聞く。桑田らしいとも言えるムード歌謡的なメロディーと言えるし、そんなトラブルがあったという歌詞も昭和らしさを感じるという意味では、今となっては音楽遺産的な側面があると捉えることもできて面白いのではなかろうか。
M4「しっかり John-G」はその「I Love Youは~」のカップリング曲でもあったミドルバラード。メロウな歌を“HARABOSE”がややブルージーに仕上げている。M8での桑田のコーラスにはやや否定的んことを述べた筆者ではあるが、このM4の2番以降のコーラスワークの素晴らしさには素直に脱帽である。ハーモニーは実に気持ち良い。
M5「うさぎの唄」は2ndシングルとしてのちにシングルカットされている。ヨナ抜き音階の民謡的なメロディーは宇崎竜童の作曲らしいと言えるのかもしれない。日本民謡とオキナワン、そしてロックの融合というのはバンド自体のレベルの高さとメンバー意気込みが垣間見えるし、まさしく原由子というヴォーカリストの懐の深さを感じるところだ。今も新鮮に響く。作詞はサザンのベーシスト、関口和之が担当。ノスタルジックな雰囲気を如何なく注入している。関口はプレイヤーとして本作には参加していないが、M5の作詞の他、本作にのジャケットを描いているのが関口である。
M6「がんばれアミューズ」の“アミューズ”とは、言わずと知れたサザンの所属事務所である株式会社アミューズのこと。歌詞に出てくる《大里社長》《山本専務》《池田部長》などは実在の役員で、茶化し気味に歌われているところに、むしろアーティストとマネジメント会社との良好な関係がうかがえる。スタッフも原の初ソロとあって強力を惜しまなかったのだろう。もっとも、ビッグバンドジャズ風味のサウンドに乗せて原がポップに歌うことで、会社うんぬんの歌詞はあまり気にならなくなるのが正直なところ。その辺にも原由子のヴォーカリストとしての優秀さが感じられると思う。
M7「いにしえのトランペッター」は、テンポも緩くてM6とはタイプは異なるけれど、こちらもビッグバンド風。M6よりはマニアックというか、まさに歌詞に登場するLouis Armstrongへのオマージュをストレートに感じさせる。間奏で聴こえてくるサッチモ的な声は桑田佳祐のようだ。さすがに…というべきか、声真似が上手い。また、本作ではM7だけでなく、M2、M6、M8、M10の管楽器、とりわけトランペットがとてもいい。時にアーバンに、時に情熱的に、楽曲にアクセントを加えている。人が演奏している体温というか、よりヒューマニティが感じられるようになっていると思う。
M8は前述の通り。続く、M9「幸わせなルースター」はちょっと変わった曲で、イントロでM2をインストにしたものが流れ、そこからソウルミュージックに展開する。ブラスもギターも派手で、ベースもスラップを見せる。ファンキーでダンサブル。“これもアリか!?”という新鮮さがある。
M10「Last Single X'mas」はタイトル通りのクリスマスソング。派手さのないメロディーだからこそ、しっとりと聴かせるところがあるように思う。抑制を効かせた落ち着いたサウンドでありながらも、ストリングス、ホーン、ハープやベルなど要所要所でキーとなる音色を配している点は、憎らしいほどの手練れっぷりである。歌詞も若干深読みの余地がないわけではないけれど、それは無粋というもの。いつの時代にも寄り添える普遍的なクリスマスソングだと素直に受け取るのが良かろう。
これだけバラエティーに富んだ作品で、収録時間は41分弱。そこをとってみても、『はらゆうこが語るひととき』はポップミュージックの見本のようなアルバムだと言える。サザン関連作品でも上位にランクする人がいるのも納得の名盤だろう。
TEXT:帆苅智之