中原理恵の『KILLING ME』は
過渡期だからこそ
生まれた歌謡曲と
シティポップをつなぐ音楽的史料

A面、B面で作家の顔触れが異なる

中原理恵の『KILLING ME』に過渡期を感じたのはまさにそういうこと。邦楽シーンの端境期と言い換えてもいいかもしれない。メインストリームが歌謡曲からニューミュージック、ロックへと移行しようとする時期に生まれてきたアルバムであろう。いや、その時期にしか生まれなかったと言うべきだろうか。“ソロシンガーであれば、その立ち位置を~”と前述したけれど、送り手は中原理恵というソロシンガーをどう創り上げていこうかと悩んだのではないかと個人的には強く想像する。作品の容姿からして、そう思わせるに十分。A面とB面でパックリと作者が異なっているのだ。B面、M6からM10までが作詞:松本隆・作曲:筒美京平のコンビ。編曲はM6からM9までを筒美京平が担当し、M8には梅垣達志も参加している。M10は鈴木茂、梅垣達志、萩田光雄でアレンジを行なったようで、その3名の名前がある。それに対してA面はバラエティー豊かな作家陣で構成。まず、M2、M5を中原理恵本人が作詞。M1(インスト)、M2の作編曲を清水靖晃が行ない、M2の編曲には坂本龍一もクレジットされている。M3、M4は作詞:吉田美奈子・作編曲:山下達郎のコンビ。そして、M5の作編曲は小林泉美である。松本隆の押しも押されぬメジャー作詞家になっていくのは、まさにこの1978年頃からだが、筒美京平はこの頃すでに、いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」(1968年)、尾崎紀世彦「また逢う日まで」(1971年)などの名曲を世に送り出したヒット作家であった。

その一方、A面の作家陣はこの時期、世間的には無名に近かった…と言ったら怒られるかもしれないが、そう間違った話でもなかろう。吉田美奈子はすでに山下達郎作品で多くの歌詞を手掛けていたが、その山下達郎もこの1978年には、[ソロ・アルバムを作れるのもこれで最後かもしれないとの思いから、好きなことをやって終わりにしようと、様々な曲調の作品をあれこれ詰め込んだごった煮サウンドの一枚となった]と、3rdアルバム『GO AHEAD!』を制作した逸話があるくらいだから、不遇の時代ではあったようだ。清水靖晃も小林泉美もソロデビューしたばかりの頃だし、坂本龍一にしても前述の通りYMOの結成がこの1978年である。一般的な知名度はまだまだだったはずである。

ざっくり分ければ、新進気鋭作家によるA面、歌謡界の大御所たちによるB面といった感じだろうか。松本隆、鈴木茂は作家としてはこれから…といったところだったかもしれないけれど、A面の作家陣にとってパイセンであったことは間違いない。さて、その内容。A面とB面とで作家の顔触れがぱっくりと分かれていると言っても、一方が完全アコースティックで、もう一方が完全打ち込み…といったような大幅な違いはないものの、やはりそれぞれにカラーが出ていて面白い。ことメロディー、サウンド面では誤解を恐れずに言えば、A面がオーソドックス、B面が変則的という印象がある。逆ではない。新進気鋭作家によるA面がオーソドックス、大御所によるB面が変則的なのである。

具体的に見ていこう。B面からのほうが分かりがいいように思うので、B面からいこう。M6「東京ららばい」から始まって、M7「ディスコ・レディー」に続き、1曲挟んで3rdシングルカップリングのM9「SENTIMENTAL HOTEL」、そして、『KILLING ME』と同日発売だった4thシングルのM10「マギーへの手紙」で締め括られている。ベストヒット的な内容である。ただ、今、聴くと、さすがに“よくぞ、これをシングルで…”とまでは思わないまでも、いい意味でその個性に驚く。

シングルヒット曲、M6「東京ららばい」からしてそうだ。イントロはスパニッシュなギターから始まって、エレキギターの流麗なフレーズが奏でられている。その旋律がThe Animalsの「Don't Let Me Be Misunderstood」(尾藤イサオ「悲しき願い」でもいい)に似た雰囲気なのはさておき、イントロでもかなり印象的なメロディーを持ってきているのは何とも筒美京平的だ。歌が始まると、ベースラインの跳ねた感じにも耳を惹かれる。ひと口でファンキーと言うのも憚られる感じの癖になるフレーズだ。Bメロからはカスタネットが聴こえてくる。一瞬“The Ronettesオマージュか?”と思わせるが、背後のギターのストロークや、のちに入ってくるブラスで、それがスパニッシュな演出であることが分かる。そこからサビに突入するのだが、そこまでバックで薄く鳴っていたストリングスがサビ前にここぞとばかりに配されている。サビ前までにあらゆる楽器が個性を発揮し、歌を凌駕せんばかりに前に出ているのである。それはサビでも続く。低音のストリングス(コントラバスだろうか)が歌に重なる。サイケデリックロックを思わせるアレンジだ。1番だけでも、こちらの想像を超えてくるアレンジであって、とても面白く聴いた。もちろん歌の主旋律も余すところなくキャッチーで、《ねんねんころり寝ころんで眠りましょうか》のリズミカルなところとか、《ないものねだりの子守歌》のキメとか、ヒットポテンシャルの高さは今もって感じるところだ。

M7「ディスコ・レディー」は如何にもM6のヒット後の楽曲という感じで、楽器の構成もM6同様。スパニッシュかつファンキーな雰囲気も踏襲している。歌に主旋律は、《しらけ顔で話しといて》辺りはのちの中森明菜を彷彿させ、中原理恵のヴォーカリストとしての表現力の確かさを感じるところではある。また、《DISCO LADY DISCO LADY……》のコーラスのインパクトが強く、この辺は、M7のカップリングだったM9「SENTIMENTAL HOTEL」と併せて、ディスコミュージック寄りになっていたことをうかがわせる。ミドルテンポのM10「マギーへの手紙」はブラックミュージック風味がより濃くなっている。はっきりとソウル、ブルースの要素が聴き取れるが、それでいて、これも筒美京平らしさと言うべきか、曲の展開がかなり面白い。前半(イントロ~Aメロ)が3拍子、後半(Bメロ~サビ)が4拍子と転調するところがそもそもユニークだし、ギターやピアノでのブラック要素と当時の歌謡曲らしいブラスやストリングスとのクロスオーバーというか、ハイブリッドな感じが随所で見られる。まさに過渡期を彷彿させる。

最も興味深いのはM8「抱きしめたい」だろう。タイトルからしてThe Beatleオマージュだろうと思ったら、何ならクレジットに“Lennon-McCartney”と入れてもいいのではないかと思うほどのオマージュにあふれている。どこに何が配されているかは実際に聴いてみてもらうのがいいかと思うが、何が面白いって、大陸風のイントロに始まってフォーキーに展開していく、筒美京平らしいと言えばらしい歌メロに、その“「I Want To Hold Your Hand」要素”をまさにハイブリッドしている≒組み合わせているところが最高だ。臆面もなくやっちゃってる辺りに(言い方がキツかったら謝ります)フリーダムを感じるし、まさに歌謡曲とロックの融合はシーンの端境期を体現しているようにも感じる。

OKMusic編集部

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