悲運のバンド、
バッドフィンガーを率いた
故ピート・ハムが残した
『セヴン・パーク・アヴェニュー』
ワーナーに移籍し、
充実作を出す一方で悲運に見舞われる
バンドは辛い現実から目を逸らし、音楽だけに集中するように休む間もなく古巣アップルのスタジオで次作となるレコーディングを行なっているのだが、ワーナーはバンドの一切のアルバムの配給を停止し、レコーディングした音源は全てお蔵入りとなる。バンド内の人間関係も乱れ出し、ジョーイ・モーランドが脱退するという段階になって、ピートは将来を悲観し、ついに自ら命を絶ってしまうのだ。その数年後にはトム・エヴァンスまでが命を絶つという悲劇の連鎖が起こっている。
※2000年になって、ワーナーがリリースを差し止めた1975年に録音した幻の音源が『ヘッド・ファースト(原題:Head First)』のタイトルでリリースされ、ファンを驚かせた。ジョーイ・モーランドは脱退して不参加。アルバムの完成度、ピートの書く楽曲のレベルは苦境にあっても高く、当時の音楽シーンをきちんと見据え、スワンプロック的なアーシーなサウンドにも取り組んでいる。絶望的な中にあっても、ピートがバンドとともになおも前に進もうとしていたことが聴き取れる。
閑話休題 ポピュラー音楽史上に残るラヴバラードの傑作「ウィズアウト・ユー」
「ウィズアウト・ユー(原題:Without You)」はハリー・ニルソンがアルバム『ニルソン・シュミルソン(原題:Nilsson Schmilsson)』(’71)でカバーし、これが大ヒット、米英ともにチャート1位を獲得している(ニルソンは同曲はポール・マッカートニーの作だと思い込んでいたらしい)。それから23年後、今度はマライア・キャリーがアルバム『ミュージック・ボックス(原題:Music Box)』(’94)の中でカバーし(ニルソンのバージョンを)、これも米国3位、英国1位という大ヒットになっている。このふたりに留まらず、この曲はこれまでに200近いアーティストにカバーされているらしい。それに対し、バッドフィンガー好きはよく言ったものだ。「とても喜ばしいよね。あの曲の素晴らしさが多くに認められてるんだから。ピートとトムの曲だという認識があるのかはともかく」。そして、コーラス・パートを思いっきり劇的にアレンジしたニルソンの、あるいはソウルシンガー風にエモーショナルに歌い上げたマライアのバージョンよりも、抑揚を抑え、切々とピートが歌ったオリジナルのバッドフィンガーのバージョンを絶賛するのだ。
決して多くに支持されることもなく、はかない末路をたどったバンド、バッドフィンガー、そのリーダーであり、悲劇的な最期を遂げてしまったピート・ハム。そんなこともあって、なかなか陽気には語れないのだけれど、仲間で飲んだりしていると、きまって誰かが「バッドフィンガー / ピート・ハム、好きなんだよな…」と言い出したりすることがあり、コアなファンには忘れがたい存在であることは間違いない。そして、たぶん一度好きになると、ずっと好きなままなのだ。2013年にはピートの故郷、ウェールズのスウォンジーという町の、彼がバンドと練習をしていた建物の壁に、生前のピートの功績を称え、プレートが飾られたという。娘のペトラ・ハムが除幕し、式にはジョージ・ハリスンの未亡人オリヴィアも立ち会ったそうだ。残された音楽はほんとうに素晴らしい。ぜひ聴いてみてください。
TEXT:片山 明