『All Things Must Pass』(’70)/George Harrison

『All Things Must Pass』(’70)/George Harrison

全米全英ともに1位に輝いたジョージ
・ハリスンの
大作『オール・シングス・マスト・パ
ス』

ビートルズの解散が公になった1970年、本作『オール・シングス・マスト・パス』のレコーディングは開始され、11月にリリースされた。解散後にメンバーはソロアルバムを次々とリリースしており、ジョン・レノンは『ジョンの魂』、ポール・マッカートニーは『マッカートニー』、リンゴ・スターは『センチメンタル・ジャーニー』と『カントリー・アルバム』を出した。多くのファンが、ソロになったらチャートの頂点に輝くのはジョンかポールのどちらかだろうと考えていたわけだが、残念ながらそうはならなかった。全米・全英ともに1位の座を最初に獲得したのは、ビートルズ時代、もっとも地味な奴と言われたジョージであった。今回はジョージ・ハリスンのエッセンスがたっぷり詰まった、ロック史上に残る傑作『オール・シングス・マスト・パス』を紹介する。

衝撃だったバングラデシュのコンサート

ビートルズと言えば、ジョンとポール。ジョージとリンゴは付け足しに過ぎない…1970年頃、そう思っていた人は少なくなかった。ビートルズをほとんどリアルタイムで聴いていないニューロック世代の僕らにとっては、彼らが単なるアイドルグループにしか見えず、レッド・ツェッペリンやイエス、ザ・フーなど、ストイックでテクニカルなグループだけがロックだと妄信していた。だから、僕は当時3枚組の大作としてリリースされた本作『オール・シングス・マスト・パス』も興味はなかった。ところが翌年に出た、同じく3枚組の大作『バングラデシュのコンサート』(‘71)を聴いて、ジョージ・ハリスンの魅力にとりつかれ、慌てて『オール・シングス・マスト・パス』を購入することになる。
それまでビートルズに興味は持てなかったくせに、このロック史上初とも言われるチャリティコンサートの模様を収録した『バングラデシュのコンサート』には、僕の中学時代に憧れのギタリストであったエリック・クラプトンやレオン・ラッセルらが参加していたので、大枚5000円を払って(お年玉!)買ったのである。
このコンサートはバングラデシュの難民を救済するために開催されたもので、インターネットもスマホもない時代だけに、中学生の僕は恥ずかしながらバングラデシュが国の名称であることすら分からなかった。しかし、このコンサートの映画を観て、バングラデシュという国では貧困と感染症のために多くの民衆が亡くなっていることを知らされたのである。
また、演奏されたジョージの曲はどれも素晴らしく、ビートルズ時代の「サムシング」「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」「ヒア・カムズ・ザ・サン」の4曲をはじめ、初めて聴く「ワー・ワー」「ビウェア・オブ・ダークネス」「アウェイティング・オン・ユー・オール」も文句なしにカッコ良かったのである。それは今でも変わらず、これらの曲はオリジナルよりこのコンサートのバージョンのほうが好きだ。
このコンサートに参加したミュージシャンたちの演奏を聴いて感動した僕は、以降、デラニー&ボニーやレオン・ラッセルといったアメリカのロックにはまってしまい、それまで好きだったストイックでテクニカルなブリティッシュロックから、レイドバックしたアメリカのロックを中心に聴くようになった。

ジョージ・ハリスンのスワンプ的サウン

このコンサートで演奏された「マイ・スイート・ロード」は日本でも大ヒットしていたし、前述の「ワー・ワー」「ビウェア・オブ・ダークネス」が『オール・シングス・マスト・パス』に収録されていることを知り、またまた5000円を出費することになったのだが、まだお年玉が残っていたので、なんとか買えた。
ジョージはビートルズ解散前からさまざまなミュージシャンと親交していたことは有名だが、特にデラニー&ボニーやレオン・ラッセルに代表されるアメリカのスワンプロックに傾倒していた。ジョージは親友ボブ・ディランを通して知ったザ・バンド(ザ・バンドはボブ・ディランのバックバンドとして活動していた)をもっとも優れたロックグループとして崇拝していたのだが、自分の音楽とザ・バンドの音楽に演奏面での接点は見出せず、アダプトしやすいスワンプロックを研究・吸収していたのだろうと思う。
バングラデシュのコンサートの出演メンバーは、ビートルズの弟分に当たるバッドフィンガー、ビートルズのバックも務めたビリー・プレストン、ビートルズ時代『リヴォルヴァー』のジャケットイラストを描いたベーシスト、クラウス・フォアマン、そしてリンゴ・スターとエリック・クラプトン以外は、デラニー&ボニーとレオン・ラッセルの人脈で占められている。これを見てもジョージがいかにスワンプロックを愛していたかが分かる。これはクラプトンも同じで、デレク&ザ・ドミノスのメンバーは同じくデラニー&ボニー人脈から選出されている。
ただ、ジョージがロックアーティストとしてすごいのは、いかにスワンプ系のアクの強いミュージシャンたちを起用しても、彼のサウンドがしっかり表現されているところにある。普通はスワンプ系のミュージシャンを使ってしまうとバックのミュージシャンに染まってしまい、どれも同じようなサウンドになってしまうのだが、ジョージはちゃんと自分の音楽が創造できている。

本作『オール・シングス・マスト・パス
』について

LP時代、バングラデシュのコンサートの3枚組よりは地味な装丁であったが、『オール・シングス・マスト・パス』もしっかりした箱に収められ、豪華な仕立てであった。3枚組のうち、1、2枚目は全曲ハズレなしの大傑作である。3枚目は「アップルジャム」と題された文字通りのジャムセッションで、CD時代でいうボーナストラックみたいな感じだと思ってもらえば良い。LPの真ん中にあるレーベル部分も他の2枚とは違うデザインになっていて、アップルジャムの瓶が印刷されていた。なので、この3枚目は時間がある時やジャムの気分を楽しみたい時のみに聴くことにしていた。
アルバムに収録されているのは、シングルカットされ全世界で大ヒットした「マイ・スイート・ロード」や「美しき人生(原題:What Is Life)」をはじめ、バングラデシュのコンサートでも演奏された「ワー・ワー」や「ビウェア・オブ・ダークネス」、ボブ・ディランの名曲「イフ・ナット・フォー・ユー」、スワンプロック仕立ての「レット・イット・ダウン」「アート・オブ・ダイイング」カントリーロックの「ビハインド・ザ・ロックト・ドア」「アイ・リブ・フォー・ユー」など、アップルジャムを除く17曲は全て名曲揃いだ。
本作のバックを務めるミュージシャンは、もちろんデラニー&ボニー人脈で占められている。デュアン・オールマンを除くデレク&ドミノスのメンバー(クラプトンも参加しているが、LP時代にはクレジットされていなかった)、同じ人脈でソロアルバム『アローン・トゥゲザー』(‘70)をリリースしたデイブ・メイスン、あとはバングラデシュのコンサートにも参加していたクラウス・フォアマン、ビリー・プレストン、ジム・ホーン、ジム・プライス、バッドフィンガー、そして米英からの選抜チームとしてアラン・ホワイト、ゲイリー・ブルッカー、珍しくペダルスティールのピート・ドレイクなどが参加している。
ビートルズはジョンとポールだけではない。そのことを証明した作品がこのアルバムである。シンガーとしても、ギタリストとしても、ジョージの際立つ才能がしっかり堪能できるのが『オール・シングス・マスト・パス』というアルバムであり、これは彼の代表作というだけでなく、ロック史上に燦然と輝く大名盤である。これまで本作を知らなかった人は、この機会にぜひ聴いてみてください。併せて『バングラデシュのコンサート』もどうぞ!

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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