大ヒット曲を次々に生み出した
ブレッド絶頂期のアルバム
『ギター・マン』

『Guitar Man』(’72)/Bread

『Guitar Man』(’72)/Bread

70年代初期、ヒットメイカーの代表として忘れられないのがブレッドだ。ビートルズのひとり勝ちとなっていた60s日本のポップロック界も、同年後半から70s前半になるとさまざまなアーティストのヒット曲が登場し、当時の若い一般の音楽ファンはポピュラー音楽漬けの日々であった。中でも、当時ヒット曲を量産していたブレッドは人気が高く、僕も含めシングル盤を買い漁っていた人は多かったはずである。なぜか現代の日本ではすっかり忘れられてしまっており、若い世代でブレッドを聴いているのは保護者からの伝聞しかないのかもしれない。今回紹介する『ギター・マン』は彼らの解散前の作品でかつ絶頂期でもあった時期にリリースされた傑作である。

次々にリリースされる名曲

僕が中学生になった1970年、ラジオのロック番組でオンエアされる曲をメモっては、お昼ご飯代を浮かせてシングル盤を買いに町のレコード屋に行く日々だった。ビートルズやエルトン・ジョンをはじめ、カーペンターズ、ポール・モーリア、サイモン&ガーファンクル、ハーブ・アルパート、ルー・クリスティ、グラス・ルーツ、アソシエイション、ミッシェル・ポルナレフなどなど、ロックからポップスまで幅広く(というか、あまりジャンルという意識がなかった)聴いていた。

そんな時に出会ったのがブレッドの「二人の架け橋(原題:Make it with You)」という曲だった。フォーキーな美しいメロディーとやさしい声の男性ヴォーカルに惹かれ、毎日のように聴いていたのだが、気付けばその後も「イフ」(‘71)、「愛のわかれ道(原題:Baby I’m-a Want You)」(’71)、「涙の想い出(原題:Everything I Own)」(‘72)、「ダイアリー」(’72)、「ギター・マン」(‘72)、「スウィート・サレンダー」(’72)と、立て続けに名曲をリリースしていたのだ。

ところが時代はハードロックに突入、レッド・ツェッペリンやディープ・パープルが登場すると、ブレッドのやさしいサウンドでは満足できなくなっていたのだ。カーペンターズの時にも書いたが、若者というのは純粋なやさしさよりも不良っぽいノイズに惹かれるもので、良い曲であるのは分かっているのだが、「これはロックじゃない!」とポップ的なものとか歌謡曲的なサウンドを認めないという損な立ち回りをしてしまい、後悔することになるのである。結局、僕も中学生1、2年の時にはあんなに好きだったブレッドを遠ざけてしまい、思春期を脱する(明確にいつかは線引きできないが…)まで遠い存在となるわけだが、ブレッドの素晴らしい音楽は50歳以上の洋楽好きの人なら誰もが知っているのではないだろうか。まさに職人技である。

地味だけれど超スーパーグループ

ブレッドは、デビッド・ゲイツ、ジェイムス・グリフィン、ロブ・ロイヤーの3人が1968年に結成したグループだ。今から思えば、彼らは“超”が付くほどのスーパーグループであった。ゲイツはオクラホマ州タルサの出身で、かのレオン・ラッセルとは高校では同じクラスである。先に西海岸に出たラッセルを追いかけて、ゲイツも60年初頭にはブリルビルディング系のソングライターとしてトップテンヒットを生み出すなど、売れっ子になっていた。グリフィンは63年にはすでにソロアルバムをリリースし、ロイヤーとコンビで多くのヒット曲を生み出していた。彼らはソングライティングだけでなく楽器演奏に関しても秀でており、3人ともマルチ・インストゥルメンタリストで、スタジオミュージシャンの仕事もしているほどの職人たちであった。

グループとしてライヴ活動する時にドラムがいないと困るので、デビューアルバム『灰色の朝(原題:Bread)』(‘69)ではジム・ゴードンとロン・エドガーが参加している。当初、ピアノも弾けるゴードンをメンバーとして迎える段取りで話を進めていたが、結局はエリック・クラプトンが結成しようとしていた新グループ(デレク&ザ・ドミノズ)に引き抜かれてしまう。デビュー翌年にスタジオミュージシャンとして著名なマイク・ボッツが加入、4人組として2作目『On The Waters』(’70)をリリースする。ソングライティングはゲイツとロイヤー&グリフィンの2パターンで行なわれている。このアルバムに全米1位を獲得した「二人の架け橋」が収められているのだが、この曲はなぜかゲイツ(リードヴォーカル、コーラス、ギター、ベース、ストリングスなど)とボッツ(ドラム)のふたりだけで収録されている。

グループはゲイツとグリフィンの両トップで衝突することもあったが、大ヒット曲「イフ」を収録した3枚目の『神の糧(原題:Manna)』(‘71)をリリース、順調にキャリアを積み重ねていた。しかし、グリフィンと名コンビだったロイヤーがシングルヒットを生み出せばいいというレコード会社の方針に疑問を感じ、またゲイツとの確執もあってグループを脱退する。ただ、ゲイツにしてみれば、これまでのヒット曲は全てゲイツの手になるものであり、演奏もひとりでできるだけにグループの運営に不安はなかったようだ。

グループには新たにキーボード、ベース、ギター、ハーモニカを弾きこなすラリー・ネクテルが参加し、最高の布陣となる。ネクテルはサイモン&ガーファンクルの名曲「明日に架ける橋(原題:Bridge Over Troubled Water)」(‘70)の印象的なピアノを弾いており、伝説のスタジオミュージシャングループ、レッキング・クルーの一員としても知られる名プレーヤーだ。彼が参加した4枚目のアルバム『愛のわかれ道』(‘72)は全米チャートで3位となり、他に「涙の想い出」「ダイアリー」のヒットも生まれた。このアルバムが一番好きというブレッドファンは多い。

本作『ギター・マン』について

ネクテルの参加で演奏の幅が広がり、ゲイツのソングライティングにも好影響を及ぼしたようで、間を開けずに5作目となる本作『ギター・マン』が同年にリリースされている。本作からは「ギター・マン」「スウィート・サレンダー」「オーブリー」の3曲が大ヒット。ヒット曲以外のナンバーも粒ぞろいで、前作『愛のわかれ道』と双璧を成す作品だ。ソングライティングの面では、これまでにないネクテル作やグリフィン=ボッツ、ゲイツ=グリフィンといった組み合わせもあって、これまでにない味わいになっているところが大きな魅力だと思う。

ブレッドの解散と再結成

本作がリリースされた翌年、ツアー疲れやゲイツとグリフィンの確執が限界に達し、突然ブレッドは解散する。ゲイツとグリフィンはソロアーティストとして独立し、ボッツとネクテルは売れっ子スタジオミュージシャンとして、多くのアーティストのバックを務めた。ゲイツとグリフィンはブレッド結成まで同じような経歴であったにもかかわらず、ヒットした曲は全てゲイツの手になるものばかり。グリフィンはシングル向きの曲を書くタイプではなく、アルバム全体で判断するべきアーティストなのだが、ゲイツの曲ばかりがヒットするのはグリフィンにとって苦痛であっただろうと推測する。

このふたりの優れたソングライターは、ソロ作でもキラリと光る作品をリリースしている。76年にはエレクトラのジャック・ホルツマンの要請で、ブレッドのリユニオンが実現する。1枚だけであったが6作目となる『愛のかけら(原題:Lost Without Your Love)』(‘77)をリリース、名曲揃いのこのラストアルバムが彼らの最高傑作となった。本当はこのアルバムを取り上げたかったのだが、現在は単体では入手困難なので諦めた次第…。

TEXT:河崎直人

アルバム『Guitar Man』1972年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.Welcome to the Music
    • 2.The Guitar Man
    • 3.Make It by Yourself
    • 4.Aubrey
    • 5.Fancy Dancer
    • 6.Sweet Surrender
    • 7.Tecolote
    • 8.Let Me Go
    • 9.Yours for Life
    • 10.Picture in Your Mind
    • 11.Don't Tell Me No
    • 12.Didn't Even Know Her Name
『Guitar Man』(’72)/Bread

OKMusic編集部

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