カーズが大ヒット作『ハートビート・
シティ』で見せたもうひとつの顔

 ウィーザー4年振りの新作『エヴリシング・ウィル・ビー・オールライト・イン・ジ・エンド』を、リック・オケイセックがプロデュースしているそうだ。オケイセックが彼らのアルバムをプロデュースするのは、デビューアルバム『ザ・グリーン・アルバム』に続いて、これで3度目。よっぽどバンドから信頼されているにちがいない。デビューから20年経った現在も不動の人気を誇るウィーザーの新作だ。多くの人が注目するであろうことを考えれば、オケイセックが率いるロックバンド、カーズのことを改めて取り上げるには絶好の機会だ。80年代のロックを代表するヒット作として知られる彼らの5作目のアルバム『ハートビート・シティ』を通して、これまであまり語られてこなかったカーズの魅力について書いてみたい。

 ヴォーカルとギターに加え、ほとんどのソングライティングを手がけるバンドのリーダー、オケイセックが蝿になってまで、元カノにつきまとうさまをコミカルかつポップに描いた本作収録の「ユー・マイト・シンク」のミュージック・ビデオが大ウケしたことに加え(マイケル・ジャクソンの「スリラー」を押さえ、第1回MTVビデオ・ミュージック・アウォードでビデオ・オブ・ジ・イヤーを受賞した)、二枚目ベーシスト、ベンジャミン・オールが歌うロマンチックなバラード「ドライヴ」が全米3位の大ヒットになったせいか、彼らのことを誰からも愛されるポップロックバンドと考えている人も多いかもしれない。
 もちろん、それも彼らの一面には違いない。実際、「ユー・マイト・シンク」と「ドライヴ」という2曲の全米トップ10ヒットシングルが生まれ、全米アルバムチャートの3位まで上った『ハートビート・シティ』は400万枚を超えるセールスを記録したんだから、誰からも愛されるポップロックバンドと言っても全然、差し支えはない。
 しかし、それはすでに書いたように彼らの一面にすぎない。特に彼らの作品中、最も商業的な成功を収めたこの『ハートビート・シティ』は、バンド自らそういう作品を作ることを第一に考え、シンセサイザーを使った近未来派のロックンロールバンドとしての斬新なサウンドメイキングやデビュー以来、いかにもアメリカ的な風景を描きながら執拗に執着心を歌い続けてきたオケセイックのパラノイアという彼ら本来の魅力をポップ風味のオブラートに包んだようなところがあるのだが、ちょっと聴き方を変えてみると、誰からも愛されるポップロックバンドの別の顔が浮かび上がる。
 例えば、ラヴソングに思える「ユー・マイト・シンク」も「ドライヴ」もそこに隠れている執着心に一旦気付けば、もう単純なラヴソングには聴こえない。その点、世界中の人が笑った「ユー・マイト・シンク」のミュージック・ビデオは『蝿男の恐怖』や『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』他、数々のホラー映画のパロディーを装いながら、オケイセックが曲に込めたメッセージを見事、映像化していたわけだが、ビデオの中でオケイセックが演じる歌の主人公が別れた恋人に執着するストーカーだと知ってしまうと、二度と笑えなくなってしまう(オケイセックの無表情がコワい!)。
 表面的には能天気に聴こえる「ユー・マイト・シンク」の印象が強すぎるせいか、ひょっとしたら誤解されているかもしれないのだが、ポップという表現が相応しい曲はその「ユー・マイト・シンク」と「ルッキン・フォー・ラヴ」「マジック」という前半の2曲だけで、実はアルバム全体の印象はそんなにポップではない。リリース当時からロキシー・ミュージックやベルリン時代のデヴィッド・ボウイの影響が指摘されていたが、むしろメランコリックと言ったほうがしっくりとくる。そもそもロバート・ジョン・マット・ランジのプロデュースの下、当時の最新テクノロジーを駆使して、とことん緻密に作り上げたというレコーディングもオケイセックのパラノイアを物語っているようで、ある意味、クレイジーだ。
 たぶん、そんなところがオケイセックに3度もプロデュースを頼んだウィーザーやカーズの曲をカバーしたストロークスら、それぞれのやり方でカーズをリスペクトするバンドを惹き付けるのだろう。このアルバムを聴いて、カーズが持っている誰からも愛されるポップロックバンドとは別の顔に魅力を感じたという人には、彼らが80年にリリースした3作目のアルバム『パノラマ』を聴いてみることを、ぜひオススメしたい。ファンの間でも賛否が分かれる問題作だが、ストロークスがこれだけ支持されている現在なら、その魅力は以前よりも多くの人に理解してもらえるに違いない。

著者:山口知男

OKMusic編集部

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