パンクバンド改めミクスチャーロック
のパイオニア、ザ・クラッシュが作っ
たディスコパンクアルバム『Combat
Rock』

バンド史上最高のチャートアクションを記録しながら、ザ・クラッシュのディスコグラフィーの中ではどちらかと言うと印象が薄い『コンバット・ロック』。しかし、彼らをパンクバンドではなく、ミクスチャーロックバンドととらえると、このアルバムの別の魅力が浮かび上がる。

 ザ・クラッシュのアルバムに問題作はあっても駄作は一枚もない。そう、一枚もないのである。それにもかかわらず、『ロンドン・コーリング』('79)や『サンディニスタ』('80)ばかりが語られ、『動乱(獣を野に放て)(原題:Give 'Em Enough Rope)』('78)と、この『コンバット・ロック』(82年)が顧みられることが少ないのは、“ザ・クラッシュ=パンクバンド”という固定観念にとらわれているリスナーが未だに多いからだ。もちろん、ザ・クラッシュはパンクムーブメントから生まれたバンドだった(結成の動機はラモーンズとセックス・ピストルズに刺激されたことだった)。また、反米帝国主義を掲げ、人々を蹂躙するあらゆる権力にアンチを唱え、人々に立ち上がること、そして行動することを訴え続けたジョー・ストラマー(Vo& Gu)はパンクの闘士そのものだった。
 しかし、音楽的に言えば、ザ・クラッシュはデビューした時からパンクロックバンドではなかった。じゃあ何だ? あえてジャンルにこだわるならミクスチャーロックバンドだったということになる。デビューアルバムですでにレゲエにアプローチしていたそのミクスチャー感覚は、あえてギターロックバンド然としたストレートなサウンドをアピールした『白い暴動(原題:The Clash)』『動乱(獣を野に放て)』の成功を経て、3作目の『ロンドン・コーリング』で一気に開花。ザ・クラッシュを結成した時に切り捨てたと思しきR&B、ジャズ、ロカビリーなど、レゲエ/スカに止まらない多彩な音楽からの影響を反映させた全19曲をアナログ盤2枚に収録した『ロンドン・コーリング』は、それまでパンクブームの終焉とともに消えるだろうと思われていたザ・クラッシュの存在を改めて多くのロックファンに印象付けた。
 『サンディニスタ』もこの『コンバット・ロック』も、誰もが名盤中の名盤と認める『ロンドン・コーリング』の延長上にある作品だ。しかし、賛否が分かれるまさに問題作にもかかわらず、アナログ盤3枚組全36曲というボリュームとそういう作品を作る無謀…いや、果敢な挑戦が大きなインパクトを残した『サンディニスタ』に比べ、アルバム1枚全12曲にすっきりとまとめた『コンバット・ロック』の印象が薄いのは仕方ないとは言いながら、当時、ミック・ジョーンズ(Gu&Vo)が注目していたヒップホップの影響を取り入れることで、彼らのミクスチャー路線がさらに進化を遂げていることを聴き逃してしまったらもったいない。
 もっともミクスチャーという言葉も概念もない上、“ザ・クラッシュ=パンクバンド”というイメージが定着していた当時、勇ましいタイトルとは裏腹にバンドの成熟も印象付けたこのアルバムを受け入れることは、多くのロックファンにとって難しかったかもしれない。しかし、ミクスチャーという概念が、あえてその言葉を使う必要もないほど当たり前になり、ダンスミュージックとロックの融合が進んだ今なら、『コンバット・ロック』の魅力はストレートに伝わるにちがいない。
 例えば、ロカビリーをヒップホップ風に演奏した「権利主張」、ローリング・ストーンズを思わせるリフにダンサブルなベースラインを組み合わせた「ステイ・オア・ゴー」、今だったら絶対にディスコパンクと言われる「ロック・ザ・カスバ」、レゲエとファンクビートとヒップホップをごた混ぜにした「レッド・エンジェル・ドラグネット」、ダブっぽいトラックメイキングがアルバムに奥行きを加える「ストレイト・トゥ・ヘル」、ファンクサウンドをストレートに追求した「オーバーパワード・バイ・ファンク」を聴けば、ミクスチャー感覚のみならず、デビュー当時から彼らが持っていたリズムに対する敏感なセンスが時代を先取りしていたことがわかるはずだ。唯一残念なのは、アナログ盤3枚組というボリュームを強引に聴かせ切った力業や『ロンドン・コーリング』『サンディニスタ』にあった闇雲なテンションに欠けていることだ。
 全英2位および全米7位というザ・クラッシュ史上最高のチャートアクションを記録したこのアルバムを引っ提げ、彼らはスタジアムを回った全米ツアーを成功させる。しかし、このアルバムを作り始めた時、すでにバンドの二枚看板であるジョー・ストラマーとミック・ジョーンズの気持ちはすれ違い始めていたし、トッパー・ヒードン(Dr)はドラッグでボロボロだった。もしメンバーが一丸となっていたら…いや、バラバラになり始めていたバンドの状態を嘆く前に、それでもこれだけのアルバムを作り上げた奇跡を、僕らロックファンは喜ぶべきなのだろう。

著者:山口智男

OKMusic編集部

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