永遠の名曲「マイ・ラブ」を収録した
ポール・マッカートニー&
ウイングスの
『レッド・ローズ・スピードウェイ』

『Red Rose Speedway』(’73)/Paul Mccartney & Wings
ビートルズ解散後のソロ活動
ビートルズが解散し、まず僕たちニューロック世代が耳にしたのは、ソロとなったジョン・レノンの『ジョンの魂』(‘70)だったと思う。当時、このアルバムからシングルカットされたジョンの叫びとも言える「マザー」には大きな衝撃を受けた。そして、同じく70年にリリースされたのがジョージ・ハリスンの『オール・シングス・マスト・パス』。このアルバムに収録されシングルヒットした「マイ・スイート・ロード」や「美しき人生(原題:What is Life)」を聴き、ジョージのメロディーメイカーぶりに驚いたものだ。また、71年にリリースされたリンゴ・スターのシングル「明日への願い(原題:It Don’t Come Easy)」も良い曲で、ちゃっかりシングル盤を買ってよく聴いた。これらのアルバムやナンバーは日本でも大いに売れていたのだが、ビートルズの曲作りの要と言えばポール・マッカートニーであったはず…。その頃、彼は何をしていたのか。
ポールらしくない初期のソロ作
このポールのソロデビュー作は、彼の自宅で録音されたチープな音質で、演奏は全て彼の多重録音によるもの。いわば宅録の元祖みたいな作品である。当時、この作品がどんな立場にあったのかまったく記憶にない。その後、リンダ・マッカートニーとの共作としてリリースされたセカンドソロ『ラム』(‘71)にしても、存在は知っていたが当時リアルタイムで聴いておらず、こちらも印象は薄かった。今から思えば、ポールは何を考えていたのだろうか。ビートルズの他のメンバーが成功し、ソロアーティストとして評価されていたことはもちろん知っていたはずだし、何より稀代のメロディーメイカーとして知られる彼が、それらしい活動をしていないのはじつに不思議である。うがった見方をすれば、そういった過去のイメージを払拭するために、自分とは違ったイメージの仕事をしていたのか…。ただ、どちらのアルバムも好セールスを記録していたことは確かで、ビートルズ時代からのファンが買っていたのだろうか。
当時の音楽評論家はどちらのアルバムも酷評していたようだが、“ポールの才能はこんなもんじゃない”とか“彼ならもっと良い曲が書けるはず”とか、世間の勝手な思い込みにポールは困っていたのではないか。それが証拠に、この2枚のアルバム(特に『ラム』)を今聴くと、決して派手ではないけれど、滋味に満ちた渋めの良い曲が詰まっているからだ。ひょっとすると、当時の“あり得ないほどのニューロックの波”がリスナーや評論家の冷静さを狂わせていたのかもしれない…。
ウイングスの結成
本作『レッド・ローズ・
スピードウェイ』について
本作に収録された「マイ・ラブ」はポールならではのメロディーメイカーぶりが発揮された稀代の名曲で、先行シングルとしてリリースすると世界的に大ヒットする。日本でもラジオや地元のレコード店で1日に何度もオンエアされていた記憶がある。個人的にはこの「マイ・ラブ」を聴いて、ポールが他のビートルたちに負けず劣らず素晴らしいソロアーティストであることが証明されたのだ。この曲、ポールのソングライティングはもちろん歌も素晴らしいが、間奏でのヘンリー・マカロックのリードギター(僕はロック史に残る名演だと思う)がよく歌っているし、バックに流れる抑えめのストリングスやエレピも文句なしだと思う。ポールがビートルズ時代に「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」(アルバム『レット・イット・ビー』に収録))のストリングスが気に入らないと文句を言った気持ちが分かる。この「マイ・ラブ」が全米チャート1位となり、その後にリリースされた本作『レッド・ローズ・スピードウェイ』も大ヒット(3週連続全米1位)、ポールは見事にロック界の第一線に返り咲いた。
本作には他にもパブロック風の「ワン・モア・キス」、エキゾチックな「ホエン・ザ・ナイト」、『ラム』のアウトテイク「リトル・ラム・ドラゴンフライ」など、興味深いナンバーが収録されている。ただ、ヒットした「ハイ・ハイ・ハイ」(放送禁止になる可能性が高かった)や「死ぬのは奴らだ」(映画『007』のサントラに使うことが決まっていたから、契約上の問題か)は収録されておらず、これらの曲が本作に含まれていれば、もっと大きなヒットが望めたのではないかと思うのだ。それだけが残念なところ。
何はともあれ、ポールは本作で目覚めた。以降は名作『バンド・オン・ザ・ラン』(‘73)をはじめ、『ヴィーナス・アンド・マーズ』(’75)、『スピード・オブ・サウンド』(‘76)など好調をキープし続け、現在に至るのだ。
本作はポール復活のきっかけとなった作品なので、ウイングス時代のアルバムを聴いたことがないなら、この機会にぜひ体験してみてください。きっと新しい発見があると思うよ♪
マッカートニー・アーカイヴ・
コレクション
TEXT:河崎直人