これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!

これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!

スライドギターの達人
ライ・クーダーの入門編なら
『ボーダーライン』が最適

『Borderline』(’80)/Ry Cooder

『Borderline』(’80)/Ry Cooder

名ギタリストがひしめくロック界であるが、スライドギターはコントロールが難しいために名手はそう多くない。名手として筆頭に挙げられるのは、デュアン・オールマン、ローウェル・ジョージと今回紹介するライ・クーダーだろう。ここ25年ぐらいではサニー・ランドレスやデレク・トラックスのような天才的なアーティストも登場してきてはいるが、彼らのすごいテクニックも先人たちのプレイや哲学を学んだからこそであって、やはりデュアン、ローウェル、ライは別格の存在だと言える。このコーナーですでにデュアン(オールマン・ブラザーズ・バンド)とローウェル(リトル・フィート)は紹介済みなので、今回はライ・クーダーの80sの傑作『ボーダーライン』を取り上げる。特に本作は彼の作品の中でも適度にポップなので、入門編としては最適だと思う。

ルーツ系ロックが人気を集めた時代

60年代、主にセッション活動を行っていたライ・クーダーは、1970年に『ライ・クーダー登場(原題:Ry Cooder)』でソロデビューしている。70年と言えばロックはまだ発展途上であり、当時はギター中心のハードなロックに若者たちは熱狂していた(僕も含め)。プログレ、フォークロック、カントリーロックなども英米では登場してきてはいたが、日本ではジミ・ヘンドリックスやエリック・クラプトンらに代表される長尺のギターソロに人気が集まっていた時代である。そんな時に現れたライ・クーダーの音楽は流行とは無縁の存在であった。カントリーブルース、ヒルビリー、R&B等を土台にしつつ、その本質的な部分を壊さずにロックフィールを加味したスタンスで、100年後にも決して古くならないような独自のサウンドを構築していた。

僕が最初に彼の音楽を聴いたのは2ndアルバムの『紫の峡谷(原題:Into The Purple Valley)』(‘72)で、中3か高1の時である。この頃は、デレク&ザ・ドミノズやオールマンブラザーズなどに代表されるアメリカンルーツ系ロックの人気が高く、若いロックファンの興味はハードロックから徐々にアメリカンロックやシカゴブルースへとシフトしていた時期であった。バンドを結成する中高生や大学生も増え、関西周辺ではブルースを聴かない奴はロックを演奏する資格はないという風潮にあった。

70年代前半は日本でもブルースフェスやブルーグラスフェスなどが開催されるようになり、ルーツ志向に拍車がかかっていたように思う。そういう時期であったからか、遅ればせながら聴いたライ・クーダーの音楽は心に染みた。商業的なロック作品とは正反対の仕上がりで、古いブルースやヒルビリー音楽を独自の解釈で演奏していたライはめちゃくちゃ格好良かった。アメリカではフォークリバイバルの波がまだ継続しており、ルーツ系音楽は多くの支持を集めていたから、彼の努力に裏打ちされたパフォーマーとしての圧倒的な力量は、多くのロックアーティストたちに影響を与えることになる。

教師としてのライ・クーダー

ライが取り上げる古いブルースやフォークについて、リスナーは大いに興味をそそられることになった。アルバムに登場する、ウディ・ガスリー、レッドベリー、ジョニー・キャッシュ、ジョセフ・スペンスなど、それらのアーティストについて「オリジナルが知りたい!」と思わせる雰囲気をどことなく感じるのであった。それはまさしく、授業で習った人物や事柄を知りたくなるのと同じようなベクトルなのである。おそらく、ライの音楽を好きになった人は誰もが音楽の知識が豊富になったと思う。少なくとも、僕の周りではそうだった。

続く3rdアルバム『流れ者の物語(原題:Boomer’s Story)』(‘72)でも傾向は同じであった。スリーピー・ジョン・エスティス、ダン・ペン、スキップ・ジェイムズなど、取り上げられた作曲者のアルバムを探して聴くことになるのだが、ライがいかにオリジナルと違うことをやっているかが理解できると、逆に原曲の良さが分かったりして、この作業が楽しくてやめられなくなる。結局はこの“お勉強”のおかげで、カントリーブルースやサザンソウル、カントリー、フォーク、ワールドミュージックまで、ありとあらゆる音楽を聴いていくことになって、ライの仕掛けた罠にまんまとはまっていることに気付くのだ。ライのアルバムで知ったスリーピー・ジョン・エスティスは、彼のアルバム『スリーピー・ジョン・エスティスの伝説』が日本でも73年にリリースされただけでなく、翌74年には第1回『ブルースフェスティバル』に来日するなど、ライのおかげでブルースファンになった者も少なくなかったはずである。

いろいろな音楽への取り組み

これ以降もライは、ハワイアン、テックスメックス、沖縄音楽、キューバ音楽など、いろいろな音楽への取り組みを続け、それは今もまだ続いている。そして、どの作品にもライは心血を注いで取り組んでおり、常に芸術性の高いアルバム作りを継続する。売れないだけで、内容に関しては最高水準なのである。要するに彼のアルバムはロックであるにもかかわらず、商業音楽というよりは芸術音楽的なスタンスなのだ。僕の中ではデビューソロ作こそ少し頭でっかちかなと思うものの、2枚目の『紫の峡谷』から8枚目の『ボップ・ティル・ユー・ドロップ』(‘79)まで、どのアルバムもロック史上に残る重要作だと考えている。スライドギタリストとしての腕前は、どのアルバムにもすごいプレイが満載だが、特に77年のライヴ盤『ショータイム』での「ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート」での長いソロは極め付けの名演だ。

本作『ボーダーライン』について

8作目の『ボップ・ティル・ユー・ドロップ』はロック界初のデジタル録音盤として知られる。このアルバムはライには珍しく全米チャートに顔を出す(62位)のだが、それはR&B、ソウル、ロックンロールなどのカバーが増えたことでポップな味付けが見られるからである。パンクもディスコもAORもライには無縁のものだったのだが、ここにきて王道のポップ路線に参入した意図は図りかねた。

しかし、真摯に音楽と向き合うスタイルは相変わらずで、このアルバムもやはり良い作品であった。アルバムのバックを務めるミュージシャンたちは、ロック界の宝とも言えるような素晴らしいアーティストで、みんなライとは古い付き合いだけに阿吽の呼吸である。ライのファンはポップ路線はこの作品だけだろうと思っていたのだが、9作目となる本作『ボーダーライン』がリリースされると、前作以上のポップ感覚があり、これが意外と受けた。本作も前作同様、珍しくチャートインしている(43位)。

アルバムはウィルソン・ピケットの大ヒット「634-5789」から始まる。オルガンやバックヴォーカルは黒っぽいR&Bテイストではあるが、ライならではのグルーブ感が素晴らしい。「Why Don’t You Try Me」では原曲はサザンソウルだが、ここではテックスメックス風味を持ちつつ、ニューウェイブっぽいシンセが使われていたり、ギターのリフが沖縄であったりと、アレンジが冴えわたっている。他にもドゥワップあり、カントリーソウルあり、スワンプロックあり、マリアッチ、コンフント、ブルース等々…ライのさまざまな抽斗に収められているルーツ音楽がポップに味付けされ、純粋に楽しめるアルバムに仕上がっている。

本作において特筆すべきは、硬派のシンガーソングライターとして知られるジョン・ハイアットがギタリストとして参加していることだろう。ライとスタンスは違うものの、ハイアットもまたルーツ系ロッカーとして優れた人材で、本作にも2曲の自作曲を提供し、ライの音楽に新しい風を吹き込んでいる。また、ベースのティム・ドラモンド(ニール・ヤングの『ハーヴェスト』にも参加している名プレーヤー)とドラムのジム・ケルトナー(アメリカ最高のドラマーの一人)のコンビネーションも文句なしの仕上がりを見せる。普通のエイトビートではないシンコペーションの利いたプレイは、そんじょそこらのミュージシャンでは絶対に真似できない職人技だと言える。特にケルトナーのドラムは、デビューの頃からライの音楽には欠かせないもので、彼が参加することでライの音楽自体が成り立っていると言っても過言ではない。

TEXT:河崎直人

アルバム『Borderline』1980年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. 634-5789 / 634-5789
    • 2. スピードゥ / SPEEDO
    • 3. 今宵は僕と / WHY DON'T YOU TRY ME
    • 4. 荒野をくだれば / DOWN IN THE BOONDOCKS
    • 5. ジョニー・ポーター / JOHNNY PORTER
    • 6. メイク・ア・ブロークン・ハート / THE WAY WE MAKE BROKEN HEART
    • 7. 自動車狂い / CRAZY 'BOUT AN AUTOMOBILE (EVERY WOMAN I KNOW)
    • 8. テキサスの少女 / THE GIRLS FROM TEXAS
    • 9. ボーダーライン/ BORDERLINE
    • 10. ムーヴ・トゥー・スーン / NEVER MAKE YOUR MOVE TOO SOON
『Borderline』(’80)/Ry Cooder

OKMusic編集部

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