フォークからロックへと
転身を遂げたボブ・ディランの
歴史的傑作『追憶のハイウェイ61』

『Highway 61 Revisited』(’65)/Bob Dylan

『Highway 61 Revisited』(’65)/Bob Dylan

アメリカでは公民権運動やベトナム戦争の激化と呼応するかのように、60年代前半は政治的なスタンスを持つプロテストフォークに大きな注目が集まっていた。ボブ・ディランの代表曲のひとつである「風に吹かれて(原題:Blowin’ In The Wind)」(’63)は、抽象的で文学的な歌詞と語りかけるようなヴォーカルで、フォークの可能性を広げることになった。63年7月に出演した『ニューポート・フォーク・フェスティバル』では大喝采で迎えられるなど、新時代のフォークシンガーとして頂点に立つのだが、同時期にビートルズをはじめとしたイギリスのロックグループと接することで、生ギター1本での活動に限界を感じ、徐々にロック的な表現に傾倒するようになる。ディランの6枚目のアルバムとなる本作『追憶のハイウェイ61(原題:Highway 61 Revisited)』(’65)は、フォークのエッセンスとロックサウンドが巧みに融合されたそれまでにない新しいスタイルを持っており、その後のロックの進化に大きな影響を与えることになる。

フォーク時代のディラン

庶民の視点で政治的な歌を歌うウディ・ガスリーに影響を受けたディランは、60年代初頭からグリニッチ・ビレッジでフォークシンガーとして活動する。彼のソングライターとしての才能は、2ndアルバムの『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(’63)の頃にはすでに開花しており、「風に吹かれて」「激しい雨が降る」「くよくよするなよ(原題:Don’t Think Twice It’s All Right)」など、名曲が目白押しである。

5thアルバムの『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(’65)は初めてスタジオミュージシャンをバックに付けたアルバムで、フォークとロックを融合させるディランにとっての最初の実験となったが、それがひとつの引き金となったのか、彼の創作欲はここから旺盛になっていく。

ロックへの転向と
それに伴う歌詞の内省化

65年の7月、『ニューポート・フォーク・フェスティバル』にポール・バタフィールド・ブルース・バンドを引き連れて現れたディランはロックを演奏し、大ブーイングを浴びる。これはかつてフォークとロックが水と油のような関係であったことを証明する事件だろう。当時、フォークソング愛好者が中流階級以上であったのに対して、ロックンロール好きは労働者階級が多かった。その構図は日本でも同じで、アイビーファッションに身を包んだ大学生中心のフォークシンガーと、リーゼントで決めたヤンキー中心のロックンローラーみたいな感じである。

ディランはウディ・ガスリーのような本物の庶民派シンガーを目指しており、そうであるならロックでなければ自分を表現できないと思ったのかもしれない。この頃、ディランはフォークとロックを融合させるべく、コアなフォークファンからは商業主義に迎合したと揶揄されながらも、自分の思い描いた音楽を作り出そうと試行錯誤していたのである。

OKMusic編集部

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