1世紀ほど前に奏でられ、
民衆を沸かした
メンフィス・ジャグ・バンドが
今なお影響を与え続けている理由

『DOUBLE ALBUM』('07)/Memphis Jug Band

『DOUBLE ALBUM』('07)/Memphis Jug Band

曲を書いたり演奏をしたり、音楽をやる動機というのも人それぞれだと思う。聴く人を楽しませよう、惹きつけよう、ウケたい…という真っ当なものもあれば、モテたい…一発当てて儲けたい…なんていう、いささか不純なものだってある。いや、今では尊敬を集める偉大な音楽家になっているアーティストだって、最初はそんないい加減な思いつきで音楽を始めた例が少なくないのだから、取っ掛かりは何だって構わない。中には(レコード/ CDが)売れる売れないに関係なく、自分でうまく歌いたい、ギターを極めたいのだというプレイヤービリティの追求だけが目的で音楽を始める人だっているだろう。

そこで、まだ音楽が今ほどビッグビジネスなものではなく、 生演奏、ラジオ放送が中心で、ようやくレコード(SP盤)が作られるようになってきた1920年代に世に出た彼らは、どんな動機でこの音楽を作り、奏でたのだろうと考える。それは分からないけれど、こんなに最高、ご機嫌な音楽を、きっとやってる本人たちも楽しんでたんじゃないのか? そう、自分たちに楽しもうという意思がなければ、こんな音楽は作れないだろう。

というわけで、今回ご紹介するのはメンフィス・ジャグ・バンド(Memphis Jug Band)である。選んだのは彼らの1927年から1934年にかけて録音された、彼らの代表的な曲をぎっしり集めたもの。ジャケットのイラストを描いているのは、アメリカンコミック界のカリスマ的存在であるロバート・クラム(自身、ルーツミュージックの狂信的なSPコレクターであり、チープスーツ・セレネーダースというバンドを率いて活動中)が担当するという、気合いの入ったコンピ盤である。

ジャグバンド・ミュージックについて

ジャグ・バンド/Jug Bandは1900年代のはじめごろ、アメリカ南部で自然発生的に生まれたバンドスタイルを指す。楽器を買えない貧しいアフリカ系移民が身近な道具、小物を楽器に転用し、不足パートをうめるということで発生したと思われるのだが、たとえばジャグバンドの「ジャグ」(Jug)とは水やウイスキーなどの飲物を貯蔵する陶製の瓶のことだ。この瓶の口にうまく角度をつけて息を吹き込むと「ブォー」と音がする(Jug Blow)。これをベースの音の代わり、あるいは低音パートの管楽器、バスドラムに代用するというわけである。また、洗濯板の波板をこするとジャカジャカと音がして、規則正しくこするとサイドギターのようにリズムを刻むことができる(Washboard)。同じく洗濯用品の金たらい(Tub)を逆さまにして支柱をたて、ワイヤーを張り、それをはじくとたらい部分は音を増幅させる胴になり、ベースとして使える(Washtub Bass)というわけである。それだけでなく、アイデア次第で小物を使った楽器に際限はない。スーパーでもらえるビニール袋をマイクのそばでくしゃくしゃと揉むだけで楽器になるし、サンドペーパー2枚を擦り合わせるだけでリズム楽器として活用しているツワモノを見たこともある。これらの楽器に既存のギターやバンジョー、マンドリンを組み合わせたりして、南部系のブルースやカントリー、ヒルビリーソングなどを演奏するとしよう。すると、これが普通の楽器編成では生み出せないような、なんとも味のあるサウンドになるのだ。

そうしたジャグバンドは1920年代にあちこちで誕生するようになる。なにせ元手がかからず手軽に始められ、うまく演奏ができればウケがいい。ストリートで小銭を稼ぐこともできたし、物売りの口上の伴奏など(メディスン・ショーなどよく知られる)で雇われるなど仕事の口も得やすかった。そうした中でジャグバンドを代表する存在であり、今もなお影響力を発揮し続けているのがメンフィスを拠点に活躍したメンフィス・ジャグ・バンド、ガス・キャノンズ・ジャグ・ストンパーズといったバンドだった。

とにかく音源を聴いてみてほしい。ランダムに、どの曲から聴いてもかまわないだろう。どう? この味わい深さときたら堪らない…。いい感じのヴォーカルにシンプルなギター、そこにカズーが剽軽な味つけを加える。こんなに技巧をこらさず、聴くものの気持ちをグッと掴んでしまう演奏はありそうでない。それぞれの曲もいい。これはつまり、センスがいいということに尽きるだろう。

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

新着