『Silk Degrees』/BOZ SCAGGS

『Silk Degrees』/BOZ SCAGGS

“キング・オブ・AOR”こと
ボズ・スキャッグスを一躍有名にした
名盤『シルク・ディグリーズ』

70歳にして今が一番音楽を楽しんでいると語っているボズ・スキャッグス。なんとも深いというか、“そうなのか”と驚きも感じたが、意欲的に活動を続け、2年振りのアルバム『AFOOL TO CARE』をリリースしたばかりの“キング・オブ・AOR“は6月に来日。全国6カ所でライヴを行なうことが決定している。そのボズ・スキャッグスの名盤と言えば、やはり、1976年、ボズが31歳の時にリリースされたアルバム『シルク・ディグリーズ』だろう。初めてビルボードのトップ10入りを果たし、彼にとってブレイクポイントとなったアルバムである。本作に収録されている楽曲「ロウ・ダウン」でグラミー賞の最優秀R&B楽曲賞を受賞。数々のアーティストにカバーされ、日本ではアンジェラ・アキがカバーしているバラード「ウィ・アー・オール・アローン」はあまりにも有名である。

R&Bに傾倒した少年時代を経て、
30歳をすぎて大ブレイク

ボズ・スキャッグスにはオシャレでセレブなアーティストというイメージが強いかもしれないが、オハイオ州に生まれ、スティーヴ・ミラーにギターを習い、大学時代にブルースバンドを組んでいたという経歴を持つ彼は、実は世に出るまでに苦労した人でもある。1960年代前半にR&Bがブームになっていたロンドンに渡ったボズは数々のバンドで武者修行&インドなどで放浪生活を経験。のちにサンフランシスコに拠点を移し、1968年にリリースされたスティーヴ・ミラー・バンドの1stアルバムに参加したことがきっかけとなり、アメリカで念願のデビューを果たす。その後、R&B 色の強い作品を発表するもヒットには結び付かず、1974年に発表されたオリジナルアルバム『スロー・ダンサー』も素晴らしい作品だったが、より洗練された作風を打ち出したアルバム『シルク・ディグリーズ』で、やっと成功を手にすることになる。

ちなみにAOR(日本ではアダルト・オリエンテッド・ロックの略)というジャンルは当時はまだ存在せず、ボビー・コールドウェルなどのアーティストが脚光を浴びた頃、ボズ・スキャッグスがAORの代表的アーティストとして紹介されるようになった。日本でも『シルク・ディグリーズ』は高い評価を得て、カフェやアメリカンスタイルのお店(今はなきレーザーディスクがあるような場所)に入ると、いつもボズ・スキャッグスが流れていた記憶がある。海にドライブに行く時にこのアルバムを流していた人も多かったのではないだろうか。ドライブミュージックと言えば日本のアーティストなら山下達郎やサザンオールスターズやユーミンが定番だった時代である。個人的な好みを言うとこのアルバムで最もリピートして聴いたのは5曲目に収録されているメロウで奥行きのあるバラード「港の灯(ハーバーライツ)」である。潮風を感じながら聴くと格別なこの曲は、のちにサンフランシスコのフィシャーマンズワーフの景色を見た時も頭の中に鳴り響いていた。ボズ・スキャッグスが暮らしている海のある都市の風景とオーバーラップし、より楽曲の世界に近づけた気がしたのかもしれない。

アルバム『シルク・ディグリーズ』

スタジオミュージシャンとして参加していたデヴィッド・ペイチ(アレンジも担当)、ジェフ・ポーカロ、デヴィッド・ハンゲイトが後にTOTOを結成したというエピソードとともに語り継がれ、聴き継がれている不朽の名盤。学生時代はボズの艶のある声の響きやサウンドの心地良さに魅かれて聴いていた記憶がある。一番の好物はパンクロックやロックンロールだったのだが、このアルバムはホッと一息つきたい時、リラックスタイムにぴったりだった。太陽が照り付ける真昼に聴いてもサンセットタイムに聴いても夜、聴いてもオールタイム、不思議とハマるアルバムなのである。

改めて本作を聴いて思うことはボズ・スキャッグスの歌の上手さと声色の豊かさだ。モータウンの影響を感じさせる「ジョージア」のファルセットを巧みに使ったヴォーカルスタイル、ルーツであるR&B、ロックンロールテイストが強い「ジャンプ・ストリート」の躍動感あふれる歌いっぷり、ボズが10代の頃からリスペクトしていたニューオリンズ生まれのピアニスト、アラン・トゥーサンのカバー「あの娘に何をさせたいんだ」の味のある歌、そして「港の灯」のまさにアダルトでロマンティックな表現へと。ここからファンクなビートと女性コーラスがスパイスになっている「ロウダウン」へと移行する展開も素晴らしく、なぜこのアルバムが飽きなかったか、分かるような気がする。ホーンセクションとデヴィッド・ペイチのキーボードが印象的なライヴ感たっぷりのボズの歌が聴ける「リド・シャッフル」で盛り上げ、ラストを締め括るのはリタ・クーリッジなど数々のアーティストにカバーされた珠玉のバラード「ウィ・アー・オール・アローン」。AORという括られ方だけではもったいない。ジャンルを超えて聴き継がれる名盤だと今も思う。

著者:山本弘子

OKMusic編集部

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