スライドギターの概念を変えた
デビッド・リンドレーの
『ウィン・ジス・レコード』は
時代に左右されない作品だ

『Win This Record』(’82)/David Lindley

『Win This Record』(’82)/David Lindley

デビッド・リンドレーと言えばジャクソン・ブラウンの名前が浮かぶほど、その関係は深い。特に『レイト・フォー・ザ・スカイ』(‘74)のタイトルトラックでの寂寥感に包まれた味わい深いギターソロはまさに名演で、リンドレーの名がロックファンの心に刻みつけられた忘れられない一曲となった。しかし、彼の天才はラップ・スティールによるスライドプレイにあり、『プリテンダー』(’76)以降のジャクソン・ブラウン作品でのプレイは、どんどん凄みを増していった。そのプレイに魅せられた多くのファン(もちろん僕も含めて)は彼のセッション作品も聴かずにはおれず、彼が参加しているというだけでアルバムを購入し、やっぱりその演奏に引き込まれるのである。今回は80年代初頭にリンドレーが結成したエル・ラーヨ・エキス名義としては1作目となる『ウィン・ジス・レコード』を取り上げる。

スライドギターとスティールギター

リンドレーはギターだけでなく、バンジョー、フィドル、マンドリン、ラップ・スティール、ブズーキ、シタール、チャランゴ、ウード等々、各種楽器をマスターしたマルチ・インストゥルメンタル奏者である。特にスティールギターの一種であるラップ・スティールをロックの世界に持ち込んで、それまでのスライドギターの概念を根本から変えてしまった功績は、とてつもなく大きいと言えるだろう。

通常、スライドギターはボトルネック奏法とも呼ばれ、金属もしくは瓶を使って弦にスライドさせて音を出す奏法のこと。もともとはロバート・ジョンソンやサン・ハウスらデルタブルースのアーティストが編み出し、その後マディ・ウォーターズやエルモア・ジェイムズらアーバンブルースのプレーヤーが、エレキに合ったサウンドを模索しながら進化した。ロック界ではデュアン・オールマン、ライ・クーダー、ローウェル・ジョージ、デレク・トラックスらがブルースのスライド奏法をアレンジし、ロックに合った弾き方を生み出している。

一方で、ハワイアンスティールと呼ばれる、スライド奏法でのみ使えるハワイアン音楽専用の楽器が30年代に登場し、天才スティールギタリストのソル・ホーピーによってジャズと結び付きながら独特の進化を遂げる。戦前にはラテン、ハワイアン、ブルース、スウィングジャズなどをミックスした元祖アメリカーナ音楽とも言えるウエスタン・スウィングに使われることで、ハワイアンとは違うアメリカ本土のスティールギター奏法が生まれる。これがカントリー音楽で使われるようになると楽器の改良が進み、ペダルスティールギターが開発されるなど、ブルースのスライド奏法とは違うイディオムが誕生する。

ブルースルーツのスライドと
カントリールーツのスライド

リンドレーはブルースルーツのボトルネック奏法ではなく、ハワイアン〜カントリールーツのラップ・スティール(足のついた普通のスティールギターのコンパクト版で、膝に乗せて使用する)を使うことで、これまでのスライドギタリストとは性質を異にしたスタイルを確立する。彼が登場するまでロックの世界でカントリースタイルのスライドを弾いたのは、デュアン・オールマンがカウボーイの2ndアルバム『5‘ll Getcha Ten』(’71)にドブロギターで参加した「プリーズ・ビー・ウィズ・ミー」と、ジェシ・デイヴィスが自身のソロ『Ululu』で弾いた「ホワイト・ライン・フィーヴァー」(‘72)あたりが思い出されるぐらいで、非常に少ない。その理由としては、カントリースタイルの場合、スライドではなくペダル・スティールを使ったほうが効果的だからだと思う。

リンドレーはラップ・スティールを使って強いディストーションの掛かったロングサステインのサウンドを創り、ブルースでもカントリーでもないロックのスライド奏法を編み出した創始者である。そのプレイは実に繊細かつ大胆で、彼のフォロワーは次々に現れるのだが、未だ彼のように琴線に触れる演奏をする者はいない。

OKMusic編集部

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