Beck、グランジ以降のオルタナティブ
ロックを牽引した名作『メロウゴール
ド』

1980年代、商業主義に背を向けていたインディーズ系のロッカーたちが、90年初頭になると急激に人気を集め“オルタナティヴロック”として認知されるようになった。特に、ニルヴァーナやパールジャムなどに代表される“グランジ”は熱狂的に支持されたが、90年代中頃になると彼らのフォロワーらが激増し、若者たちは次なるオルタナティヴを求めていた。ここで登場するのがGラブやソウル・コフィンなど、ヒップホップとルーツ音楽を混ぜ合わせたスタイル。中でも、ベックはその代表格だと言えるだろう。93年のデビューから現在に至るまで、ロックの歴史を変えるような重要作を生み出し続けている。その原点となったのが彼のメジャーデビュー作『メロウ・ゴールド』だ。

オルタナティヴロックが輝いていた90年

パンクロックでさえも大手レコード会社に取り込まれた80年代。MTVの台頭もあって“売れるものと売れないもの”“メジャーとインディーズ”、これら両者の壁は広がりつつあった。そんな中、録音機器が安価になり、自宅でひっそりと4トラックや8トラックのレコーダーを使って自作曲を宅録する若者が増えていた。また、新しい音楽を紹介するカレッジ・ミュージック・ジャーナルというチャートも生まれ、商業主義にとらわれない世界中のポピュラー音楽を聴く若い音楽ファンは確実に増えていった。余談だが、日本の少年ナイフ、チボ・マット、ピチカート・ファイブ、ボアダムズらも、このチャートで多くのファンを全米で獲得している。
90年代初頭には、冒頭でも述べたようにニルヴァーナやパール・ジャムらが人気を集め、グリーンデイの『ドゥーキー』(‘94)が1000万枚以上を売上げることで、グランジ熱はピークに達する。90年代中頃になると、新しく登場してきたグループやシンガーの中からグランジ以外のふたつの流れが生み出される。ひとつは、ブルースやカントリーといったルーツ音楽に影響を受けたオルタナティヴなロッカー、もうひとつはオルタナティヴな音楽に影響を受けたカントリーやブルースのミュージシャンだ。
前者の代表的なミュージシャンとしては、ベック、G・ラブ、ジョン・スペンサー、ケヴ・モー、ベン・ハーパーなどで、後者にはフーティ&ザ・ブロウフィッシュ、ルシンダ・ウィリアムス、スティーヴ・アールらがいる。2016年現在、どちらの流れも健在で、今年のグラミー賞で3部門を獲ったクリス・ステイプルトンは後者のひとり。

ベックの音楽的背景

ベックは1970年に生まれている。彼の父親はアレンジャー(主にストリングスアレンジ)のデビッド・キャンベル。キャンベルと言えば、70年代前半のウエストコーストロックの代表作には必ずと言っていいほどクレジットに登場した著名人で、最近ではリンキン・パークやアヴリル・ラヴィーンらのバックも務めている。
彼は幼少の頃から父親のレコードコレクションを聴きあさりつつ、同時代の音楽も身につけてきた、いわば音楽オタクである。特にブルース、カントリー、フォークソング、プロテストソング(1)など、アメリカンルーツ音楽をかなり勉強していることが彼の作品からも分かる。小さい頃から良い音楽を知っていることは、自身の音楽を構築する上で大いなる武器になっている。ベックは頭の中のルーツ音楽の知識と肉体的なヒップホップ感覚を巧みにミックスし、それまでには存在しなかった全く新しいロックを生み出したのである。

『メロウ・ゴールド』に収められた「ル
ーザー」の衝撃

どこで知ったのかは忘れてしまったが、僕は本作『メロウ・ゴールド』の先行シングルとしてリリースされた「ルーザー」を初めて聴いた時の衝撃は、今でも忘れられない。
戦前のカントリー・ブルース(2)のようなスライドギターで始まり、リズムが重なると今風のブレイクビーツ(3)に展開。歌が始まると「ボブ・ディランがラップやってる!?」と勘違いしそうになるほど、ディランっぽさがある。その上、サビの部分では70年初頭まではロックでもよく使われた電気シタール(4)までが登場…「なんだこれ!?」となって、すぐに購入したのだ。
他の収録曲も、もちろん興味深い作品ばかりで、オルタナティヴフォークロックあり、ドアーズ風ゴシックロックあり、ノイズありと盛りだくさんだ。特に、いろんな曲に少しだけ使われるサンプリング・ネタには興味をそそられる。クレジットされているのはドクター・ジョンの曲だけだが、ガムラン(5)やマリアッチ(6)などの断片が明らかに使われており、20代前半の若者とは思えない彼のセンスと知識には驚くばかりだ。
最初は奇をてらっただけのイカサマ音楽家だと思っていた(失礼!)が、本作を何度も聴いていると、さまざまなポピュラー音楽の要素が詰まった上に、オルタナティヴな時代のスパイスをちゃんと盛り込んでいることにしばらくしてから気付いた。我ながらもうろくしたなぁと思わざるを得なかったが…いやぁ、勉強させてもらいました♪

本作のキーは「ローファイ」「ヒップホ
ップ」「アメリカンルーツ」

本作の特徴は「ローファイ(7)」「ヒップホップ」「アメリカンルーツ音楽」にある。一見すると相性の悪そうなアイテムだが、ベックに料理されるとベストマッチングになるから不思議なものだ。シンガーソングライターでもないし、ラッパーでもない、ベックという“オタク”オルタナティヴロッカーの才能を知るには、本作が最も適していると僕は思う。
次作となる『オディレイ』はダスト・ブラザーズとタッグを組み、サンプリング中心の音作りがなされている。それだけに少し手作り感が弱まってしまっているが、『メロウ・ゴールド』におけるルーツ音楽のようなテイストは奇跡のような出来事だと思う。このアルバムをカントリー、フォーク、ブルースの入門作品として聴くというのも面白いだろう。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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