ひとりの人間としてのジョン・レノン
に触れられる名盤『イマジン』

ビートルズ時代、新聞や雑誌、テレビをはじめとするメディアに、興味本位による虚像を作り上げられたジョン・レノン。もちろん、彼の苦悩がどれほどのものか我々凡人には知る由もないが、ビートルズ解散後にリリースされた初のソロアルバム『ジョンの魂』(’70)は、一般のリスナーにも彼の本当の人間性が理解できるような仕上がりになっていて、表現者としてのジョン・レノンの天才ぶりがよく分かる大傑作であった。そんな彼がソロ第二弾として送り出した作品が本作『イマジン』。前作と比べると、70年初頭に大流行した内省的なシンガー・ソングライター的表現が強くなってはいるが、アルバムとしての完成度はさらに増している。本作がジョン・レノンのソロ時代における代表作だと言い切ってもよいだろう。彼の内面の叫びがビシビシと伝わってくる傑作だ。

優れたロック作品が次々にリリースされ
た70年代初頭

1950年代の終わり、ポピュラー音楽界に華々しく登場したのが“ロックンロール”という新しい音楽。このロックンロールは多くの偉大なミュージシャンたちによって研ぎ澄まされ、60年代に大きく飛躍したのだが、進化の中で登場したビートルズとボブ・ディランが大きな役割を担うことになった。彼らの実験的かつ真摯なアルバム制作にインスパイアされた若者たちが育っていくことによって、まだまだいろんな場所で火種がくすぶり続けていた。
60年代中頃には、ビートルズやボブ・ディランに影響を受けたミュージシャンたちが音楽シーンに参入し、1968年から1971年あたりには、すでに現在のロックとさほど変わらない形態になっている。僕は、この時代こそがロックが完成する爆発的な4年間だったと個人的には考えている。この4年でハードロック、ヘヴィメタル、プログレ、フォークロック、パンクロック、ポップロック、ブルースロックなど、現在のロックのスタイルのほぼ全てが出揃っている。ないのはラップぐらいではないか?…と思えるほど、多種多様化な革新的なアルバムが登場している。

ビートルズ解散後、裸になったジョン・
レノン

こんな中、激動の70年にビートルズは解散し、個人名義では初の作品となる『ジョンの魂』では、彼のパーソナルな人間性を表現するために、必要最小限のシンプルな演奏をバックにつけて、ある曲では静かに、ある曲では激しく、素のジョン・レノンをリスナーに伝える努力をしていた。それはスーパースターとなってしまったビートルズ時代の作り上げられた虚像に終止符を打つため、また自分の正直な気持ちを披露するための挨拶や再スタートといった意味もあったのだろう。『ジョンの魂』は荒削りなサウンドの中にも彼の優しさがしっかり伝わる、ロック史に残るアルバムとなった。

『イマジン』の手法と音づくり

『ジョンの魂』の表現方法は、1年後にリリースされた本作『イマジン』でも踏襲されている。ちょうどこの頃、キャロル・キング、ジェームス・テイラー、エルトン・ジョン、ニール・ヤングらに代表される、シンガー・ソングライター(SSW)と呼ばれる自作自演のミュージシャンたちが登場してきたのだが、彼らの手法が“個”の自分を等身大に表現するのに適していたスタイルであっただけに、ジョンも彼らの制作方法を見習って、手工業的な作品づくりを目指していたように思う。
『イマジン』では前作よりもストリングスが随所に使われており、フィル・スペクターの関与が前作より大きくなっているのは間違いない。アルバムの参加メンバーが前作より多く、ジョンだけでコントロールするのが難しかったのかもしれないが、信頼しているスペクターにプロデュースを任せることで、自分は歌と演奏に集中したかっただろう。前作同様、ベースはクラウス・フォアマンでドラムはリンゴ・スターからアラン・ホワイト(のちにイエスに加入)にスイッチ、ピアノにはニッキー・ホプキンス、ギターにジョージ・ハリスン、サックスにはキング・カーティス、そしてビートルズの弟分、バッドフィンガーからジョーイ・モランドとトム・エヴァンズも参加している。
本作では、『ジョンの魂』と比べ、意識的にかなり泥臭い音づくり(特にジョージが参加した曲)になっている。当時ジョージ・ハリスンはブルースやカントリーをルーツにしたスワンプロックがお気に入りであったから、その影響がジョンにも及んでいたのかもしれないが、どちらにしても、ジョンは参加メンバーと十分にコミュニケーションしながらスタジオでの作業を行なったことが推測される。

『イマジン』の収録曲

本作のレコーディングは短く、たった9日間で終わっているが、それは本作用に書き下ろされた曲は5曲ほどで、それ以外の楽曲はビートルズ時代に書かれたり、『ジョンの魂』録音後すぐに書かれていたりと、ジョンの中でそれぞれの楽曲の完成イメージが出来上がっていたからであろう。

では、収録曲を順に見ていこう。
タイトルトラックの「イマジン」は、聴いたことがないという人が果たして存在するのだろうか? …と思うほど、世界中の人たちに知られている名曲中の名曲。平和への願いがシンプルな歌詞で表現されており、今年も12月8日のジョンの命日(亡くなったのは1980年なので、今年でもう35年になる…)には、世界の至るところで歌われるのだろう。ジョンが書いた数多くの曲の中でも、ベストワンに挙げる人は多い。

2曲目の「クリップルド・インサイド」は、本作中唯一のカントリーロック・ナンバー。ジョージ・ハリスンのドブロギター(1)とニッキー・ホプキンスのホンキートンク・ピアノ(2)がパブロック(3)のテイストを醸し出している。ジョージが好きなデラニー・アンド・ボニーやザ・バンド風に仕上げている。

(1)…https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%82%BF%E3%83%BC
(2)…https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E3%82%AF
(3)…https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF

続く「ジェラス・ガイ」は、「イマジン」と並んでジョンの作品中、最高位に入る名曲。原曲はビートルズ時代に書かれており、後年その音源はCD化されている。カバーも多く、特にジョー・コッカーとダニー・ハサウェイのヴァージョンは名演だと思う。

4曲目の「イッツ・ソー・ハード」は3連のロッカバラードで、フィル・スペクターらしいちょっとうるさい(笑)ストリングス・アレンジが聴ける。この録音に参加したサックスのキング・カーティスは、レコーディングの帰りに刺殺されており、これがカーティスの遺作となった。また、ドラムのジム・ゴードンはデレク&ザ・ドミノスのメンバーとしても知られるが、後年母親を殺し終身刑を宣告されている(もちろん現在も刑務所内)。

5、6曲目の「兵隊にはなりたくない」と「真実が欲しい」は、どちらもブルージーで泥臭いロック。ジョージ・ハリスンと同じくジョンも、デラニー&ボニーやザ・バンドなどに影響を受けていた時期であったのだろう。特に、ジョージのスライドギターはアメリカ南部の雰囲気を演出している。なお、「真実が欲しい」はビートルズ時代に書かれていた曲だけに、いかにもそれ風に仕上がっている。

7曲目「オー・マイ・ラブ」は、ヨーコとの共作で、これもビートルズ時代に書かれていた曲である。美しいメロディーにのせて歌われるジョンの囁くようなヴォーカルが悲しげだ。「真実が欲しい」と同じく、ビートルズの作品と言っても違和感はない。ジョンの天才ぶりが分かる隠れた名曲のひとつ。

8曲目の「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ?」はよく知られているように、ポール・マッカートニーを痛烈に批判した曲。批判の内容は下記(4)をご覧いただくとして、ひと言付け加えたいのは、ジョンとポールの不仲については、第三者がとやかく言うことではないと思う。文句を言い合っていても、お互いをリスペクトしていたことは間違いないのだ。

(4)…https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%97%3F

9曲目「ハウ?」は、ジョンの生き様を綴った曲だが、スペクターのストリングスがビートルズの「ロング・アンド・ワインディング・ロード」のアレンジと似ている。異論はあるだろうが、僕は個人的には「ロング・アンド〜」も「ハウ?」もストリングがないほうが良いと思う。曲全体を通して伝わってくる優しさこそがジョンの味わい深さで、彼の人柄が分かる曲のひとつ。

最後の「オー・ヨーコ!」は、ジョンの天才メロディーメイカーぶりが発揮された佳曲で、聴いてる者を包み込むようなオーラを感じる。多くの人がジョン・レノンをイメージするのはこの曲に漂う感覚ではないだろうか。
最後になるが、僕は『ジョンの魂』は素のジョン・レノンを知ってもらいためにリリースし、『イマジン』はジョン・レノンというひとりの音楽家が最高の内容を目指してリリースした作品だと考えている。これは、どちらが良いかという意味でなく、ひとりの人間として、またひとりのミュージシャンとして、どちらもジョン・レノンの真摯な生きざまがはっきり見える、表裏一体の名盤だと思う。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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