ポップアートを音楽で表現したテクノ
の元祖クラフトワークの『アウトバー
ン』

1970年代末から80年代初頭にかけて登場した、シンセサイザーを前面に押し出したテクノポップ。YMO、バグルズ、ゲイリー・ニューマン、ディペッシュ・モード、ディーヴォなど、その無機質なサウンドと未来的な感覚は日本でも大いに受けた。デジタル機器の性能がアップするに従って、シンセを使ったポピュラー音楽はどんどん進化していくのだが、テクノポップの進む道を切り開いたのが今回紹介するクラフトワークだ。日本でアルバムがリリースされた当初は、プログレのグループとして扱われていたのだが、テクノポップが出現して初めて彼らの先見性が認知されたのである。彼らのアルバムの中でももっとも重要な作品が『アウトバーン』で、ロックの世界にテクノの“テ”の字もない1974年にリリースされている。

誰も真剣に聴こうとはしなかった初期の
シンセ音楽

1972年、僕がまだ中学生の頃にはすでに、ハードロック、プログレ、ジャズロック、フォークロック、ブルースロック、カントリーロックなどが巷にあふれ、ロック界は全盛期を迎えていた。少なくとも人力演奏によるロックにおいては、現在のロック界とさほど変わらないぐらいの多種多様なジャンルが存在していたと言えるだろう。そんな中、学校帰りの僕はいつものようにレコード店でチャート(行きつけの店では、毎週売り上げベストテンを壁際に10枚ディスプレイしていた)を確認していると、ホットバターという馴染みのないグループの「ポップコーン」という曲がチャートインしていた。
当時は、エルトン・ジョン、スリー・ドッグ・ナイト、キャット・スティーブンス、シカゴ、バッドフィンガーのようなチャートの常連グループやシンガーがどんどん新曲を出していたから、いくらお金があっても足りなかった…というよりお金はなかったから、シングル盤と言えども、吟味に吟味を重ねて購入するのが普通であった。だから、この時もホットバターはスルーしていたのだが、1週間も経たないうちにラジオからこの「ポップコーン」が聴こえてきたのである。なんでも外国ではめちゃくちゃ売れているらしいというDJの話だったので期待していたが、当時のロック少年にしてみると、この曲はかなり気の抜けた音楽だという印象であった。当時、大人たちの間で流行していたポール・モーリアやフランク・プールセル楽団によるイージーリスニングのほうが、まだましだと思ったぐらいで、運動会の時にかかる行進曲やポルカと同等の価値(後になって、これらの曲の魅力に取り憑かれることになるのだが…)しかなかった。ところが、この「ポップコーン」こそモーグ・シンセサイザーをポピュラー音楽に使った最初期の音楽だということを、テクノポップが流行する80年初頭に知るのである。

モーグ・シンセサイザーのロックへの貢

モーグはELPのキース・エマーソンをはじめとしたプログレのグループが使用することで改良が繰り返され、70年代中期には楽器として大きく進化する。モーグの進化の手助けとなったのがキース・エマーソンであり、「ポップコーン」のオリジナル演奏者ガーション・キングスレイであった。キングスレイのオリジナル「ポップコーン」は69年にリリースされていて、まさにシンセサイザーによる新たな音楽を創りだそうとしていたのである。ホットバターの「ポップコーン」はガーション版のカバーで、カバーのほうが世界的な大ヒットとなったわけである。70年初頭にはまだまだ稚拙なことしかできなかったモーグではあるが、ドイツからクラフトワークが登場することで、テクノポップという新たなポピュラー音楽が生まれることになるのである。

クラフトワークというグループ

クラフトワークは1970年に西ドイツ(当時のドイツは西ドイツと東ドイツに分かれていた)のデュッセルドルフで結成された。核となるメンバーはラルフ・ヒュッターとフローリアン・シュナイダーのふたりで、どちらも正規の音楽教育を受けているインテリだ。彼らはポピュラー音楽をやるために集まったのではなく、ヨーロッパ人としてのアイデンティティーを見つめ直し、英米に侵略された商業音楽をゲルマン民族に取り戻すために立ち上がった…まぁ、ここまでの意識はなかっただろうが、確実に言えることは、それまで培ってきた学問としての芸術としての音楽を、自分たちなりに表現するためクラフトワークを結成したことだろう。
それは重厚で深い歴史を持つヨーロッパの芸術に対抗して、アンディ・ウォーホルがニューヨークらしさを活かした商業的芸術(ポップアート)を創造した感覚に似ているのではないだろうか。ドイツ人は自らの文化に誇りと自信を持っているので、クラフトワークのふたりもイギリスはともかく、アメリカのような若い国に追随するのは我慢ならなかったはずである。
クラウトロック(1)というジャンル(ジャーマン・ロックとほぼ同意)がある。タンジェリン・ドリーム、カン、アモン・デュール、ファウスト、ノイなど、ひと癖もふた癖もあるグループであるが、1度はまると抜け出せないような奥深さのある音楽で、アメリカやイギリスのグループには決して出せない芸術性を持っている。彼らもクラフトワークと同様、アメリカのロックには迎合せずに独自のスタンスで勝負している。
話を戻すと、音楽学校で出会ったラルフ・ヒュッターとフローリアン・シュナイダーはともに即興音楽を専攻(ここには現代音楽やフリージャズも含まれるはずだ)しており、実験的な電子音楽に取り組むようになる。そして、70年にデビュー。当時の最新テクノロジーを駆使し、スタジオで練り上げたその音楽は、ロックの枠内では誰も到達したことのない革新的なサウンドであった。彼らの試みは74年の4thアルバム『アウトバーン』で結実する。77年には彼らの最高傑作とされる『ヨーロッパ超特急(原題:Trans-Europe Express)』をリリース、以降のテクノポップ、シンセポップ、ハウス、ヒップホップなどの最先端の音楽に大きな影響を与えることになるのである。

本作『アウトバーン』について

何と言っても圧巻は、22分にも及ぶ1曲目のタイトルトラック「アウトバーン」だ。当時高価だったミニ・モーグを全面的に使用し、ドラムマシーンやシーケンサー(2)による人間の香りがしない無機質な音楽に、僕はリアルタイムで理解できなかった。キング・クリムゾンやELPのようなプログレとはまったく違う音楽だし、演奏している人間の顔が見えないというか、当時は無味無臭の無菌室のようなイメージしか持てなかった。それが80年代に入ってテクノポップが全盛になると、不思議なもので理解できるようになったのだ。おそらくこの感覚こそが、彼らの音楽に“時代が追い付いた”というものだろう。
サウンドの基本は、ドイツの高速道路アウトバーン(3)を走っている車を表現したもの。ビーチボーイズの「ファン・ファン・ファン」(‘64)をもじった機械的な声がたまに聴こえるだけで、あとは延々とアウトバーンを走っている車を表現しているだけである。通り過ぎる反対方向の車なども聴こえてくるが、それも本来の車そのものではなく、デフォルメされたサウンドであるところがミソである。「炎のランナー」(’82)や映画『ブレードランナー』(‘82)の音楽(どちらも作曲はヴァンゲリス)が、このアルバムのイメージと似ていると僕は思う。
収録曲は全5曲。ポップな要素はほとんどなく、車窓から見える風景を音楽にしたものと考えていいだろう。奏でられる音楽に人間的な部分は皆無で、あくまでも無機質・機械的にこだわった作品となっている。ある意味で、アンビエント音楽(4)やミニマル音楽(5)のようなテイストもあるが、無機質であるにもかかわらず、しっかりとロックスピリットが感じられるところが不思議である。まぁ、だからこそテクノポップやヒップホップに影響を与えているわけだが…。テクノやユーロビートの先祖を知りたい人は、本作を聴いてもらいたい。必ず新しい発見があると思うのだ。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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3コメント
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