フィル・スペクターによって
再構成されたビートルズの
『レット・イット・ビー』

LET IT BE』(’70)/The Beatles

LET IT BE』(’70)/The Beatles

本作『レット・イット・ビー』はビートルズが最後にリリース(最後の録音ではない)したアルバムとして知られる。メンバー間の不和からくるゴタゴタやフィル・スペクターによる過度のプロデュースなど、当初から音楽面以外のゴシップ的側面が増幅された情報が飛び交い、リリース当初より現在のほうがマイナスイメージを持たれているかもしれない本作だが、音楽面に絞って言えば「傑作!」のひと言だ。華のある『アビー・ロード』と比べるとキャッチーさには欠けるかもしれないが、耳の肥えたリスナーを納得させるだけの燻し銀のような内容に仕上がっている。

ライヴ録音とスタジオ録音

リヴァプールの小さなライヴハウスでビートバンドとしてデビューしたビートルズ。デビュー直後から大ヒットを連発し、若い女性を中心としてファンは増え続ける一方だった。デビュー時から続けていた世界ツアーは、コンサートやテレビ出演などを中心にした強行スケジュールで、メンバーの心身を疲労させ苛立ちを募らせていく。

62年のデビューから、たった4年しか経っていない66年にはツアー生活をやめ、彼らはレコーディングに専念するようになる。それが功を奏してか、この頃からジョンもポールもソングライターとしてのレベルがジャンプアップしている。アルバムで言えば『リボルバー』(’66)以降の時期である。録音機器の進化もあって、初期のような一発録りではなく、オーバーダビングを繰り返して質の高い作品を生み出していった。67年にリリースした『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』は、まさに演奏そのものよりも編集作業に大きく時間を割き、ロック史に残る名盤となった。

ただ、キメは粗いかもしれないが、一発録り独特のグルーブは何物にも代え難い高揚感を生み出すのも事実である。現在のようにスタジアムでも野外会場でも問題なく音楽を楽しめるような技術とPA設備が60年代に存在していれば、本来は人前で演奏するのが大好きなだけに、彼らもライヴツアーを続けただろうと思うのだ。

スタジオでの音楽作りが続くと、コラージュのような切り貼りに慣れ、ライヴで演奏できないような曲も増えていく。68年にはザ・バンドがデビューし、稀代の名盤『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』がリリースされる。彼ら(特にジョージ)は土臭くハンドメイド的な雰囲気を持つこのアルバムに衝撃を受けたこともあって、グループの在り方を見つめ直そうとしていた。ポールの「昔に戻って小さいライヴ会場で生演奏したい」という考えはメンバーから失笑を買ってはいたが、他のメンバーも肥大化してしまったグループをなんとかしなくてはいけないことは分かっていた。メンバー間の話し合いの末、「オーバーダビングをしない一発録り」でアルバムを制作することになった。それがドキュメンタリー映画の撮影と併せて録音もする新たな企画『ゲット・バック・セッション』であった。

原点に戻るために企画された
『ゲット・バック・セッション』

そもそも『ゲット・バック・セッション』は、こういう意図で行なわれたのであり、自作曲だけでなく、カバーやトラッドなども数多く録音していった。これは、ザ・バンドがボブ・ディランとやった『ベースメント・テープ』のビートルズ版のような気もするが、事実、このセッションで彼らはザ・バンドやディランのレパートリーを数曲やっているので、バンドとディランのセッションが彼らに影響を与えているのは間違いないだろう。

しかし、このセッションが進行するうちにメンバー間の衝突が絶えなくなり録音は頓挫してしまう。この数カ月後、心機一転して『アビー・ロード』のレコーディングを一気にやり、リリースすると大きな評価を得た。そんなわけで『ゲット・バック・セッション』については忘れられるのだが、もちろんレコード会社としてはドル箱のテープを放っておけるはずもなく、ナチュラルな音作りに定評があったグリン・ジョンズにプロデュースを依頼するがメンバーからは駄目出しの連続で、結局はフィル・スペクターが全面的に作業することになる。

ところがスペクターの編集は華美というか、悪く言えば大袈裟な音作りであり、「一発録り」でも「オーバーダビングしない」でもなく、ビートルズのメンバー(特にポール)が考えていたイメージとは大きく異なり、メンバー間の溝は広がる一方で、一気に解散へと突き進むことになるのである。

本作『レット・イット・ビー』について

本作は69年1月にドキュメンタリー映画のために録音された『ゲット・バック・セッション』の中から、フィル・スペクターが選曲及び編集作業を行ない、世に出たものだ。一部は70年初めに録音されているものもある。余談であるが、本作は僕が中学1年生の時に初めて買ったロックのLPで、毎日毎日擦り切れるほど聴いた大好きなアルバムである。収録曲は全部で12曲。

「Two Of Us」…彼らにしては珍しくパブロック的なテイストを持ったアコースティック風のナンバー。リンディスファーンやマクギネス・フリントに影響を与えたと思われる。ザ・バンド・ミーツ・ブリティッシュトラッド的な香りもあるビートルズ後期の名曲のひとつ。

「Dig A Pony」…ビートルズというか、ジョン・レノン節全開の一発録りのナンバー。ジョージのサザンソウルっぽいリズムギターと、リンゴのレイドバックしたドラミングが聴きもの。ジョンのヴォーカルも力が抜けて◎。

「Across The Universe」…ジョンの名曲。書かれてから時間が経っており、これまでにレコーディングはされていたがようやく陽の目を見た。スペクターのストリングスアレンジとバックヴォーカルの大げさ感は半端ないのだが、いくつかあるテイクの中では僕はこれが一番好きかもしれない。名曲だけにカバーバージョンも多い。

「I Me Mine」…ジョージの佳作。ビートルズ解散前、最後にレコーディングされた曲がこれ。残念ながらジョンは参加していない。

「Dig It」…ジョンの語りのみで1分足らず。語呂合わせの単語を言うだけの小品だが、次の「Let It Be」への導入部分として大きな意味を持つ。スペクター・マジックが感じられる編集だ。

「Let It Be」…言わずと知れたポールの名曲中の名曲。ビリー・プレストンの鍵盤が素晴らしい。僕は間奏でジョージのギターが大きくフィーチャーされたアルバムバージョンが好きだが、かつてのシングル盤の間奏部分はごちゃごちゃしてて好きになれなかった記憶がある。リンゴのドラムも相変わらず良い。

「Maggie Mae」…トラッド曲を取り上げたもの。コメディタッチのカントリーっぽい演奏だけれど、重厚な「Let It Be」の後に配置するところなど、彼ららしいユーモア(というか悪ふざけ?)が感じられる。

「I’ve Got A Feeling」…一発録りで、実にソウルフルな仕上がりになっている。イントロのギターはデイブ・メイソンの「Only You Know And I Know」にそっくりで、途中のジョージのギターはロビー・ロバートソンを意識している。スワンプロックしたかったんだろうなぁ。アーシーさが実に良い。

「One After 909」…ジョンが10代の時に書いた曲で、古くからのレパートリー。本来はロックンロールスタイルなのだが、本作でのアレンジは泥臭いスワンプ作品となっている。ここでもビリー・プレストンのエレピ(ウーリッツァーかな)とジョージのギターが素晴らしい。

「The Long And Winding Road」…ポールとスペクターの確執で知られるナンバー。ポールの代表曲のひとつ。ストリングスが重厚すぎてポールは激怒したのだが、僕は他のテイクで聴けるバンド演奏のみのアレンジが好きだ。要するにポール派ってこと。曲は文句なしなんだけどね。

「For You Blue」…ジョージ作のブルースロックナンバー。実に泥臭いサウンドで、当時の世界的なスワンプロックブームが彼らにも影響を与えていたということがよく分かるアレンジだ。

「Get Back」…ビートルズを代表する名曲のひとつ。初期レノン=マッカートニーの作風を彷彿するスタイルで、『ゲット・バック・セッション』の名に相応しい初心が生かされた作品だ。ここでのプレストンのエレピは彼の全プレイの中でも最高のできではないか。鳴りっぱなしのリードギターはジョンが弾いている。

…とまあ、今回はビートルズの名盤『レット・イット・ビー』を取り上げたが、2016年に黒人アーティストによるビートルズトリビュート『Let It Be –Black America sings Lennon, McCartney, Harrison-』というカバーアルバムが出ているので、興味のある方はこちらも聴いてみてください。

TEXT:河崎直人

アルバム『LET IT BE』1970年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.トゥ・オブ・アス/Two Of Us
    • 2.ディグ・ア・ポニー/Dig A Pony
    • 3.アクロス・ザ・ユニバース/Across The Universe
    • 4.アイ・ミー・マイン/I Me Mine
    • 5.ディグ・イット/Dig It
    • 6.レット・イット・ビー/Let It Be
    • 7.マギー・メイ/Maggie Mae
    • 8.アイヴ・ガッタ・フィーリング/I've Got A Feeling
    • 9.ワン・アフター・909/One After 909
    • 10.ザ・ロング・アンド・ワィンディング・ロード/The Long And Winding Road
    • 11.フォー・ユー・ブルー/For You Blue
    • 12.ゲット・バック/Get Back
『LET IT BE』(’70)/The Beatles

OKMusic編集部

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14コメント
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