プログレ好きを一般大衆にまで一気に
広めた、EL&P渾身の名作『タルカス』

現在、プログレッシブ・ロックは一部のファンには愛好されているものの、マニアックな世界だと思っている人は多いだろう。しかし70年代前半、EL&Pの勢いはハンパなくスゴかった! プログレといえば、キング・クリムゾンの『クリムゾン・キングの宮殿』(’69)がその先駆者として知られているが、人気の点で言えば、71年に3rdアルバム『展覧会の絵』をリリースしたばかりのEL&Pが圧倒していた。そんな彼らが、その半年前にリリースしたのが2枚目の『タルカス』で、このアルバムこそ、EL&Pのスタイルを確立し、世界のロックファンをプログレに注目させた作品だ。

ブルースやR&Bだけがロックのルーツで
はない

 1950年代のアメリカで、ロックンロールは登場した。そのルーツはブルースやR&Bなどの黒人音楽と、フォークやカントリーに代表される白人音楽の融合にあり、60年代半ばになるまで、アメリカもイギリスもそのバックボーンは変わらなかった。ハードロックでさえも、初期はブルースの焼き直しであった。しかし、ヨーロッパでルーツ音楽といえば、クラシック音楽と民俗音楽(ブリティッシュ・トラッド、ケルト音楽など)で、これは日本の民謡や雅楽に相当するかもしれない。60年代半ばになると“ブルースやR&Bを下敷きにしたロックをやり続ける限り、本場アメリカのロッカーには勝てない”ことが、イギリスの多くのミュージシャンに認識されるようになっていった。
 そういう背景のもと、クラシックの素養があるマイク・ピンダーを擁したムーディー・ブルースが67年にリリースした『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』がオーケストラとの共演を果たし、以降ブリティッシュロック界では、クラシックを念頭に置いた作品が、徐々に登場することとなる。有名なところでは、ディープ・パープルの『ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ』(’69)や、ザ・ナイス(キーボードはキース・エマーソン)の『ファイヴ・ブリッジズ』(’70)などがある。これらのアルバムの特徴は、クラシックをルーツに持つキーボード奏者が主導権を持ち、アルバム制作をしたことだろう。ただ、オーケストラと共演するのは、演奏スペースや費用など、困難な問題が少なくなかった。
 これらの、クラシックとロックの共演作品は、プログレを生む大きなきっかけとなったことは確かだが、まだ真の意味で両者が融合(フュージョン)したわけではなく、文字通り共演するだけにとどまっており、プログレッシブ(=先進的)な音楽を生み出しているわけではない。余談だが、プロコル・ハルムの「青い影」(’67)もクラシック曲(バッハ)をベースにしており、ある意味で最初期のプログレと言えるだろう。

『クリムゾン・キングの宮殿』の衝撃と
グループ誕生

 69年、『クリムゾン・キングの宮殿』がリリースされると、その衝撃的な内容にロック界は大いに揺れた。キング・クリムゾンが創り上げたこのアルバムこそ、ロックのダイナミズムを保ちながら、クラシックやジャズの技術、そして理論を溶け込ませるという、まさにプログレッシブなロックであったからだ。これ以降、『クリムゾン・キングの宮殿』がプログレッシブロックの手本になる。このアルバムを聴いて、キース・エマーソンは慌てた。なぜなら、自分がやりたいことだったのに、クリムゾンに先を越されてしまったからだ。
 そんな頃、ザ・ナイスとキング・クリムゾンがアメリカツアーで顔合わせすることになる。ここでエマーソンは、クリムゾンのベーシストだったグレッグ・レイクと懇意になり、自分たちのグループ結成を約束する。その後すぐに、EL&Pと同じ編成だったアトミック・ルースターからドラムのカール・パーマー(この時まだ20歳!)を引き抜き、めでたくエマーソン・レイク・アンド・パーマーが結成された。同年、彼らのデビューアルバム『エマーソン・レイク・アンド・パーマー』が完成し、ロック作品でありながら、クラシックとジャズを盛り込んだ幻想的な仕上がりとなっており、イギリスのチャートでも4位になるなど、好成績を収めている。
 出会い~グループ結成~デビューアルバムのリリースまでが、全て1970年内の出来事であることをみても、彼ら(特にエマーソン)の目指す音楽が、すでに頭の中で熟成していたことがよく分かる。

シンセサイザーとサンプラーの登場

 60年代中頃、今では当たり前のように使われるシンセサイザーやサンプラーが現れる。モーグとメロトロン(初期のサンプリングマシンで、モーグより開発は早かった)である。当時はまだ非常に高価ではあったが、クラシック出身のキーボード奏者にしてみれば、わざわざオーケストラを呼ばなくても、ストリングス+αの演奏ができるのだから、大いにありがたかったはずだ。みるみるうちにシンセはブリティッシュロックシーンに広がっていく。また、使用者が増えることで、機器の素早い改良がなされていった。先に挙げたプログレ黎明期の多くの作品には、すでにメロトロンが使われていたが、エマーソンは他との差別化をねらい、モーグを重点的に使っている。

いつまでも古くならない『タルカス』の
音楽

 スーパートリオとしてデビューしたEL&Pは、レベルの高い演奏技術を持ち、堅実でバランスの取れたグループとして認められたことは間違いないが、デビュー盤ではシンセの使用も微々たるもので、まだまだプログレの要素は少なかった。
 実質的に、彼らの魅力が凝縮された作品が、続く大作『タルカス』だ。このアルバムは、もとからクラシックに着目していたエマーソンが、その才能と先進性を爆発させた作品であり、ロックのダイナミズムとクラシックの繊細さを見事に表現した、プログレの多くの作品の中でも、極めて重要な音楽性を持つものだ。
 このアルバムは、今聴いてもまったく古さを感じない。それは、エマーソンのサウンド面でのセンスの良さにあると思う。モーグは控えめにして、ハモンドオルガンを多用しているところが成功した要因だと思われる。ハモンド自体は、50年代にジャズのミュージシャンが音的に完成させているし、電気楽器なので音を歪ませることが可能だ。ディープ・パープルのジョン・ロードもハモンド愛好家で、ハードなロックに使ってもクラシックに使っても遜色のない、優れた楽器だと言える。

『タルカス』の収録曲について

 本作に収められた楽曲の中でも、20分以上に及ぶ組曲の「タルカス」」(LP時代はA面で1曲)は、エマーソンが追い求める斬新なサウンド・クリエイトと、クラシックで培われた作曲手法を用い、レイクやパーマーの高い技術によるコンビネーションプレイもあって、当時のロック界で最高レベルの、充実した成果をなし得ている。また、当時のロックでは珍しかった、変拍子や複雑なリフを多用しているのも見逃せないところだ。
 エマーソンのピアノは、クラシックのみでなく、ジャズはもちろん、ブギウギやニューオリンズ・スタイルなど、アメリカ的なプレイも驚くほど巧い。それを証明するのが、本作の2曲目以降(LP時代はB面にあたる)で、エマーソンの営業用のデモ演奏かと思えるほど、さまざまなスタイルを駆使している。
 2曲目の「ジェレミー・ベンダー」では牧歌的ともいえるカントリー風の演奏。3曲目の「ビッチズ・クリスタル」ではファンキージャズ風の熱いプレイを、4曲目の「ジ・オンリー・ウェイ」では、厳粛な教会のパイプオルガン風からバロック音楽へと展開する。5曲目の「限りなき宇宙の果てに」では、現代音楽のアプローチを見せる。6曲目の「タイム・アンド・プレイス」は、プログレの要素があるハードロックだし、最後の「アー・ユー・レディ・エディ」では、めちゃくちゃ巧い前衛的なブギウギ・ピアノが聴ける。
 「タルカス」では組曲としての意識から、感情を抑えたプレイを心がけているようだ。それだけに、プログレの特徴のひとつとなるクールさが見られる。逆に2曲目以降は、ロックのノリを重視した作風となっているので、1枚のCDとして全曲を通して聴くと、ひょっとすると散漫な印象を受けるかもしれない。できれば「タルカス」とそれ以外の曲は、別々に聴くほうがいいのかもしれない。

日本での人気がピークに

 3rdアルバムとなる『展覧会の絵』(’71)をリリースした頃には、彼らは日本で最も人気のあるロック・ミュージシャンとなっていた。僕の手元にある、古いミュージックライフの『ML人気投票』を見ると、72年度(72年3月発表)のEL&Pはというと…まだ、グループ部門では9位だ。キーボード部門の1位にキース・エマーソンは選ばれているが、グレッグ・レイクはベース部門で7位に、カール・パーマーはドラム部門で8位という結果。しかし、翌年になると状況は一変する。
 72年度(73年3月発表)は、グループ部門こそ2位(1位はローリング・ストーンズ。来日関連のゴタゴタで注目が集まったため)であったが、楽器別投票では、3名とも1位を獲得している。またアルバム部門では、1位に『展覧会の絵』が選ばれ、リリースされたばかりの『トリロジー』(’72)が4位と、トップ5位以内に2枚も入っている。ちなみにディープ・パープルの『マシンヘッド』は7位という結果であった。
 もうひとつ、1973年にスタートした『インターナショナル・レコード賞』の第1回で、最優秀アルバムを『展覧会の絵』が受賞、最優秀編曲賞はキース・エマーソンが受賞している。これらを見ても、少なくとも72年に関しては、彼らが最も人気の高いグループであったとが分かる。来日公演があったとはいえ、いかに『展覧会の絵』が愛されたかということだと思う。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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