スティーリー・ダンの『彩(エイジャ
)』は、完全主義者が完璧を目指して
作り上げた後世に残る名作だ

1972年にデビューしたスティーリー・ダン。当初はドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーを中心にしたグループ6人組であったが、グループ活動に限界を感じたフェイゲンとベッカーはスタジオにこもるようになり、他のメンバーは次々に離脱、ふたりだけになってしまう…というか、それが彼らふたりの狙いだった。曲のイメージに合ったスタジオミュージシャンを使い、研究室で実験を繰り返す科学者のようなスタンスでアルバムを制作していく。完璧を目指した完全主義者のふたりによって作り上げられた作品が、今回紹介する『彩(エイジャ)(原題:Aja)』だ。

70年代中期の音楽事情

1970年代中期は、ロックが混沌を極めた時代だと言えるだろう。50年代後半〜60年代にロック少年だった若者たちが社会人となり、金銭的な余裕ができたため、レコードの売上げが大幅に増えた。メガヒットが続々とリリースされた時代だ。大人になったかつてのロック少年は、アダルトなロック(AORやフュージョン)やディスコ音楽を聴くようになり、レコード会社は何を出しても売れるだけに粗製乱造しまくった。要するに、ポピュラー音楽界はバブル時代を迎えていたのである。こんな時、音楽産業のバブルを崩壊させる大きな事件が起こった。それがパンクロックの登場である。パンクロックが登場することでポピュラー音楽市場は再編を余儀なくされ、幅広い世代にさまざまな音楽を送り出すことになっていくのである。
この時期(76〜77年)にリリースされた大ヒットアルバムを挙げてみると、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』をはじめ、フリートウッド・マック『噂』、サウンドトラック『サタデー・ナイト・フィーバー』、ビリー・ジョエル『ストレンジャー』、ザ・クラッシュ『白い暴動』、セックス・ピストルズ『勝手にしやがれ!!』、ジョージ・ベンソン『ブリージン』、エルビス・コステロ『マイ・エイム・イズ・トゥルー』、ウェザー・リポート『ヘビー・ウェザー』などで、AOR、パンク、フュージョンなど、さまざまなジャンルに及んでいることが分かると思う。
60年代に「30歳以上は信用するな!」と言っていた若者が社会人になり、AORやフュージョンを聴くようになった一方で、70年代に10代を迎えた若者たちは破壊的なパワーを持ったパンクロックに夢中になっていく。この時代のポピュラー音楽をあえてふたつに分けると、ひとつはパンクロックやニューウェイヴに代表される“稚拙ではあるが爆発力と情熱がたっぷりの音楽”、もうひとつはAORやフュージョンに代表される“爆発力や情熱には欠けるが最高の技術と熟成を感じる音楽”といったイメージになるのではないだろうか。

スティーリー・ダンの登場

スティーリー・ダンは、72年に6人組のグループとして『キャント・バイ・ア・スリル』でデビュー、3rdアルバム『プレッツェル・ロジック』(’74)は全米チャートで8位まで上昇するものの、レコーディングの途中でグループのメンバーが徐々に抜け、最終的には多くのスタジオミュージシャンを起用することで乗り切るという状態であった。4枚目の『うそつきケイティ』(‘75)では新メンバーのマイク・マクドナルドを迎えるのだが、彼もオリジナルメンバーのジェフ・スカンク・バクスターと、ドゥービー・ブラザーズに加入するため脱退してしまう。この頃からツアーのキャンセルが続き、レコードをリリースするだけのユニットになっている。
中心メンバーのウォルター・ベッカーとドナルド・フェイゲンは、相次ぐメンバーの脱退で困ったのかと思いきや、優れたスタジオミュージシャンを使うことで自分たちの作る曲が完璧に表現できることを認識し、これ以降のアルバムではベッカーとフェイゲンに加えて、スタジオミュージシャンたちとの共同制作というかたちをとった。5thアルバムの『幻想の摩天楼』(‘76)では、まだマイク・マクドナルドやダニー・デイアス(オリジナルメンバー)のクレジットがあり、ベッカーとフェイゲンの完全な理想形態は次作に持ち越されることになる。

本作『彩(エイジャ)』について

77年(この作品もこの時期だ)、厳密な意味でベッカーとフェイゲンのふたりだけ(オリジナルメンバーのダニー・デイアスは参加しているが、ゲストギタリストとしての参加なので)になっての初リリースが、今回紹介する『彩(エイジャ)』だ。6枚目となる本作で、スティーリー・ダンとしては初のゴールドディスクを獲得、チャートでも全米3位、全英5位という輝かしい結果となった。シングルカットされた「ペグ」は全米11位、「ディーコン・ブルース」も19位と好結果を生んだ。
収録されたナンバーは、当時隆盛を極めたAOR〜フュージョンの流れで作られてはいるが、ベッカーとフェイゲンの非凡な曲作りの才能と、バックを務める当時最高のミュージシャンたちの技量によって、同時代に制作されたAOR系のアルバムと比べるとレベルの違いは明白だ。
本作のバックを務めるミュージシャンたちは、適材適所というか考え抜かれたセッティングで、ゲイリー・カッツがプロデューサーを務めているとはいえ、彼らふたりが一流プロデューサー並みの力量を持っていることは確かだろう。
ちなみに本作に登場するミュージシャンは、ギターにラリー・カールトン、リー・リトナー、ジェイ・グレイドン、ベースにチャック・レイニー、ドラムにスティーブ・ガッド、バーナード・パーディー、ジム・ケルトナー、リック・マロッタ、キーボードにはジョー・サンプル、ドン・グロルニックなど、一部のみをピックアップするにとどめるが、挙げれば切りがないほどの豪華な布陣である。
これは僕の推測だが、彼らは商業的な意味もあってAORやフュージョン的なサウンドで勝負している。しかし、それらの音楽のマイナス部分をしっかり認識した上で、その中で誰にも真似できない緊張感のある音楽を作り出そうとしていると思う。最高を目指す高い意識と技術力で、本作はソングライティングでもパフォーマンスでもワン・アンド・オンリーの世界に到達したと言える。
『彩(エイジャ)』リリース以前と以後では、ポピュラー音楽の世界は間違いなく変わった。80年代になると彼らのフォロワーがどんどんデビューするようになるが、AOR〜フュージョンをベースにしたロックグループで、スティーリー・ダンを超えるアーティストは未だに現れていない。本作に収録された7曲は、どの曲も非の打ちどころがなく、間違いなくロック史上に残る傑作である。

本作以降の動き

本作のあと、80年に本作と並ぶ傑作『ガウチョ』をリリースし活動を停止。2000年に20年振りのフルアルバム『トゥー・アゲンスト・ネイチャー』を出し、2001年のグラミーで4部門受賞という快挙を成し遂げる。彼らの力量が改めて見直されるきっかけとなって、2001年にはロックの殿堂入りが決まった。2004年には『彩(エイジャ)』がグラミーの殿堂入りを果たし、彼らの早すぎた天才ぶりが広く認められることになるのである。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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