ロバート・グラスパーのグラミーの年
間最優秀R&Bアルバム賞に輝いた『ブ
ラック・レディオ』はジャンルを超越
したクラブミュージック!

1965年、フォークシンガーのボブ・ディランは『ニューポート・フォーク・フェスティバル』にロックグループを引き連れて出演したものの、観客から大ブーイングを受け、演奏の中断を余儀なくさせられる。純粋で芸術的な“フォークソング”と商業的で下品な“ロックンロール”を一緒にするなという観客たちの怒りが大ブーイングにつながったのだが、これを機にジャンルを飛び越えた“フォークロック”が生まれる。今回紹介するロバート・グラスパーは、本来の区分けでいけばジャズのミュージシャンなのであるが、本作『ブラック・レディオ』ではヒップホップやR&Bの表現を用いて新機軸のクラブミュージックを生み出し、新たな黒人音楽の旗手として大いに注目されている。

ボブ・ディランとマイルス・デイヴィス

1960年代はロックが大きく飛躍した時期であった。この時期はロックにとってもっとも大きな影響を受けた、ブルースやカントリーからの脱却を図ることが最大の命題であったかもしれない。ロックという自我(ジャンル)が確立されかけていただけに、フォークやジャズといった他の先輩ジャンルに負けじと、ロックでしかできない表現を生み出すために、多くのアーティストが切磋琢磨していた時代である。
冒頭でも述べたが、ボブ・ディランはそんな時期にあえてフォーク側からロックにアプローチすることで、ジャンルをまたいだ新しいスタイルの音楽を生み出したのである。これはポピュラー音楽界においては画期的なことであり、ボブ・ディランというミュージシャンが如何にすごいのかを証明することになった。ディランは違うジャンルの音楽を混ぜ合わせるという手法で“フォークロック”を生み出したわけだが、そのおかげもあって、ハードロック、プログレ、ジャズロックなど、70年代に向けた新しいロックが次々に生まれることになるのである。この時期のディランの代表作が『追憶のハイウェイ61』(‘65)で、ロックが新たな段階に到達した名作だろう。
ジャズ界でも時期を同じくしてジャンルをまたいだ新しいスタイルのジャズが生まれようとしていた。それを実行したのは、ジャズ界の最重要人物として知られるマイルス・デイヴィスだ。50年代にはそれまでのジャズの定番だった“テーマ~アドリブ~テーマを4ビートで演奏する”というクリシェ(1)に陥ったマンネリズムを、稀代の名作『カインド・オブ・ブルー』(‘59)で打破し、ジャズの新しい可能性を提示している。
この後、60年代に入るとマイルスの方法論に示唆され、ジャズ界ではフリージャズ、ソウルジャズなど新しい動きが活発になるのだが、マイルス自身は新しい方向性をまだ模索していて、フリージャズやソウルジャズへの方向転換はしていない。ディランと同じように、マイルスもまたジャズというジャンルにはこだわらず、60年代後半にはスライ&ザ・ファミリー・ストーンやジェイムズ・ブラウンなどのソウルやファンクに影響され、8ビート、16ビートによる演奏を取り入れて深化させている。そして、『イン・ア・サイレント・ウェイ』『ビッチェズ・ブリュー』(どちらも69年リリース)という2枚のアルバムで、彼の目指す新しいジャズを生み出すことになった。

ディランとマイルスのポピュラー音楽へ
の影響

ディランとマイルスの実験は、意識的か無意識的かは別として、結果的にジャンルとジャンルの境界線をなくす、もしくはミックスするという成果を生んだ。この成果は、70年代のロック、ファンク、ソウル、カントリーなどにも大きな影響を与えていく。ディランの場合は“シンガーソングライター”と呼ばれるスタイルからAORにつながる音楽へと進化し、マイルスの場合は70年代に爆発的な流行を呼ぶフュージョン音楽の素地を作ることになった。

ブルーノートとドン・ウォズ、そしてグ
ラスパー

さて、ここにきて、ようやく主人公の登場だ。ロバート・グラスパーは1978年の生まれで、現在38歳。黒人ジャズ・ピアニストとしてデビューし、2作目の『カンバス』(‘05)からブルーノート・レコード(2)と契約している。ブルーノート・レコードは、プレステッジやリヴァーサイドと並ぶジャズ専門の老舗レーベル。多くの傑作をリリースしているので、音楽が好きならジャズファンでなくとも、名前ぐらいは知っているのではないだろうか。
しかし、ブルーノートでもジャズをリリースするだけでは時代に取り残されてしまうという危機感があったのか、ノラ・ジョーンズのようなノンジャンルのミュージシャンとも契約することで、会社の存続を図っている。“優れたミュージシャンであればブルーノートからリリースする”という会社の新方針は功を奏し、ノラ・ジョーンズの『カム・アウェイ・ウイズ・ミー』(‘02)が大成功を収めたことは記憶に新しいところだ。
2012年には幹部を刷新し、社長にドン・ウォズ(3)を迎えている。ドン・ウォズと言えば、80年代に「ウォズ・ノット・ウォズ」のフロントマンとして大ヒットを生み出し、その後グループを続けながらプロデューサーとしても大成した強者である。特に、彼はロック、ファンク、ソウル、カントリー、ジャズなどの音楽のジャンル分けを好まず、全てを共存させるというプロデュース手腕で、大きな評価を得ている。彼が手掛けた代表作のひとつに『リズム・カントリー・アンド・ブルース』(‘94)というアルバムがあるが、黒人ソウル・シンガーと白人カントリーシンガーを全曲でデュエットさせるという企画が大成功を収め、多くの著名なミュージシャンを手がける売れっ子のプロデューサーとなった。
前述したグラスパーの『カンバス』はピアノトリオ作品で、2005年の段階ではまだ普通のジャズアルバム。ブルーノートでの2作目の『イン・マイ・エレメント』(‘07)でも同じような作風なのだが、次の『ダブルーブックド』(’09)の後半でヒップホップ風のサウンドが初めて登場する。僕の推測だが、このころからドン・ウォズがアドバイスするようになったのではないかと考えている。グラスパー自身、のちのインタビューで「ジャズ、ヒップホップ、ロックを問わず、良い音楽を聴いてきた」と答えている。これは、まさしくドン・ウォズのポリシー(「クソみたいなレコードを出さないこと」)に通じる考え方なのである。グラスパーが新生ブルーノートに在籍することで、ジャズという殻を破るお膳立てが整いつつあったのではないだろうか。

本作『ブラック・レディオ』について

2013年、グラミー賞の最優秀R&Bアルバムに選ばれたのが、ブルーノートでの4作目となる本作『ブラック・レディオ』である。ジャズピアニストでデビューしたグラスパーが、R&Bの最優秀アルバム賞を受賞するのは不思議なことかもしれないが、かつてディランやマイルスが先鋒に立って革新的なアルバムをリリースしたように、グラスパーもまた良い音楽を追求する上で、ジャンルにとらわれないサウンドを創造しただけに過ぎないのである。
本作はロバート・グラスパー・エクスペリメント名義で、バンド演奏が軸になっている。ケイシー・ベンジャミン(サックス、キーボード)、クリス・デイブ(ドラム)、デリック・ホッジ(ベース)の鉄壁のリズムセクションに、グラスパーのキーボードとピアノが絡むというスタイル。そして、ゲストのエリカ・バドゥ、レイラ・ハサウェイ、ビラル、ミッシェル・ンデゲオチェロなどのミュージシャンがヴォーカルで花を添えている。
ここでは、ジャズ的な演奏ももちろん聴けるが、R&Bやヒップホップ的なクラブサウンドが全編を包み込んでいて、どことなくオーガニックミュージックの香りもする。また、デビッド・ボウイの「Letter To Hermione」やニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」のカバー曲を取り上げているのも、彼の雑食性を物語っているといえるだろう。
本作は、まさにジャズとヒップホップが同じ地平線上にあることを示唆しているし、ジャズもR&Bも、クラブミュージックとして機能することを改めて証明している。グラスパーのジャンルにとらわれない柔軟な思考が生んだ『ブラック・レディオ』は、新しい黒人音楽のスタート地点に立っていると言えるのではないだろうか。ケンドリック・ラマーやカマシ・ワシントンらと同様、ロバート・グラスパーこそ、これからのエクスペリメント(実験)に目が離せない最も重要なアーティストの一人である。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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