『NO NEW YORK』はパンクスピリット
をインディーズから発信したコンピレ
ーションの名盤!

ゆるいロックに喝を入れるために登場したパンクロックではあったが、どのグループも大手レコード会社に取り込まれ、パンクスピリットを失いかけていた頃にリリースされた問題作が『NO NEW YORK』だ。“真のパンクとは何か?”をインディーズから改めて問い直した、ロック史に残る衝撃的な作品である。

パンクの概念

早いもので、この地球上にパンクロックが登場してから40年以上が経つ。パンクの起源としてはさまざまな説があるけれど、僕としてはニューヨークパンクはパティ・スミスがデビューした1975年頃、ロンドンパンクはセックス・ピストルズやダムドのデビューが相次いだ1976年頃が、それぞれの記念すべきスタート地点ではないかと思う。もちろん、60年代に生まれたガレージロックとかサイケデリックロックが、パンクの直接の祖先にあたるのは間違いないけれど、パンクってのは音楽の形態というよりはライフスタイルみたいなものだから、精神の在り処としてのパンクスピリットが定着したのが70年代中頃だったと捉えるべきだろう。

都会的で落ち着いたサウンドが主流に

75~76年と言えば、音楽産業が巨大化し、多くのバカ売れするアルバムがリリースされていた時代だ。60年代からロックを聴いていた若者が社会人となり、大人っぽく落ち着いたサウンドが流行となり、この頃はロックよりも洗練されたAORやフュージョンに注目が集まってきていた。
例えば、ボズ・スキャッグスの『シルク ・ディグリーズ』 、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』、スティーヴィー ・ワンダーの『キー・オブ・ライフ』、ジョージ・ベンソンの『ブリージン』、フリートウッド・マックの『ファンタスティック・マック』、ドゥービー・ブラザーズの『ドゥービー・ストリート』など、どれもこの時代のベストセラーアルバムだ。面白いのは、ブルース出身のボズ・スキャッグスやフリートウッド・マック、ジャズからはジョージ・ベンソン、ソウルからスティーヴィー・ワンダーなど、この頃爆発的に売れたミュージシャンは、その時の時流に逆らわず、ジャンルを問わず都会的で大人に受けるサウンドへと舵を切っていたのである。

AOR・フュージョンからパンクへ

ただ、若年層にはあまり歓迎されるような音楽ではなかったことも事実だろう。実際、この時点ですでにロックは体制側に組み込まれていて、 本来は反体制であるべきはずのロック精神が、大手レコード会社の商業戦略に支配されていたのである。そんないきさつを経て、若者の代弁者たるべく世界のあちこちから登場したのがパンクロッカーたちであったが、2~3年もすると大手レコード会社と契約し、気付いてみればみんなビッグになってしまっていた…。
そんな彼らより少し遅れて登場した次世代のパンクロッ力ーたちは、本当に自分たちが表現すべきことを表現するために、インディーズで活動することを選んだのである。この手法は90年代になってオルタナティブロックのミュージシャンたちに受け継がれていくのだが、話が逸れるのでここではそのことには触れずにおく。

アンダーグラウンドのすごいグループた

さて、『グリード』(アンビシャス・ラバーズ)の紹介時に述べたように、今回はニューヨーク・パンクシーンのアンダーグラウンドにおけるドキュメンタリーとも言えるコンピ『NO NEW YORK』を取り上げる。本作はインディーズで活動していた4組のパンクバンドが残した貴重な記録であり“ロックファンなら絶対に聴いておくべき”アルバムのひとつだ。1978年にリリースされてから約40年経つが、このアルバムの輝きはまったく衰えておらず、真のパンクエッセンスが凝縮された恐るべき作品である。
このアルバムには、ジェームス・チャンス&ザ・コントーションズ、ティーン工イジ・ジーザス&ザ・ジャークス、マーズ、D.N.Aという4組がそれぞれ4曲ずつ、全16曲が収録収されている。プロデュースは元ロキシー・ミュージックのブライアン・イーノが担当しているが、彼が収録アーティストを決定したのだとしたら、イーノの目の付けどころは的確であった。

『NO NEW YORK』について

アルバムはジェームス・チャンス&ザ・コントーションズからスタートする 。ファンクをベースにしたリズムに、フリーキーなトーンでサックスを吹き、怒鳴るようなヴォーカルをかぶせていく彼のスタイルは、現在のオルタナ系ロッカーたちにも受け継がれている。例えるなら、ミック・ジャガーが激怒しながら演奏しているって感じ。フリージャズの影響も大きく、彼が複数のグループを持っていた意味がよく分かるほど、その音楽性は複雑だ。
次のティーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークスは、攻撃的な詞をノイジーでアバンギャルドな音に乗せて歌うという、後のハードコアパンクに相当の影響を与えたスタイルだ。ちなみに、コントーションズの初代ドラマーは日本のパンクバンドの草分け的な存在であるフリクションのヒゲで、ティーンエイジ・ジーザスの初代ベーシストもこれまたフリクションのレックであった。
続くマーズはニューヨークのさまざまな前衛芸術を取り込んだグループで、べルベット・アンダーグラウンドに影響を受けている。うめくようなヴォーカルとホラー映画の効果音のようなノイズをまき散らしてはいるが、演劇的な要素も併せ持っている。このアルバムに参加した4グループの中では、最もアーティスティックなチームだと言えるかもしれない。本作のプロデューサー、イーノがのちに提唱するアンビエント音楽(1)の香りがかすかに漂っているのが面白いところ。
最後に登場するD.N.Aは、ギターと歌のアート・リンゼイ(2)が率いるトリオ 。アートは本コンピ参加者の中でもっとも成功することになるミュージシャンだが、この頃はまだギターのチューニングすらできなかった。しかし、ここで聴かれるギターはすでに彼のスタイルが完成されていて、その才能には驚愕すら覚えるほどだ。後に彼が参加するフェイクジャズのグループ、ラウンジ・リザーズの原点はここにあり、パンクの精神を最大限に表現し得たのは、このアルバムに参加している4つのグループの内、D.N.Aが一番ではないかと思う。このグループのドラムは日本人のイクエ・モリ(3)で、ジョン・ゾーンのアルバムに参加するなど、この後長きにわたってニューヨークの前衛音楽家として活躍することとなる。

後世に残る最重要アルバムのひとつ

『NO NEW YORK』はパンクロック全盛の時代から、現代の混沌としたロックシーンをつなぐ架け橋的な役割を持った非常に重要なアルバムだ。もし、このアルバムが発表されていなかったら、大袈裟ではなく現在の音楽シーンはかなり違ったものになっている(と、あえて言い切ってしまおう )。 病的に肥大したロックと、それを取り巻く大資本のレコード産業を切り刻み、ロックが本来持っていたパワーや批評性を鮮やかに蘇らせたのがこのアルバムであり、その内容は40年以上経っても変わることなく、衝撃的で挑発的だ。真のパンクスピリットを持った最重要アルバムだと、僕は確信している。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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