カバー曲ばかりで勝負したスリー・ド
ッグ・ナイトの最高傑作『ナチュラリ
ー』

70年代初頭、ジェームス・テイラーやキャロル・キングといったシンガーソングライターと呼ばれる自作自演歌手の登場で、ロック界はオリジナル曲で勝負する時代に突入した。60年代のアーティストはビートルズやストーンズでさえ、ブルースやR&Bのカバーを多く取り上げていたのだが、だんだんと身近な素材(家族や恋人、日常生活のことなど)を歌にすることが主流になっていく。そんな中にあって、68年にデビューしたスリー・ドッグ・ナイトはあえてカバー曲のみ(ほんの少しオリジナルもある)で勝負した珍しいグループだ。今回は彼らが70年にリリースした文句なしの傑作5thアルバム『ナチュラリー』を取り上げる。

リードシンガーが3人(!)、カバー曲
のみで勝負するグループ

僕が中2の頃、スリー・ドッグ・ナイトの代表曲「ジョイ・トゥ・ザ・ワールド」が全米1位となり、日本でも大ヒットしたことで彼らのことを知ることになった。現在の日本でもよく取り上げられているので、この曲を知っている人は多いはずだが、当時から彼らは不思議なグループであった。それはリードヴォーカルが3人(全て男性)もいたことで、その3人ともが黒っぽいフィーリングを持った骨太の同系統のシンガーだけに、彼らを好きになってからも誰がどの曲を歌っているのか分からなかったほどだ。
もうひとつ不思議なことは、彼らの曲がカバー曲で占められていたことだ。70年初頭と言えば、ジェームス・テイラー、キャロル・キング、エルトン・ジョン、キャット・スティーヴンスなど、当時はシンガーソングライターが大いに受けた時代で、日本でも高石友也、岡林信康、高田渡、加川良(残念なことに、4月5日に逝去)など、フォークシンガーを中心に自作自演が当たり前になりつつあった頃である。そんな中で、時代に逆行するような彼らのスタンスが僕には理解できなかった。ただ、当時日本で知られていなかったシンガーやグループの曲を取り上げ、スリー・ドッグ・ナイトはヒットを生み出していたのである。そのおかげで多くの埋もれていたソングライターが世に出たことは、ポピュラー音楽界にとって素晴らしいことであったと思う。
このふたつの大きな謎は今でもクリアーできていない…というか、リードヴォーカルが3人もいて、カバー曲のみで勝負するというスタイルは、長いロックの歴史の中でも彼ら以外に存在しない。まぁ、突然変異的に誕生したグループとしか言いようがないわけで、それだけに他のアーティストとは違った魅力があるのも事実である。グループのメンバーは7人。ヴォーカルの3人の他、ギター、ベース、ドラム、キーボードを担当するメンバーがいる。この7人はデビュー作から8作目まで不変であった。

優れたシンガーソングライターを世に出
す天才的な聴覚

スリー・ドッグ・ナイトの曲選びはヴォーカルの3人それぞれが歌いたい曲を持ち寄り、全員がOKを出した時だけ自分たちのレパートリーになるという民主主義的なものだった。僕が彼らのアルバムを熱心に聞いていたのは、68年のデビュー作『Three Dog Night』から73年にリリースされたライヴ盤で8作目となる『Around The World』までであるが、はっきり言って彼らの良い時って実質的にはここまでだ。9枚目以降はオリジナルメンバーが脱退したり、ヴォーカリストのひとりのチャック・ネグロンの麻薬所持問題に端を発するメンバー間の緊張などがあったりと、あっと言う間に失速していく。
僕はいつしか彼らがカバーするアーティストについて、調べるようになっていった。それだけ、彼らの選曲が素晴らしかったからだが、その素晴らしい曲を作った本人がアルバムを出すという情報を聞き付けると、そのアルバムを入手したものだ。スリー・ドッグ・ナイトのファンは多かれ少なかれ、そういう聴き方をしていたのではないだろうか。埋もれたアーティストたちを認知させるという彼らの功績は讃えるべきものだと思う。
デビュー作『Three Dog Night』には、アメリカを代表するソウルシンガーのひとりであるオーティス・レディングの「トライ・ア・リトル・テンダネス」(オリジナルを聴いて感動するのは2年後ぐらい)や、グラミー賞を2度受賞しているアメリカを代表するシンガーソングライターのひとり、ニルソンの名曲「ワン」、他にもザ・バンド、ランディ・ニューマン、ニール・ヤング、トラフィックなど、幅広いジャンルにまたがるアーティストを取り上げ、このアルバムはデビュー作にもかかわらず全米チャート11位まで上昇する大ヒットとなった。
ニルソンやランディ・ニューマンなどは、スリー・ドッグ・ナイトが取り上げたことで脚光を浴びるきっかけとなったのは間違いない。良い素材を探し当てる彼らの能力はずば抜けていると思う。これ以降、2作目『Suitable For Framing』(‘69)ではローラ・ニーロや売れる前のエルトン・ジョンを、4作目の『It Ain’t Easy』(’70)ではフリー、ポール・ウィリアムスなどの他、お気に入りのランディ・ニューマン作「Mama Told Me(Not To Come)」をシングルカットし、初の全米チャート1位を獲得している。そして、彼らのカバー曲のアレンジが練り上げられてきた頃、5作目の『Naturally』(‘70)がリリースされるのだ。

本作『ナチュラリー』について

スリー・ドッグ・ナイトはデビュー当時から本作まで、基本的に音楽性は変わっていないと思う。しかし、自分たちが民主的に選んだ他のアーティストの佳曲を、自分たちなりにアレンジしてリスナーに提供するというスタイルが継続する中で熟練し、このアルバムでそのテクニックが頂点を迎えたということなのだと思う。この熟練は次のアルバム『Harmony』(‘71)でも同水準に保たれているのだが、ロックの激しさや楽しさという面では『ナチュラリー』に軍配が上がる。『Harmony』は楽曲の充実度で言えば本作より上かもしれないが、ポップス性が高くロック的な魅力は半減している。『Harmony』でダニー・ハットン、チャック・ネグロン、コリー・ウェルズというソウルフルな3人のシンガーの魅力が引き出されているかと言われると、それは否定せざるを得ない。
『ナチュラリー』には「ジョイ・トゥ・ザ・ワールド」(全米チャート1位)が収録されているのが大きい。この曲は彼らの代表曲というだけでなく、70年代のロックを代表する一曲だ。そういう意味でも、やっぱり本作が彼らの代表作だろう。他にも「ライアー」(全米チャート5位)、「ワンマンバンド」(全米19位)といった有名曲を収録、そして、グループを支えているのは3人だけじゃないぞと言わんばかりの初のインスト曲「ファイアー・イーター」(バックを受け持つ残りの4人による共作)や、ジェシ・コリン・ヤング作のフォークロック的な名曲「サンライト」にも挑戦するなど、それまでのアルバムより幅広いサウンドが聴ける。どの曲もヴォーカリストの魅力を生かしたロックフィールに満ちた素晴らしいものばかりである。
若い世代にはすっかり忘れられた感があるスリー・ドッグ・ナイトではあるが、彼らは歌も演奏もハイレベルなので、この機会にぜひ聴いてみてほしい。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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