サイケデリックロックの
代表格として知られる
クイックシルバー・メッセンジャー・
サービスの名盤『ただ愛のために』

『ただ愛のために』(’70)/Quicksilver Messenger Service

『ただ愛のために』(’70)/Quicksilver Messenger Service

1950年代の中頃、既にはじまっていたフォーク・リバイバルの波はロック界にも浸透し、ディランがフォークロックの道を進み始めた60年代中期から、生ギターをエレキに持ち替える若者が激増した。今回紹介するクイックシルバー・メッセンジャー・サービス(以下、QMS)のメンバーたちも東部から西海岸サンフランシスコへと流れ、サイケデリックロックの源流となった。サンフランシスコでは、ジェファーソン・エアプレイン、グレイトフル・デッドと並ぶ3大グループとされ、ヒッピーたちから神格化されていた。チャートを賑わせるようなグループではなかったため日本ではあまり知られていないが、4作目となる本作『ただ愛のために(原題:Just For Love)』は典型的なサンフランシスコ・サウンドが詰まったサイケデリックロック(アシッドロック)の名盤だ。

ヒッピー、ドラッグ、ラブ&ピース

60年代中頃のアメリカ産サイケデリックロックは、日本人に最も縁遠かったサウンドだと言ってもいいだろう。当時、サンフランシスコの3大グループと言われたのがジェファーソン・エアプレイン、グレイトフル・デッド、そしてQMSであったが、公民権運動、ヒッピー、ドラッグ、ベトナム戦争などと関連があり、それらは当時の日本の若者にしてみれば映画の世界のようで、自分たちの日常とは全くかけ離れていたのである。ベトナム戦争や公民権運動については勉強すれば分かるから、まだ理解できた。しかし、ドラッグやヒッピーの生活については、皆目見当がつかなかった。中学生になって、スタンリー・キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』(‘68)を観たり、トム・ウルフの『クール・クール LSD交感テスト』(’71)やチャールズ・ライクのベストセラー『緑色革命』(‘71)を読んだりしたものの、どう転んでも体験できないだけに分からなかった。

「こんな感じ」というのが少しわかった気分になったのが、グレイトフル・デッドの『ライブ/デッド』(‘69)に収録された23分におよぶ「ダークスター」を聴いたとき。この曲は、デッドのスタジオ録音盤とは明らかにサウンドが違っていて、当時のオーディエンスが求めるものが理解できた“気”がしたものである。90年代以降、デッド、ジェファーソン、QMSらの60s〜70sの発掘ライブ音源が次々にCDでリリースされるようになり、日本と違ってアメリカでの彼らの人気は凄いものだったということを再認識した。

モンタレー・ポップ・フェスティバル

サンフランシスコ周辺にミュージシャンやヒッピーたちが急激に増えるのは、67年に開催されたモンタレー・ポップ・フェスの頃からである。69年のウッドストック・フェスに先駆けて行われた大規模のこのコンサートでは、ビートルズ、ストーンズ、ディランなどの世界的なスターが参加しなかったこともあって、デッドをはじめ、ジェファーソン・エアプレイン、ジャニス・ジョプリン、QMSらのようなシスコのサイケデリックロック(呼び方はアシッドロックでもいい)のグループが目玉となった。他の場所から参加したオーティス・レディングやアニマルズ等の真面目(?)なグループと比べて、ザ・フーやジミヘンは破壊的な演奏で注目を浴びてはいたものの、シスコで活動する3大グループとジャニスらが全体の空気をコントロールしていたのは間違いない。

フェスのあとは、シスコに移住するヒッピーたちが激増し、彼らはデッド、ジェファーソン、QMSのコンサートに大挙して参加する。その多くがドラッグを楽しむという目的ではあったが、アーティスト側もドラッグ漬けで演奏していることが多く、この時代のサンフランシスコ・サウンドはドラッグ抜きでは語れないことから、サイケデリックロックとかアシッドロックなどと呼ばれることになったのだ。フィルモア・オーディトリアムのオーナー、ビル・グレアムは3大グループをしょっちゅう出演させていたので、シスコでの3大グループの人気はうなぎのぼりで、レコード会社の多くが彼らと契約しようと躍起になっていた。僕の個人的な感想では、サンフランシスコで活動していた多くのロックグループは、ライブとスタジオ録音では別人のように違う。これがサンフランシスコ・サウンドの特徴で、レコード会社はもっと売れると考えていたのかもしれないが、実際にはジェファーソン・エアプレインが2〜3曲のヒットを飛ばすのみであった。デッドもQMSも全米レベルのシングルヒットなど考えておらず、巨大化したヒッピー集団が熱狂するだけで満足していたのではないだろうか。

クイックシルバー・メッセンジャー
・サービスの歩み

QMSは、東海岸でフォーク・リバイバルの洗礼を受けたディノ・バレンティをリーダーとするグループで、64年に結成されている。彼は、アメリカ人なら誰もが知っているロックの古典「ゲット・トゥゲザー」(ヤングブラッズの大ヒット曲)のソングライターとして著名な存在だ。当初はバレンティのカリスマ性が注目され人気を呼ぶが、ドラッグのゴタゴタなどもあって、バレンティは投獄されてしまう。ほかにもアレックス・スペンスがジェファーソン・エアプレインに引き抜かれてしまい、翌年、ふたりの代わりにギターのゲイリー・ダンカンとドラムのグレッグ・エルモアが加入し、オリジナルメンバーでギターのジョン・シポリナ、ベースのデヴィッド・フライバーグを中心に4人組として再スタート。このメンバーでモンタレー・ポップ・フェスに参加し、卓越したギタープレイに注目が集まった。大手のキャピトルレコードと契約した彼らは、68年に『Quicksilver Messenger Service』でデビュー、全米チャートで63位となる。デビュー作としてはまずまずの結果であったが、スタジオ録音では自分たちの魅力は伝えられないと、2作目の『愛の組曲(原題:Happy Trails)』(‘69)はフィルモア・イーストとフィルモア・ウエストで録音されたライブ作品となった。アルバムは長尺のナンバーで占められ、彼らのライブアクトとしての魅力が詰まった作品となった。全米27位を獲得するなど成功を収めたが、いま聴くと古臭さは否めない。

『愛の組曲』リリース後、ゲイリー・ダンカンがドラッグ中毒を癒やすために一時脱退、その穴を埋めるためにキーボード奏者のニッキー・ホプキンスが加入する。ホプキンスは、ブリティッシュロック界を代表するピアノ奏者である。ストーンズ、キンクス、ジェフベック・グループなどと彼は共演し、輝かしい成果を残している。そのホプキンスが参加してリリースされた『シェイディ・グローブ』(‘69)は、これまでのサウンドを一新し、スタジオ作でようやく満足のいく作品を作り上げた。ホプキンスに負うところは大きいものの、グループとしてのまとまりが感じられる異色ながらも好盤となった。9分以上におよぶホプキンス作のインスト「Edward, The Mad Shirt Grinder」はロックファン必聴のナンバー。全米25位。

本作『ただ愛のために』について

いよいよ、オリジナルメンバーのバレンティが刑務所から出られることとなり、70年にグループに合流する。ドラッグ治療のダンカンも戻り、グループが最高の布陣となったなかでリリースされたのが本作『ただ愛のために』だ。前作ほどホプキンスは前面に出ることはなく、バレンティのリーダーシップが感じられるサウンドである。収録された9曲中、8曲がバレンティによって書かれたもの。本作はこれまでのアルバムと比べると、異色だった前作をベースにライブ時のサウンド感覚をミックスしたような仕上がりになっている。本作は、バレンティのソングライターとしてのすぐれた才能が生かされたアルバムで、彼らとしては珍しくシングルカットした「Fresh Air」が全米49位まで上昇している。この曲は彼らの最初で最後のヒット曲となった。

本作の後にリリースされた『What About Me』(‘70)は、『ただ愛のために』と同時に録音された6曲を含んでいるので、2枚組と捉えても良いかもしれない。どちらにしても、この時期の彼らは制作意欲も旺盛で、この2枚が彼らの代表作と考えるべきだろう。

このあと、ホプキンスとオリジナルメンバーのジョン・シポリナが脱退、デヴィッド・フライバーグは麻薬で投獄され、グループは大打撃を受ける。キーボードにバタフィールド・ブルースバンドの名手マーク・ナフタリンを迎え、71年に『Quicksilver』をリリースするが売り上げは伸びず、グループは失速していく(でも、僕は大好きなアルバム)。実はこの時、ロックシーンの中心はシスコからロサンジェルスへと移り変わりつつあり、ヒッピーも激減、すでにサイケデリックロックの時代は終わっていたのである。

今回は、日本でも小ヒットした「Fresh Air」が収録された『ただ愛のために』をセレクトした。日本で注目されることの少ないサンフランシスコ・サウンドの典型例として、ぜひクイックシルバー・メッセンジャ・サービスを聴いてみてください。

TEXT:河崎直人

アルバム『ただ愛のために』1970年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.ウルフ・ラン (パート 1)/Wolf Run (Part 1)
    • 2.ただ愛のために (パート 1)/Just For Love (Part 1)
    • 3.コブラ/Cobra
    • 4.ザ・ハット/The Hat
    • 5.フリーウェイ・フライヤー/Freeway Flyer
    • 6.ゴーン・アゲイン/Gone Again
    • 7.フレッシュ・エアー/Fresh Air
    • 8.ただ愛のために (パート2)/Just For Love (Part 2)
    • 9.ウルフ・ラン (パート2)/Wolf Run (Part 2)
『ただ愛のために』(’70)/Quicksilver Messenger Service

OKMusic編集部

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