不世出のヴォーカリストを擁する
実力派ハード・ロック・バンド衝撃の
デビューアルバム『MR.BIG』

9月にリリースした再結成第二弾アルバム『…ザ・ストーリーズ・ウイ・クッド・テル』を引っ提げ、3年振りとなるジャパンツアーを11月に行なうMR.BIG。本国であるアメリカよりもむしろ、ここ日本のファンが愛したHR/HMバンドである。90年代に一世を風靡したその彼らが89年にリリースしたデビューアルバムはここ日本でも衝撃ととともに受け入れられた。

 その時、僕は大好きだったアーティテストの来日公演が中止になって、すっかり意気消沈していた。当時はまだインターネットなんてない時代。来日公演が中止になったなんてことはこれっぽっちも知らず、バイトを定時で上がると、いそいそとチケットを握りしめ、渋谷にあるライヴハウスに駆けつけた。ライヴハウスがある階でエレベーターの扉が開いた瞬間、目に飛び込んできた「アーティストの都合により来日公演は中止になりました」の貼り紙。あの時の脱力感は今でも忘れられない。
 そのアーティストとはスティーヴ・マリオット。「オール・オア・ナッシング」他、60年代後半に数々のヒットを飛ばしたSmall Faces、そしてSmall Facesがアイドル扱いされることに嫌気が差して、「もっとハードに!」をテーマに結成したHumble Pie――ブリティッシュ・ハード・ロックのパイオニアとも言えるその2バンドのフロントマンとして、ロック史に大きな足跡を残してきたマリオットは当時、ロックアーティストとしてはすでに盛りをすぎていた。しかし、後追いで彼のファンになった僕は例え全盛期の半分のパワーだったとしてもいい。マリオットの最大の武器である天から与えられたソウルフルなシャウトを、生で聴いてみたかった。いや、そのちょっと前にマリオットがリリースした5年振りの新作『30 Seconds To Midnite』を聴き、きっといいライヴになるんじゃないかという予感もあった。同時に精力的なライヴ活動を続けているとは言え、これを逃したらもう2度と見るチャンスはないんじゃないかという予感もあった(果たして、残念なことに予感は的中。その翌年の4月、マリオットはタバコの火の不始末が原因で焼死してしまった!)。
 来日公演が中止になってしまったことに対する失望はそれだけ大きかったわけだが、ちょっと立ち直れないほどに意気消沈していた僕の前に突然現れたのがMR.BIGだったのである。

 最初の出会いは多くのMR.BIGファンの方々と同じように「アディクテッド・トゥ・ザット・ラッシュ」のミュージック・ビデオだった。あのビデオを見た時はぶっ飛んだ。曲のカッコ良さもさることながら、エネルギッシュにシャウトするエリック・マーティンのソウルフルな歌声を聴いた瞬間、スティーヴ・マリオットの再来だと思った(いや、それについては異論・反論いろいろあるとは思うけれど)。
 なんでも、楽器隊の3人は超テクニシャンとしてHR/HMの世界ではすでに知られているそうだ。熱心なHR/HMのファンではない僕にはMR.BIGを語る上で最も重要なことが、これと言ってアピール・ポイントにはならなかったが、MR.BIGというフリーの曲名を付けたに違いないバンド名にはピーンとくるものがあった。早速、「アディクテッド・トゥ・ザット・ラッシュ」が1曲目に入っているセルフタイトルのデビューアルバムを手に入れた。
 テクニカルな演奏を聴かせるようなアルバムだったらどうしようという心配は不思議なことに全然なかった。そんなことはこれぽっちも思わなかった。レコード屋に向かった時、僕はとにかくエリック・マーティンの歌声が聴きたいとしか考えていなかった。そして、アルバムを聴き、たちまちMR.BIGの大ファンになった。エリックのヴォーカルは意気消沈していた僕を立ち直らせたばかりではなく、世の中にこんな素晴らしいヴォーカリストが埋もれていたのかという驚きとともに、彼はこれからどんな新しい世界を僕に見せてくれるんだろうかというワクワクも与えてくれた。僕が買った輸入盤にボーナス・トラックとして収録されていたHumble Pie時代のマリオットの代表曲「30 Days In The Hole」のカバー(ライヴ・ヴァージョン)も嬉しかったが、アルバムを聴き終わる頃にはすっかり新しい出会いに興奮していた。
 彼らの大ファンになった理由は、もちろんエリックの歌の魅力だけではない。僕にとってはそれが一番には違いないが、「アディクテッド・トゥ・ザット・ラッシュ」に顕著なように楽曲の魅力を第一に考えながらもエリックのヴォーカルと絶妙に絡み合うようにトリッキーとも言えるプレイを閃かせる楽器隊の演奏もスリリングだった。演奏が、と言うよりもそれぞれが楽曲の魅力を壊さないギリギリのところで、個性を主張し合うようなアンサンブルがカッコ良かった。いかにもバンドぽかった。たぶん、それがなければ、これほどMR.BIGに夢中にならなかっただろう。彼らの人気を追い風にエリックがMR.BIG以前にやっていたエERIC MARTIN BANDのアルバムがリイシューされ、僕も聴いてみたけれど、それほど面白いとは思えなかったし、ギタリストにリッチー・コッツェンを迎え、よりソウルフルかつブルージーになってからのMR.BIGも、コッツェンのソロはあんなに好きだったにもかかわらず、個人的にはあまりピンとこなかった。
 MR.BIGと言うと、電動ドリルを使ったトリッキーなプレイが話題になった「ダディ、ブラザー、ラヴァー、リトルボーイ」やポップな魅力を打ち出した「60'sマインド」、全米No.1シングルになったバラード「トゥ・ビー・ウィズ・ユー」を収録した2作目の『リーン・イントゥ・イット』が代表作になるのかもしれない。「60'sマインド」と「トゥ・ビー・ウィズ・ユー」のヒットをきっかけに彼らはHR/HMに止まらない幅広いリスナーにアピールしていった。しかし、このデビューアルバムには4人の実力派ミュージシャンが成功を求め、野心を剥き出しにしながら場合によってはエゴイスティックになりながら火花を散らしているようなスリルが感じられる。
 MR.BIGは友人達が結成したバンドではない。ロックの世界で成功することを目指して、集まってきた、それぞれにキャリアのあるプロ集団だ。もしかしたら、このデビューアルバムがそれほど注目されなかったらさっさと解散していたかもしれない。そんな緊張感が感じられるところもいいと思う。それは2作目以降の彼らからは段々、失われていった魅力のような気がするのである。

著者:山口智男

OKMusic編集部

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