エディ・リーダーが歌う
「蛍の光」(Auld Lang Syne)を
聴きながら1年を締め括り、
新しい年を迎える

別れの歌? 再会の歌?
英米、日本で異なる解釈

ちなみに日本でこの曲が歌われるようになったのは、1881年(明治14年)に当時の尋常小学校の唱歌として歌われるようになったのが最初だそう。142年ほど前ということになる。歌詞は本来はバーンズが書いたものがあるのだが、私たちの知る歌詞はそれを下敷きに中国の故事を参考に、稲垣千頴 (いながきちかい/1845-1913)氏が新たに書き起こしたものだとされている。歌詞は本当は4番まであるものの、だいたい2番まで歌われて…ということが多い理由には、3番以降の歌詞には当時の軍国主義を反映した内容のものが書かれているため、第二次世界大戦後は歌われなくなったと言われている。また、日本では大晦日だけでなく、この歌は卒業式や図書館、博物館、百貨店などのお店の閉館・閉店時間を知らせる音楽として使われることも多い。

また、「蛍の光」の歌詞は英米と日本では解釈の大きく異なる点がある。オリジナルのバーンズの歌詞では「再会」がテーマになっていて、懐かしい友達と久しぶりに会い、昔を懐かしみながら乾杯するという内容になっているのに対し、私たちの知る「蛍の光」の日本語の歌詞は「別れ」のニュアンスで書かれているというところが大きく異なる。歌う時の調子も、たとえば動画サイトでこの歌を検索してみると、英国やアメリカなどでは徐々に盛り上げて、陽気な感じになっていく風が見て取れる。どちらが良いというものではなく、一年の終わりというタイミングに対する解釈の違い、感じ方の違いというのが見て取れるのではないだろうか。

スコットランドはもちろんイギリス全土で、毎年1月25日前後にロバート・バーンズの生誕を祝い、バーンズ・ナイト(別の言い方でバーンズ・サパー)という催しがあり、詩の朗読会、コンサートなどが行なわれているそうだ。
ご覧いただく動画はそのバーンズ・ナイトで、「蛍の光 Auld Lang Syne」を歌うエディ・リーダー。感動的なパフォーマンスもさることながら、我々の馴染んだメロディーと違うことにお気づきかと思う。でも、これがバーンズの時代に歌われていたメロディーだと断定するものは何もない。あくまでいくつか伝承されているバージョンのうちのひとつなのだろうか。ただ、もしかするとこんなメロディーだったのかも? と、想いを馳せるのも一興かもしれない。長い時間の中で伝承音楽が変化しながら生き続けているさまをリアルに体験できる、これはうってつけの例と言えなくもないのだから。

OKMusic編集部

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