来日直前!
英国フォークらしい
凛とした佇まいも美しい
ブリジット・セント・ジョンの
最高傑作『サンキュー・フォー』
腕利きのミュージシャンが参加。
粒揃いのオリジナルとカバー曲
また、オリジナルに加え、いくつかのカバー曲が含まれ、そのアレンジ、彼女ならではの解釈も聴きものとなっている。現行の盤には未発表曲、ライヴ音源等10曲が追加され、聴きごたえたっぷりなボリュームだ。
とりわけハッとさせられるのはボブ・ディランの「ラブ・マイナス・ゼロ、ノー・リミット(原題:Love Minus Zero/No Limit)」(1965年『Bringing It All Back Home』収録)のカバーで、これはあまたあるシンガーによる同曲のカバーの中でも飛び抜けた出来だろう。
夭折したロックンローラー、バディ・ホリーのカバー「エヴリー・デイ(原題:Everyday)」も意外な選曲で、見事に自分のものにしているセンスに脱帽した。それを上回るオリジナル曲の、ハートの奥に染み通ってくるような瑞々しさは、半世紀を過ぎた今も色褪せていない。また、カバー曲があるわけではないが、端正なギターや歌からはジョニ・ミッチェルの影響もうかがえなくはない。3歳歳上とはいえ、同世代の女性フォークシンガーの先頭にいるジョニの存在は、自然と意識するものだったのではないか。
あと、関連があるのかどうか、初めてブリジットの歌を聴いた時、ヴェルベット・アンダーグラウンド、アンディ・ウォーホルとの関連で知られる、ドイツ出身の女優、シンガーのニコと歌い方、言語の発声が似ていると思った覚えがある。そう思って彼女の代表作『チェルシー・ガール(原題:Chelsea Girl)』(’67)を聴きつつ調べると、結構共通項があるのだ。いつかこのアルバムについては改めて紹介したいと思うので、そのあたりかいつまんで書くと、バンドメイトのジョン・ケイルとルー・リードが曲提供を行なっているのは分かるが、他にボブ・ディラン、ジャクソン・ブラウン、ティム・ハーディンの曲を取り上げ、ヴェルベット・アンダーグラウンドのイメージを覆すように、アルバムのトーンはフォークでまとめられていることなどである。また、アルバムに流れている空気感のようなものまで、私には類似性を感じるのだが、ニコの『チェルシー・ガール』の影響があったのか、果たしてこれはブリジット本人に訊いてみないと分からない。もっとも、彼女の声はニコほど呪術的というか、暗くはない。
だからなのか?(というか、彼女とニコを関連づけたコラムを他で見たことなどないが) ブリジットの諸作、および本人を“アシッドフォーク”の傑作、女王と紹介されている記事を、いくつか見かけたことがある。アシッドフォーク? どういう意味なのだろう。今では当たり前のように使われているようなのだが、正直言って私にはあまりピンとこない(理解できなくはないが)。この、根拠のなさそうなカテゴリーにブリジットが相応しいとも思えないのだが、サイケデリックの流れを汲み、退廃的でアシッドでトリップしているような浮遊感のある音楽…という意味でそうとらえているのだとしたら単純すぎるのではないか。
むしろ、彼女はあくまで正統派ブリティッシュ・フィメール・フォークシンガーととらえるべきで、世代的にもフェアポート・コンヴェンションに在籍したサンディ・デニーやスティーライ・スパンのマディ・プライヤー、ペンタングルのジャッキー・マクシー、ルネッサンスのアニー・ハズラム、アン・ブリッグス、シーラ・マクドナルド、ジューン・テイバー、バーバラ・ディクソン…と挙げだすとキリがないが、彼女たちと同列におくべきではないか。さらにアルバム『サンキュー・フォー』からは、伝統音楽をバックグラウンドとしたフォークから一歩踏み出し、ブリジットがディランをはじめとした、フォークリヴァイバル・ムーブメント後のニューフォークに追随していく姿が浮かび上がってくるような気がするのだ。
このアルバム後、シンガーソングライター、ギター奏者としても彼女に対する評価は高まり、ジョン・ピールのセッションだけでなく、ポール・サイモンやデヴィッド・ボウイらとフェスやカレッジ・サーキット等を回ることで人気も上昇し、一時は英国女性シンガーの人気投票でもトップ10に選ばれるほどだったらしい。
※ピール・セッションの音源を集めた『BBC Radio 1968-1976』(’10)があるが、現在は廃盤。
しかし、その後シンガーソングライターには不遇の時代が続く。ロック全盛、パンク、ニューウェイヴの台頭、テクノ、オルタナティブ…と、弾き語りのシンガーの出る幕などなかった。4作目『ジャンブルクィーン(原題:Jumble Queen)』(’74)リリース後、次のアルバムが作られることはなかった。ただ、前述したように1995年に彼女のアルバムがCDでリイシューされ、それが契機となってベスト盤やライヴ音源、未発表音源等を集めたコンピレーションが作られ、中には日本の独自企画の編集盤もリリースされるなど、にわかに再評価の機運が高まる。ちなみに直近のものでも、昨年『From There/To Here: UK/US Recordings 1974-1982 (Cherry Red)』(’22)という、彼女が表舞台から去り、空白とされていた時期の音源をまとめたコンピレーションが出されている。ブリジット自身が編集に関わっているという。この編集盤にもセッションの音源が収録されているが、実は彼女は生活拠点を英国からニューヨークに移し、マイペースの活動を続けていたらしい。
オリジナル作は2001年に27年ぶりとなる『My Palace』というアルバムがリリースされているほか、過去の来日(2001年、2010年、2018年)時にはライヴ盤が制作されている。コツコツとブレずに歌い続ける姿勢にまず拍手だが、ファンにはそろそろ新録のスタジオ盤も出して欲しいところだろうか。
過去の来日公演の素晴らしさもあってのことと思う。なおかつ根強いファンの熱意と期待の声が後押しとなり実現したのだろうか。4回目となる今回の公演では、クラシックギターを手に、独自の詩的な世界を歌う青葉市子さんとの競演が予定されている。孫ほども年齢差のあるふたりのステージだが、才気が交錯する、きっといい夜になることだろう。
TEXT:片山 明