ユーミンの何度目かの
ブームをけん引したエポック作
『Delight Slight Light KISS』に
隠された戒めの眼差し

バブル景気へのユーミン流の警鐘?

そのM1「リフレインが叫んでる」を入口に『Delight Slight~』を聴き進めていくと、本作のテーマであるという“純愛”が浮き彫りになってくる。アルバムタイトルは、直訳すると“喜びのわずかな軽いキス”となり、激しい劣情とは真逆の恋愛観の象徴ということで間違いなかろう。確かに、M2以降の歌詞はその側面が強い。とりわけ、それをはっきりと言っている感じではないが、単純な純愛ではなく、劣情の果てを感じさせるものや、もしかすると不真面目や怠惰から脱却した先にあったりするもの、ネクストレベル純愛が垣間見える。今回、おおよそ30年振りに本作を聴いて、その辺が気になった。

《通り雨/全てがあなたに見えてしまう街は/どこまで続くの》《バッグを抱きしめて/濡れながら走るのよ/込み上げるような懐かしさをふり切って》《(Nobody Else)あれほど愛せない/No No No No No No/長い苦しみをあなたは知らない》(M2「Nobody Else」)。

《もっとしおらしい娘が似合うのに/どうして私を好きになったの/気まぐれじゃないわと信じたから/どんな努力でも楽しかったわ》《I know I know/私は今なら平気よ/I know I know/あなたが最後に悩まぬように/ふってあげる》(M3「ふってあげる」)。

《思いきりひっぱたいたのは/柄になくこわかったからよ/Love Affairでいいなら他のひとにして/今なら3日だけ泣いて忘れられる》《三日月が綺麗だったけど/おこしましょ リクライニングシート/くちびるが重なる直前わかった/イカシた車でもこの愛は釣れない》(M7「恋はNo-return」)。

《昔のように気やすくされても/私にはもう恋人がいるの I'm so sorry/だから 手のひらだけをあずけて/踊るのはこの曲が最後》《あなたのように身勝手じゃなくて/仕事が出来るおとなの彼なの I'm so sorry/だから 私やさしくなれたわ/嫌いだわ あの頃の私》(M8「幸せはあなたへの復讐」)。

テーマは純愛でも、初恋みたいな話ばかりが出てくるわけではないことは理解している。作者であるユーミンもこの時は30代前半であったし、リスナーのほとんども妙齢であっただろうから、むしろボーイ・ミーツ・ガールのほうがリアリティーに欠けるだろう。なので、そこら辺を指摘したいわけではない。そうではなく、注目したのは、歌詞の主人公の視線の冷静さ、客観性である。『Delight Slight~』のリリースは先ほども述べた通り、1988年。日本はバブル景気の真っ只中である。経済は狂乱状態であって、《イカシた車》が持て囃されたし、スキーもその影響下でブームとなったことは間違いない。流行歌は時代を映ものと言われる。もしこの時代をストレートに映したのであれば、享楽的に浮かれ足だった内容でもおかしくなかったはずである。しかしながら、ユーミンは本作では《イカシた車でもこの愛は釣れない》や《嫌いだわ あの頃の私》と言い切っている。バブル崩壊は1991年3月からと言われているから、ここから3年半は世間の大半は完全に浮かれていた時期に…である。

[サウンド面では前作に引き続きシンクラヴィアを多用するなど、このアルバムでは打ち込み主体になってきている]と言われる本作([]はWikipediaからの引用)。ギターのカッティングが冴えている楽曲も多いし、ブラスの鳴りもいいし、パーカッションにも躍動感がある。しかしながら、打ち込み特有というか、1980年代ならではの音の固さ、ドンシャリ感が際立っていて、今、聴くと時代がかっていることは否めない(この度のベスト盤では、オリジナルマルチよりリミックス&リマスタリングしているというから、松任谷正隆プロデューサーはその辺を分かっていらっしゃるのだろう)。ただ、それにしても、当時の最先端のレコーディング方法を導入した点はトップアーティストの面目躍如たるものであっただろうし、そこは流石だったと言える。それ以上に称えられていいのは、バブル景気の狂乱の最中、ユーミン自身の音楽もブームとなっている渦中で、そこに迎合することなく、純愛をテーマとしたところにある。優れたアーティストは未来を予見すると言う。『Delight Slight~』は、ユーミンから日本社会への警鐘であったのではなかろうか。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Delight Slight Light KISS』1988年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.リフレインが叫んでる
    • 2.Nobody Else
    • 3.ふってあげる
    • 4.誕生日おめでとう
    • 5.Home Townへようこそ
    • 6.とこしえにGood Night(夜明けの色)
    • 7.恋はNo-return
    • 8.幸せはあなたへの復讐
    • 9.吹雪の中を
    • 10.September Blue Moon
『Delight Slight Light KISS』('88)/松任谷由実

OKMusic編集部

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