『人間失格』に見る
永久不変なスタイル
人間椅子の不思議な
感触の世界を惑溺せよ

『人間失格』('90)/人間椅子

『人間失格』('90)/人間椅子

12月11日、『人間椅子名作選 三十周年記念ベスト盤』がリリースされたとあって、人間椅子のデビューアルバム『人間失格』を取り上げる。ここまでの彼らの歩みは決して順風満帆と言えるものではなく、詳しくは本文に書いたのでそちらをご覧いただきたいが、苦労の連続だったと言える。そんな彼らがここに来て脚光を浴びるようになったのは、そのスタイルを貫き通したことに他ならないわけだが、その本質はデビュー作にしっかりと刻まれていた。

“イカ天”から登場して30年

彼らのメジャーデビューは1990年。29年前ということになる。そのきっかけは、1980年代後半からのバンドブームをけん引したコンテンツのひとつ、『三宅裕司のいかすバンド天国』(通称“イカ天”)だった。週ごとの勝ち抜き方式であった同番組で人間椅子は翌週まで居残ることはできなかったものの、その演奏が放送されたことで動員が飛躍的に増加。『イカ天』出演後には、それまで身内しか訪れず疎らだったライヴハウスの客席が、彼ら自身も見たこともない人たちで膨れ上がったという。この時期、ブームに乗って数多くのバンドがメジャーデビューし、1991年には500組を超えるバンドがメジャー進出したというから、ブームを通り越して完全にバブルに沸いていた。人間椅子もそこに乗った。いや、“乗せられた”という言い方が正確だろうか。

そのデビュー作、アルバム『人間失格』はチャート31位と好リアクションでわりと売れた。実数は調べが付かなかったけれども、本作がここまで人間椅子のアルバムで最も売り上げた作品のようである。ちなみに翌年3月に発表されたメジャー2nd『桜の森の満開の下』が人間椅子の歴代アルバム売上の2番目で、これがチャート57位だった。しかし…である。リリースのインターバルは長くて3年程度と、ほぼコンスタントにアルバムを発表していると言っていい人間椅子ではあるが、その後、再び彼らの名前がチャートに登場するのは2009年の15th『未来浪漫派』を待たなければならない。この間、実に18年、12作を要している。失礼ながらとても“売れた”と言えない経歴である。

それゆえに、当然と言うべきか、インディーズでアルバムをリリースしたこともあるし、長い間アルバイトにいそしみながらバンド活動を続けていたとも聞く。しかも、和嶋慎治(Gu&Vo)、鈴木研一(Ba&Vo)以外のメンバー=ドラマーも、現在のナカジマノブ(Dr&Vo)に至るまで何度かチェンジしている。普通なら…と一般論で語るのも憚られるが、シーンからフェードアウトしていたとしても不思議ではない状況ではあった。『イカ天』出演で人気を得たバンドたちは、BEGINが現役バリバリで、FLYING KIDSは2006年に再結成しているが、そうした例外を除けば、ほとんどが解散しているか、解散したかどうかさえ分からない状態である。そんな中で人間椅子の存在は例外中の例外と言える。

さて、2009年の15th『未来浪漫派』以降の人間椅子がどうなったかと言うと、16th『此岸礼讃』(2011年)が59位、17th『萬燈籠』(2013年)が35位と、チャートリアクションだけ見ればデビューアルバムに迫る勢いだ。それだけに留まらず、20th『異次元からの咆哮』(2017年)は18位と初のベスト20入りを果たし、さらに、今年6月に発表した最新作21st『新青年』(2019年)は何と14位と、ここに来て自己最高位を更新した。奇跡的なV字回復である。また、これも数字が定かではないけれども、最高セールスは前述の通り、1位が『人間失格』、2位が『桜の森の満開の下』のままであるものの、それに続くのが『新青年』、『異次元からの咆哮』である。その順位が逆転する可能性も十分にあるような状況だ。活動歴の長いバンドも少なくなくなった昨今ではあるが、こんな軌跡を描いてきたバンドは他にはいない。人間椅子だけと断言できる。

これだけでも十分に話題だし、特筆すべき事項ではあるが、最も注目すべきはこの間、彼らの方向性、音楽性が変わっていないという事実だろう。そりゃあ、30年も経てば楽曲作りも巧みになるだろうし、レコーディング技術も進化しただろうからサウンド面はいろいろと変わっている。しかし、その本質はほとんど変わっていない。筆者も人間椅子のオリジナルアルバムを全て聴いているわけではないので軽々しいことは言えないけれども、ラブバラードが増えてファン層が拡大したとか、そういうことではないことは断言できる。加えて言うと、彼らはデビュー時から演奏技術もかなりしっかりしていたので、そこもことさら変わった印象はない。元より巧いバンドである。つまり、何かが大きく変わったからここに来てセールスが伸びてきたというわけではないのである。陳腐な言い方になるが、時代がようやく彼らに追い付いたという見方が適切であろう。

OKMusic編集部

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